2005年02月03日(木)
「ふたつのスピカ」第1話 打ち上げ花火(NHK教育)感想
「そろそろ行こうか、ライオンさん。手伝ってくれるよね」(鴨川アスミ)
超傑作・プラネテスの後番で地上波落ちの「ふたつのスピカ」。同じ宇宙ものということですが、一話を見る限りまったく違う雰囲気の作品なので、前の作品が評価に影響を及ぼす「なのは効果」(勝手に命名)は起こらなそうで安心しました。
いや、しかし、なんちゅうゆったりとしたアニメですか。某「マリみて」を思い出します(ちょっとしか観てませんけど)。まあ、この一話はどうやら前日譚みたいなんで、今回だけという可能性もありますが。
それにしても変わった世界観の提示の仕方ですね。主人公(であろう)アスミ@矢島晶子が宇宙を目指すきっかけとなるエピソードを、こんなファンタジーに仕立て上げるというのは意表をつかれました。このライオンさん@子安武人という特異なキャラの立ち位置がなかなか面白い。彼のハモニカが奏でる「見上げてごらん夜空の星を」も、作品全体に響きわたっていい味を出してます。想いは遠く離れてても届くんだよ、というのは誰かが言いそうなので略(言ってるやん)。EDもこの曲だというのはちょっと嬉しかったですね。まあ、さすがに坂本九ではないところは残念ですが……。
しかしアスミ、かわいいなぁ。母親のお骨を持って慎重に神社の石段を下りるとことか、仕草も最高です。もう次回は育ってしまうようなんで(といっても中三ならギリギリ許容範囲ですが)一話限りの幼女時代がよけいに貴重です。私としては原作の絵よりアニメ版のほうが好きですね。「ニニンがシノブ伝」といい、ぷに萌え絵ってアニメのほうが映えるのかも(この段落、発言が酷い)。
ちなみに原作のマンガも昔ちょっと気になって、手を出してみようかな、と思ったこともあったのです。しかし、機を逸したまま現在に至るまで未読。読売の朝刊に、アニメ地上波放映に連動してマンガの広告が載ってましたけど、もう7巻も出てるのか……。アニメを観終わってから、印象いかんでは原作に触れることもあるかも。まあ、巡りあわせ次第です。
まあ、はっきりいってBS視聴組の方々の前評判はあまりよくなかったんで、ちょっと不安でしたけど、とりあえずは興味の持てる導入でした。ここから、どう話が転がっていくのか見ものです。
次回予告。うわー中学生アスミのシャワーシーン(黙れ)。しかし、この父親、娘をぶってばかりですな……。
2005年02月10日(木)
「ふたつのスピカ」第2話 アスミの夢(NHK教育)感想
「何気なく日々を過ごしていると、ぼくらはまったくその大きさに気づかない。自分の目で確かめないかぎり、その力強さはわからない」(ライオンさん)
なるほど!! 前回の予告で出てきた、お父さんがアスミをぶつシーンは巧妙なミスディレクションになっていたのですね。プラネテスでさんざん騙されたというのに、またもや引っかかってしまいました。
第1話で提示された「ロケットの運転手になる」というアスミの夢ですが、まだこの段階では非常に弱々しく、物語を動かす動機づけの乏しいものでした。むしろ、それを狙って1話では先生側に比重を置いていたふしもあります。ライオンさんがアスミに与えたのはひとつの「きっかけ」であって、それが成長するためにはまた別のファクタが必要となります。それが「父親」という存在だったわけですね。小学校の授業参観で、アスミがその夢を口にする。それが思い出となることで再帰的に本当の夢になる。この構造がなかなか面白いと思いました。
そんなわけで、お父さんが怒った理由は、無断で宇宙学校を受けようとしたからでもなく、家の経済状況でもなく、夢をてらいなく語れないアスミの態度にあったわけです。このトリックを成立させるために、前半の学校での、「私のいちばん嫌いなシーン」が存在するのですね。「リリカルなのは」で語った矢先(しかもアスミ、なのはと同じ左利き)だったので、その瞬間には落胆しましたが、故あっての描写であるなら納得です。学校での所在なさを、家に帰ってもそっけない父親の態度とうまくリンクさせ、誤読を誘っています。
そして、一時は父親の言葉を誤解し、夢を諦めようとするアスミを導くのは、やはりライオンさん。一歩引いた立場からアスミを諭すことで、ひいては物語の重要な流れを視聴者に語ってくれる、いわば狂言回しとしての役割を与えられているようです。まあ、観測者原理というものがあるので、「本当はすべてライオンさんが思い通りに駒を進めようとしてるだけじゃないんだろうか」という疑念も湧いてくるんですが、これはミステリ読みとしての悪い癖で、そこまで気にする必要もないとは思いますが。
それにしても、いくら物語上の役割とはいえ、二者面談での先生の態度は酷すぎます。生徒に対して体を横に向けて話をするか!? 心理学的には体を正面に向けないというのは、対話の拒絶を示しているわけで、面談の意味をなさないと思われますが。
2005年02月17日(木)
「ふたつのスピカ」第3話 星への一歩(NHK教育)感想
「やったぁライオンさん、この試験、わたしラッキーかも」(鴨川アスミ)
前回の感想について、ぐるぐる残響譜さんにご紹介いただきました。これはもう、ネタ超重視暴走ツッコミ感想なんかやめて、マジメな考察系を目指せと言うご啓示でしょうか(笑)。
いや、しかしこの作品、思わず考察したくなってくるような作品なのです。今回も判りやすいものから、あえて解を明示しないものまであって、なかなかスマートで好きな感じ。
宇宙学校の試験を受けるアスミ。会場で見かけたのは府中野君。「ふちゅうや」の「ふ」が聞き取りにくくて「ちゅうや」に聞こえてしまいました。1話では夏と冬の奏鳴曲だと思ったら(ぐるぐる残響譜さん談)、今度は暗黒館ですか。ミステリファンにはたまりません(意味不明)。
今回の前半でも、他の受験生に笑われるアスミという構図が出てきています。「あのロケット、飛ぶんですか?」と質問して失笑を買うという、行動面、知識面での場違いさを演出するのみならず、服のSSサイズがないという身体的特徴までが強調されています。しかし、前者は秋と出逢ったときの「わたしはカモメ」という名文句を知っていたり(府中野くんがなんで知らないのかというのは気になりますが)、後半の展開でしっかり逆転がなされているのが面白いところです。
ちなみに、ここで府中野君がアスミを必要以上に気にかけているのもポイントですね。バスの窓から見えるロケットの模型に見覚えがあると言うアスミに、「お前がいつも持ち歩いてる本にも」といいつつ、「別にいつもお前のこと見てるわけじゃ」と、訊かれてもいないのに言い訳してるところ、こういう子好きですよ(笑)。秋との会話でも、すっかりアスミの代弁者としてしゃべっています。しかし今のところ、アスミはなんとも思っていないようで、このあたりのすれ違いが今後どうなるのかも楽しみ。
部屋番号を渡されて更衣室へ。いかん……なんか不埒な期待をしてしまった。NHKだっつーの! そんな、更衣室に淫獣小動物が隠れてるようなアニメと同じような目で見ちゃ(もう黙ってなさい)。あ、でも、けっきょくSサイズの服を着たアスミ、服がだぶだぶ萌え(昔どっかで書いた記憶が)。
そして、3人チームで一週間を過ごす閉鎖環境適応試験。思わず「プラネテス」の「Phase20 ためらいがちの」かよ! と言ってしまいがちですけど(BSではスピカのほうが先だったみたいですが)、むしろ「11人いる!」というか、SFもののフォーマットなのですから仕方ありません。
三人寄れば「もんじゅ」の事故隠し、というのは5年前から私が言い続けている駄洒落ですが(そして誰にも笑ってもらえない)、それはともかくチームの最小催行単位だけあって、アスミ側も府中野君側も、見事にキャラの色が別れています。フレンドリーに話しかけてきて、一見人あたりが良さそうだけど、思慮浅い人物。自ら動こうとせず、見た目はとっつきにくいけれど、的確な観察眼を持つ人物。そして、そんな対照的なふたりをまとめることのできる中心的人物。もう、あまりにも綺麗に分かれてて、それもあらかじめ試験官が仕組んだことかと思ってしまいますが。
で、部屋番号が課題の入ったケースの暗証番号になっていたという展開。何故アスミが部屋を捜しながら歩いていて「やっぱり」と言ったのか、そして何故自分の部屋、0350の前で「ラッキー」だと言ったのか。また府中野君が「フクロウ」と語呂合わせで憶えていた番号を秋は何故「射手座でもいい」と言ったのか……。次回に明かされるのかもしれないですが、とりあえず今回は明かされないままで終わったという、これが今回の仕掛けですか。まあでも判りやすい。後者はともかく、アスミにとってのライオンさんとの思い出は「スピカ」しかない、とすぐに判ります。手元の辞典(大辞泉)で「スピカ」を引いてみると、「350光年」とありました。恐らく、あの部屋番号は星座をもとにして並んでるんでしょうね。そして射手座の中心をなす星が2960光年なのではないか、と推測しますが……(大辞泉には載っていませんでした)。ローカルで感想を書いてるんで、あとでWikipediaで確認してみましょう。
ちなみに、私も番号をすぐ語呂合わせで憶えるタイプです。私なら2960は「ニクロム」、0350は「おみごと」と憶えますね(「と」じゃないけど)。それはともかく、このネタがいいのは、これが単なるネタのためのネタではなく、先ほど言った3人の立ち位置を明確にするためのものだということです。これで、秋は見かけほど適当な人間ではないことが判りますし、アスミの部屋にいたケイが偉そうなことを言いつつも番号を憶えてなかったりと、第一印象と逆の性格を持っていることを巧く描いています。そして、最終的にケースを開けたアスミが、このチームで主導権を握ることになるだろうというのをほのめかしてもいて、このあと、この三人の中でどうチームワークが生まれるのか(あるいは生まれないのか)が楽しみになってきます。
ということで、なかなか毎回いろんなことを仕掛けてきてくれて面白いです。かなり好みかも。そういえば冒頭の「アスミの夢」、毎回やってくれるんですかね。あのタッチのアスミがやたらツボにはまって萌えるんですが……。
#追記:どうやら正解のようです。Wikipediaには載ってなかったのでGoogleさんに訊いてみたらこちらのサイトに綺麗な写真付きで載っていました。いて座の散開星団M21が地球から2960光年ですね(よく考えたら距離は相対的なものなんで、「どこから」って書かないと意味がない)。
2005年02月24日(木)
「ふたつのスピカ」第4話 遠い日の記憶(NHK教育)感想
「ふたつのスピカが支えあって、あの輝きを生んでいるんだ。どちらかひとつが消えてなくなるまで、ずぅーっとね」(ライオンさん)
この作品に限らず、他所サイト様からいただいた反応などは基本的にえむぜろ?に書いております(気づいた範囲内ですが)。何故改めて書くかというと、「えむぜろ?」のアクセス数がメインの十分の一程度なので、書いたはいいけど気づいてもらってない可能性もあるので(笑)。ここと違って、あまりオチの無い雑文ですがよろしくです。
ということで感想です。今回もいいですね〜。考察のしがいがあります。
まずは個人的な備忘録も兼ねて、キャラクタのおさらい。ルームナンバ0350の三人はアスミ、圭@大浦冬華、そして万里香@木村亜希子。この圭ちゃん@大浦冬華がけっこう良い感じ。「〜っちゅーの」ってしゃべり方がツボにはまります。そして後半の万里香とのバトルが最高に面白かった。まさかと思ったら、本当に頭から水をかけるとは。圭ちゃんには悪いですが、大爆笑してしまいました。そしてチーム2960。府中野君@富永利行、秋@甲斐田ゆき、あとのひとりはぐるぐる残響譜さんによると憶えても無駄だそうなんで無視です(笑)。たしかに、すぐ脱出ボタンを押そうとしたりと、あからさまにやる気がありません。なんで宇宙学校を受験したんでしょうか。まあしかし、物語的には、こういう人間がひとりはいないといけませんからね。典型的どーでも良いキャラというか、秋春くんというか(西尾維新かよ)。
さて今回、圭ちゃんが宇宙を目指したきっかけとしてアームストロング船長が語られたり、万里香はデブリの問題を口に出したりと、いよいよ「プラネテス」と話がつながりそうになってまいりました(そういえば、「ふたごのプラネテス」なんて本かDVDかよく判らない商品も発売されていました)。しかし、フツーに比較しても面白くない。ということでここでは、両作品の物語構造に着目してみたいと思います。
ズバリ、「プラネテス」は「空間的多重構造」を意識しているのに対し、「ふたつのスピカ」は「時間的多重構造」をとっている。これが私の仮説です。
プラネテスにおいては、とくに後半、フォン・ブラウン号を目指すハチマキと、テクノーラに残ったタナベ、といったように、ふたつ以上の場所を舞台に生きる人々の物語を同時に描く、という手法を多用していました。しかも、一話のなかでは、別々の場所で進展するエピソードが完全に対応して、共鳴するようにひとつのテーマを浮かび上がらせていく、という仕掛けが毎回のようにありました(うちの感想でも見返してもらえれば幸いです)。これが圧倒的な世界観の広がりを実現して、あの最終回につながっていったわけなのですが。しかし、基本的に物語は時間的にはシーケンシャルに、一直線に進んでいきました。1話の冒頭のシーンが、そのまま後の伏線になっていたり(未見の方のため表現をぼかしています)するのがその典型的な例ですね。
それに対し、ふたつのスピカでは、とくに空間的二重構造は意識されていないように思われます。今回の話も、ルームナンバ0350のアスミたちと、2960の府中野君たちという、ふたつの舞台が描かれてはいるのですが、その対応関係は明確ではありません。単純に時間配分も全然違いますし(これは、作品中でハチマキとタナベが同じくらいの役割を占めていたプラネテスに対し、あくまでアスミが主役の物語だから、ということでしょうが)。構成メンバに与えられた役割が呼応しているというわけでもないようです。圭ちゃんはぺらぺらうるさいけど、けっして2960の彼のように、はじめから課題を諦めたりはしていないし、万里香のポジションが2960では秋と府中野君に分散していますし。
そのかわり、スピカにあるのは時間的多重構造。これまたぐるぐる残響譜さんが第1話から指摘しておりますが、この作品ではメインストリームである現在の中に、アスミの幼少期の思い出がたびたび挿入されて物語が進んでいくようです。その出し方も非常にスマート。前回考察した「0350の意味」にはもうひとつの役割があったのですね。万里香にそのことを問われてアスミが思い起こす、ライオンさんとの思い出。そこで「ふたつのスピカ」というタイトルの意味が明かされるのは、単なるギミックに過ぎません。非常に重要なのはそのあとのシーン。冒頭に引いた、「どちらかひとつが消えてなくなるまで」という言葉に反応したアスミ、「ライオンさんは、どこにも消えたりしないよね。ずっと、ずっといっしょだよね」と訴えます。これが今回のラスト(と次回)の、アスミの母親の死につながってくるのですね。そのあとの、お姫様アスミ(幼女Ver.)の萌え萌えシーンに気をとられている場合じゃありません。いやまあ、たしかにかわい(略)。
あとは、たまには理系らしく、あのドミノの総数でも概算してみましょうか。映像で見る限りドミノは二つの箱いっぱいに入っていた様子。あの箱は万里香の膝上くらいまでの高さで、ほぼ立方体。万里香の身長は公式サイトにでも行けば判るかもしれませんが、面倒なんで省略。まあ箱の一辺は50[cm]程度でしょう。すると体積は50x50x50=125000[cm3]。次はドミノの大きさですな。まあ手のひらサイズってことで、判りやすく10[cm]x5[cm]x1[cm]にしよう。すると、箱いっぱいに敷き詰めたとして二箱に(125000/50)x2=5000個入る。ただ、見る限りそんな風にはなってなくて、雑多に入れてる感じ。隙間がどのくらいあるか(空乏率)というのはけっこう見積もりが難しいかも。えーい、ここは勘で10%。すると5000x0.9=4500個。これを何日で並べられるか。前回言ってた点灯/消灯時間が何時だったか忘れてしまったのですが、まあ実働1日8時間として、一個ドミノを置くのに10秒かかるとしましょう。すると3人では(8[h]x60[min]x60[sec]/10)x3[人]=8640個……あれ? 一日かからない……。概算間違ったかな(笑)。いやでも、部屋の広さを考えると、個数は妥当なところかも。万里香の言う通り、七日間というのはたしかに長い。まあ実際、今回ラストで4日目にして完全にご破産になってしまいましたし、その気になれば(ノーミスでやれば)一日でも出来るのかも知れませんね。問題は、一度スタート地点に戻されて、やる気を取り戻せるかどうか。ミスをしてはいけないというプレッシャに勝てるかどうか。そしてもちろん、最大の不安要因は、曲がりなりにもチームワークを形成してきた要であるアスミのフラッシュバック。今後、どういう展開になるか注目です(って、次回は現在に話が戻ってこないかのような予告ですが)。
ところで今回、一か所だけ疑問点。圭ちゃんが寝てるとき歯ぎしりするってこと、何故アスミは知ってたのでしょう? 万里香と話してる途中で、そのまま眠ってしまったように思えるのですが……。
2005年03月04日(金)
「ふたつのスピカ」第5話 おかあさんの顔(NHK教育)感想
「わたしが……わたしが……わたしが描いたの。絵を描いたの。あげる」(鴨川アスミ)
どうも、お待たせしました〜。放映はリアルタイムで観て、書くことも決まってるのに、実際に書く時間&気力がとれないというのは、なかなかもどかしいものです。
さて。予想通りアスミの過去話だったわけですが、こういう話をもってくるというのはちょっと予想外でした。こういう話はいろいろ解釈が可能だと思います。本当に「三途の川」とか「死後の世界」というものが存在していて、実際にアスミがそれに触れた、という考え方も可能でしょう。しかし、ここではあえて唯脳論的に、すべては生命の危機に陥ったアスミの脳内で構築された世界だった、という解釈を採用してみましょう。いちおうの根拠は、直前のシーンで父親に「死んだらどうなるのか」と訊いたアスミが、「三途の川を渡って……」という具体的イメージを聞かされていること。これが頭にあって、今回の話をアスミが体験した、と考えられます。
そうであるとして、この体験はアスミにとって何の意味をもつのか。それはすなわち、「母親の存在」の克服であるといえます。学校で家族の顔を描こうという課題を出されて、包帯巻の母親の顔を描いてしまった体験(だーかーらー、アスミのいるクラスでそんな課題出すとは、鈴成先生相変わらず迂闊過ぎ)。それを指摘した府中野君には悪気はない、というかむしろ、好きな子にいぢわるしてしまうお年頃なんでしょうけど、ともかくこのことが、それなりにアスミの精神的外傷になったと思われます。それを克服するために、今回の邂逅が果たされなければならなかったのでしょう。自分の中で、そんな母親の絵を描いたことに対し、それで良い、そうでなくてはならない、と肯定するための理由づけのために。だから、母親が顔に包帯を巻いているのは当然のこと。単に、顔を知らない、というだけの理由ではありません。それを考えると、「ライオンさん」とおぼしき人物がライオンの仮面をつけずに登場した理由も判ります。顔が見えない、というある種の特権性は、母親にのみ付与されなければならない。
ちなみに、今回の話がアスミの想像=創造した世界だった、という解釈に立った場合、この「ライオンさん」の存在はどう正当化されるのか……という問題がありますが、実は第1話で登場したライオンさんと、以降のライオンさんは別々の存在である、ということも考えられます。1話ではラストで鈴成先生のもとに姿を現しているので、アスミだけの空想の産物とは考えにくい。しかし、その後でアスミに教示を与えるライオンさんという存在は、その一度の邂逅によって想起された、いわばアスミの脳内人格といえるかもしれません。むしろ、今回の体験によってそれが発現した、と考えるのがいちばん妥当でしょう。その場合、アスミ自身が、「ライオンさん」の存在が以前とは別である、ということを自覚してはならないために、その移行は隠蔽されなければなりません。したがって今回の体験においては例外的にライオンの仮面をかぶっていない、ということも考えられます。まあその場合、何故ライオンさんの素顔を知っていたか、という問題が新たに派生するわけですが……まあ、有名人だし新聞に顔が出たか、鈴成先生が写真をもっていて、ちらっと見たか、というあたりで。
そして、その「ライオンさん」から受けた、「ここでは名前を名乗ってはいけない」という訓戒。これにも重大な意味があります。名前とは個人のアイデンティティそのもの。名前を名乗ることで、自分がその世界の住人であるという意思表示になります。まさに「Anonymous」であることで、自分がゲスト=外の人であることが保証され、死後の世界から現実に戻ることが可能になります。ここまではまあ、この世界がアスミの脳内世界であってもなくても成立する話ですが、さらにその仮定を置いた場合、そんな縛りをアスミが何故入れたのか、という理由が必要になります。それは逆に、現実世界で自分が「鴨川アスミ」である、ということを意識している、ということ。前回までの「現在時制」パートで毎回冒頭に「わたしのゆめ 1ねん1くみ 鴨川アスミ」と出てきたのも、それを強調する意図があったのですね(まったく、萌えている場合じゃありません私)。ひょっとして、アスミは父親や先生といった大人以外、つまり友人から「アスミ」と呼ばれることが少なかったのかもしれません。府中野君も「鴨川」と呼んでますし。アスミが溺れたことを父親に報せにいくときも、「鴨川がおぼれた」と言ってます。や、私自身が京都に住んでるせいか、非常に不思議な響きがあります(笑)。苗字だけ聞くと人名か地名か判らない、というのは、単に作品における統一的キャラクタ名付け手法のひとつかもしれませんが、いずれにせよ効果を上げています。これを考えると、現代パートで圭ちゃんが最初から「アスミ」と呼んでるのが印象的ですね。他の人たちがアスミを名前で呼ぶことはあるんでしょうか。
あと、府中野君のことにもう少し触れておきましょうかね。先ほど言及した、アスミの絵を指摘した後、からかうクラスメイトの足を踏んでます。自分で焚きつけておいて……。「鴨川で遊んでいいのはオレだけだ」なんて思ってるんじゃないでしょうね? 気分はすっかり桃矢くんですか。まあ小学生くらいならかわいいものですけど。ラストでも「別に鴨川の絵を見てたわけじゃ」なんて言ってますし、このころから全然変わってなかったのですね。ただ、男だとすぐ成長して、かわいげがなくなるからなぁ……(何の話ですか)。
しかし、今回の話でひとつだけ、そして大きな疑問点が。これがいったい、現代パートの閉鎖環境試験のアスミとどう絡んでくるのか。この母親の話は、宇宙を目指すというアスミの夢と直接関わるものでもないようですし。そりゃまあ、最後におかあさんは星(スピカ?)になりました、ということもできますけど、けっこうこじつけっぽい感じがします。まあそこは、次回どう展開してくれるかに期待しましょう。
2005年03月10日(木)
「ふたつのスピカ」第6話 テスト終了(NHK教育)感想
「これだけなの、私の夢。これしかないの」(鴨川アスミ)
そうかなるほど、だから「見上げてごらん夜の星を」だったのですね。万里香にとっては、「見上げてごらん」というよりは、見上げざるを得ない状況に置かれていたようですが。
ふたたび時制は戻り、閉鎖環境適応テストの後半戦。残り二日というところでドミノがすべて崩れてしまうという状況の中、0350の動向。事故のフラッシュバックに苦しむアスミ。そんなアスミを見捨ててドミノを並べる万里香。そんな万里香に憤り、アスミを見かねてリタイアしようとする圭ちゃん。うーむ、この場合どちらの行動が正しいのかは判断に苦しむところです。アスミを見捨てて合格してもきっと後悔するという圭ちゃんの言葉は、たしかに納得のいくものですが、そんな圭ちゃんを万里香は「自分の苦しみをアスミの苦しみにすり替えているだけ」と切り捨てる。そう言って圭ちゃんにボタンを押させまいとする万里香の言動も、自らが失格しないためのエゴからのものでしょう。しかし、それこそ試験官がロックスミスみたいな人間だったら、それすらも加点対象になるでしょうしね。監視カメラで個々人の行動を追っている以上、2960の名前を憶えてない某彼のように、無益にチームワークを乱すのは論外としても、ある程度自分の利益を追求する行動が認められる可能性はありますね。それにしても府中野君、「バカがいるとホント疲れる」って、大きな声では言えないけど激しく同感(笑)。
さてしかし、一触即発な雰囲気の中、復活したアスミ。記憶の中にわだかまる母親の姿。そして出逢う、幼き自分の姿。ふたりで夜空を見上げ、アスミの眼から涙がこぼれる。葬式や四十九日のシーンでもアスミが泣いていたところは記憶にないので、おそらくこれで、ようやく泣けた、ようやく哀しみを吐き出せた、というところでしょうかね。
もうすこしだけ、三人でいっしょに頑張りたい、というアスミの言葉に、ドミノを並べ直す決意をする万里香と圭ちゃん。そして「残り二日間でドミノを全部並べるステキな方法」。なるほど! 先々週の試算(nishisさんとこも参照)でも、消灯時間のために実働時間が制限されると考えていたんですが、トイレの電灯で24時間、不眠不休で並べるとすれば、たしかに充分間に合います。それでも最終日まで残った13チーム中、それを思いついたのが二チーム(アスミと秋)だけのようですから、けっこう盲点ですね。同じアイディアに到達した秋に、名前を憶えてない某君はまたぞろブーブー言うとりますが、君はコロンブスの取り巻きにでも紛れてなさい。そうすれば、モブとしてでも歴史に名を残せたものを。
そして最終日、見事ドミノを並べ切った二チーム。監督官(おそらく昼夜交代制でしょう)も驚いてますから、やはりドミノを並べる課題は必須要件ではなかったようですね。当然、この6人には高いポイントが与えられることでしょう。……って、2960の名前を(略)にも同じポイントが入るのでしょうか? 結果は不明ですが、これで合格してたとしたら、人生、長芋にはマカロニですか(これも私が昔から言ってる以下略)。あと、圭ちゃんの「これで笑ってシャワーが浴びられる」というセリフもけっこうツボでした。隣で万里香は暗い過去を思い出してるというのに。圭ちゃんの宇宙を目指す理由は何なのでしょうね。いや、こういうキャラは、むしろ深くエピソードが掘り下げられないままという距離感が個人的に好きなんで、明かされなくても良いんですけど。
しばらく経って、アスミのもとに届いた合格通知。と、鈴成先生との再会。なんか、学校からの不法投棄のたまり場みたいなとこで語り合うふたりです(や、もちろんホントはちゃんとした収集がなされるとは思いますが)。ゴミだけに、スターダスト! ただしデブリは実はとても危険な存在です、みたいな(巫女子ちゃんはいいからマジメに考察しなさい自分)。まあしかし、鈴成先生の言ったことは非常に重要。「他人を気にせず、自分の信念を貫き通せ」。幼少のみぎりから、常に他人の嘲笑的な目線にさらされてきたアスミというのは、今までの話でしつこく強調されてきたことですからね。
おお、そしてライオンさんのはなむけの曲は「遠き山に陽は落ちて」ですか!(原題は忘れました) あんまり明るい曲じゃありませんけど、陽が落ちて、星が輝く夜空が待っている……と考えれば、まさにアスミの門出にふさわしいですね。しかしライオンさん、そんな電柱の上にいてハモニカを吹いてると、田舎の防災サイレンみたいですな。
ここまでが、いわば序章なのでしょうかね。次週から宇宙学校を舞台にストーリィが展開していくことでしょう。そして、そんな新たな環境で、アスミを取り巻く「視線」がどう変わっていくかも見ものです。あと、今回ラストにちらっと出てきた佐野先生がどういうパーソナリティの持ち主なのかも気になるところ。
2005年03月17日(木)
「ふたつのスピカ」第7話 宇宙学校入学式(NHK教育)感想
「絶対泣くなよ、泣くなよ。頑張れよー!」(ライオンさん)
実質的な本編スタート回。一話にも増してゆったりとしたテンポが心地良いです。そのまま感想なんて書かずに眠ったら気持ちいいんだろうなーと思ったり(笑)。アニメ感想系とは因果な稼業ですな。
いやもうとにかく、アスミの宇宙学校制服姿がめちゃめちゃかわいいよぅ〜。まだ成長し切ってない体躯に落ち着いた制服というギャップがたまりません。惜しむらくは、あまりにサイズがぴったりすぎることですかね。だいたい新入生はこれから成長するから、ってことでちょっと大きめのサイズを着たりするでしょう? アスミはもう成長しない、っていうんならそれはそれで魅力的な提案ですが、ここは筋を通してほしかった! 微妙なだぶだぶ感は譲れない一線です。袖口とかが微妙に長かったりして、手が隠れたりするのがもう……(マジメに感想書かんかい!)。
ということで(何がだ)前半はアスミの唯ケ浜との別れと上京。ライオンさんとも別れることになるのですが、そこでも「太陽光発電衛星」なる新技術を話題に出してたりと、徹底して後ろを振り向くのではなく、未来を志向しています。それにもかかわらず、アスミはライオンさんに後ろから声をかけられて振り返る、という構図になっているのが面白い。アスミを乗せて走り出す電車を追いかけるライオンさんという別れのシーンも、「鈴成先生=過去」に縛られて唯ケ浜から出られない彼の存在を強調し、アスミとの対比を描いています(この、過去との決別の構図はBパートでもう一度、父親を対象として出てきます。その差異については後述)。しかしこれ、いいシーンなのに某東鳩R効果で吹き出しそうになってしまったのが困りもの。アスミが窓を開けるタイミングで、まかり間違って主題歌が流れたりしないかと思ってハラハラ(おい)。
そして関東大砂漠を行くアスミ。電車の乗り継ぎとか、道順とか、ものすごく細かく描かれていたのが好印象。まぁ、東京のことはよく判らんのですが。名古屋の地下鉄とどっちがややこしいでしょうね? ともかく、典型的な田舎の風景から都会、そして辿り着いたオンボロ女子寮というメリハリがしっかり効いています。
どこまでも続く石段の上に見えるは、今日から彼女の住むひなた荘(違)。nishisさんの完全受け売りですが、女子寮といい宇宙学校の校舎といい、高台にあって「見上げる」存在になっていますね。「かもめ女子寮」という名前も、やっぱりテレシコワ由来でしょうか。
で、坂上の女子寮には小泉太湖……もとい坂下リンゴ@石井順子が。服にリンゴのプリントがあったから、ギガルト先生よろしく勝手に「りんごちゃん」と名づけてみたらホントにそのとおりの名前でびっくり(笑)。しかし、これも意味深なニックネームですね。ニュートンの運動方程式、みたいな。「今時はみんな金持ちで云々」という発言に、まったく厭味も卑下も感じられないのがいいですね。このあと、ぞろぞろと個性的な住人が出てくるかと思ったら、そんな荘ものハーレムアニメ(館ものミステリでも可)みたいな展開ではありませんでした(笑)。
そして、ようやくサブタイトルの入学式。圭ちゃんとの運命の再会。電話番号とメルアドを教えてくれという圭ちゃんにアスミ、「あたし持ってないんだ、そういうの」。ここ、ちょっと感動。「ケータイ持ってる?」と訊かれたら、「携帯電話じゃなくてPHSです! EDGEです!」と返すのが最近の私の持ちネタなんですが(笑)。「ケータイ」とは一言も言ってないのですな。そもそも主機能たる「電話」を略して「ケータイ」と呼ぶのには語義的な不適切さを伴っており、疑義があるし……。まあ例のごとくまったく関係ない話題でございました。
で、圭ちゃんと逢えたとなれば、もうひとりも……とお約束の展開。万里香、いきなりの「その汚い手で触れたら殺すわよ」発言に喝采。惚れてしまいそうです(あのな)。万里香を見つけて「あ」っていう圭ちゃんにもついでに(おい)。
そして、府中野君はアスミに会話をしてもらえないのでした(笑)。ひとりぼっちなのは彼のほうでは(こらこら)。そして新入生総代は秋。「オレの望みはただひとつ」と、空を指差します。まあ、それなりにお約束なパフォーマンスではあります。ところで入学式って普通、国旗と併置して校旗を掲げませんか?
で、今後の日程。佐野先生はやたら怪しいですけど、まだ詳細は不明。とにもかくにも、こういうガイダンスというのは、「大変そうだけど、これから楽しそう」という期待が高まるものですね。
放課後、万里香に声をかけるアスミ。万里香より一段上にアスミと圭ちゃんが位置し、万里香を見下ろす形になっています。馴れ馴れしくするなという万里香ですが、アスミに早く帰れと促したところ「帰ってもひとりだから」というアスミに反応します。しかし、アスミはそうは言っても直後のシーンで父親と逢っていますし、家族に望まれていない状況ではない、という点で万里香より上に位置している、ということでしょうかね。前話のラストで出てきた「見上げること」への希求の違い、というのが絶妙に表されています。
で、このあと、時間と場所が飛んでるのか判然としないんですが、今度は坂を上るアスミの前に父親の姿が。Aパートで、振り向いて出逢ったライオンさんと逆の位置関係ですね。父親が、「あいつ(母親?)がうまいって言った店」をけっきょく見つけられなかったという展開や、もっと直截的には「けっして後ろを振り向くな」とアスミに諭す言葉に現れているとおり。ここでは父親は単純に「過去」に縛られる存在としては登場していません。母親のプレゼントをアスミに渡すというのも、ロケット技師としての己の過去を断ち切り、アスミに将来を託すという意味合いが込められているのでしょう。アスミも、だから「明日見(未でも、美でも、実でも可)」なんでしょうね(この含意には、5話で母親の名前が「今日子」だったと判明したときに気づきましたが)。
そして寮に帰りつくアスミを出迎える圭ちゃんと万里香。最後はまたもアスミが、石段の下からふたりと寮(そして星空と桜)を「見上げる」構図です。万里香が微妙に頬を染めているのも注目。ひとりぼっちじゃない、ということを確認してのうれし涙。そういえば、涙がこぼれるのは地球の重力に引きずられるからなのですな。
ということで綺麗に締めようと思ったら、まだラストシーンがありました。OPに出てくる、石段を飛び降りるシーンということで、感慨深かったのですが。ここだけ何故か視線が下に向いてる……。ありゃ〜、さっきまでの考察が水の泡に(笑)。どうしてなんでしょ?(訊くなよ)
2005年03月24日(木)
「ふたつのスピカ」第8話 ひとりの夢みんなの夢(NHK教育)感想
「宇喜多さんのこと、万里香ちゃんって呼んでもいい?」(鴨川アスミ)
あうあうあー! 最後の最後でそうくるかー。なまえをよんでシチュエーション至上主義のぷらとーさんとしては、これを名セリフに選ばずしてなんとする、という感じ。
っていうか万里香ちゃんごめんよぉ〜、冒頭のランニングで苦しそうに走ってるとこに萌えてしまったよ。直後に明らかになるとおり、やっぱり病気持ちじゃないですか! うにゃ〜、親近感が湧くと同時に禁忌を犯した気分。個人的に、病弱っ娘に萌えてはいけないと決めてるのに。
そして意外に体力のあるアスミは、ライオンさん仕込みだったことが判明。で圭ちゃんは合気道。しかし、ファインダを覗くほうが性に合っていると。あなたMac使いですか(ほとんど特定の人に宛てたネタを書くのはやめましょう)。しかし、宇宙飛行士ならエクスプローラじゃなくちゃ(まだ言うか)。
と、そこに府中野君。あれ? 圭ちゃん、「あんときの黒ブチメガネ!」って、いつのエピソードですか?(また時系列を入れ替えてるのかな) まさか、放送事故で一話飛んでたり(もうその話題はやめい)。「こう見えても府中野君、私の命の恩人なんだ」とアスミ。「こう見えてもとはどういう意味だよ」と返す府中野君。や、ええですなぁこういう間柄。幼なじみ至上主義のぷらとーさんとしては(略)。
や、マジメな話、幼なじみという関係にしても、いくつかパターンがあるのですよ。昔は仲良かったけど、今は離ればなれ(物理的、あるいは精神的に)というのが実はいちばん多くて(って、あくまで二次元作品の中で、ですけど)、その場合、今に存在する「わだかまり」をどう解きほぐしていくか、に物語の主眼が置かれるわけです。しかし、この物語のアスミと府中野君の関係はそうではない。たしかにアスミの言うとおり、昔は府中野君がアスミをいぢめてたり、アスミも彼に迷惑をかけたりと、いろいろあったはず。しかし、それらがすべてふたりの中で昇華され、笑い話としてじゃれあえる関係になっている。もちろん、互いに相手が自分のことをどう思っているか、というのに多少の不安はあるでしょうけど、それほど顕在化するようすではない。先ほどのアスミの発言のあと、すぐに圭ちゃんが「たしかにいぢめがいがありそうだわい」と混ぜっ返す発言をしたことも深刻度を軽減させていて、この仮説に信憑性を与えます。そりゃまあ、この作品はラブコメではないんだから、ある意味では当然のこと。おそらく、後の展開でもこのふたりの関係はそれほど進展もしなければ壊れもしない、と予測いたしますが、果たして。
悪役(?)佐野先生。冒頭に出てきた体育教師といい、わっかりやすいですな〜。判りやすいキャラはあんま好かんのですが。むしろ、表面的には優しい言葉をかけて連れ込みつつ(以下削除)。
かもめ荘。お米をおすそわけのりんごさん。アスミのおにぎり好きはもう周知の事実なのね(台所共同だっけ?)。星図を書くアスミ。「ここからは、スピカ以外ははっきり見えない」というセリフ、逆に言えば「スピカだけは見える」ということですね。スピカの意味は「穂」。ちょい古いけど、ほーっ、ほああーってヤツですか(違)。
りんごさんに教わった宇宙資料館に、圭ちゃんと府中野君を巻き込んで見学に行くアスミ。ええコトです。大学とかでも、けっこう最近は資料館とか博物館が充実してきてますからね。そこの学生だと大抵タダ(普通の入館料も知れたものですが)なんで、もしご自身がそう言う環境にあられるのであれば、ぜひ一度行っておかれることをお薦めします。未来を見据えるのもいいんですけど、それはやはり、過去の集積があってのこと。何より、技術力というのは、そのときどきの人々の不断の努力がなければ、受け継がれ得ないものですから。「歴史」となったH2-Aロケットも(BS放送時にはまだ打ち上げ成功してなかったですが)、失敗も成功も含めて、まるごと貴重な先人の教え。ん? てことは、アスミの母親が巻き込まれたシャトル事故の資料もあったりするのでしょうか。さすがに、こういうとこでは失敗の歴史はあんまり表に出さんでしょうかね。むしろ「負の歴史」とかいって否定的キャプションをつけられてしまうのも困りものですが。う〜む、個人的な思い入れもあって、イヤにまともな段落となってしまった。オチもないし(つけないといけないわけじゃ)。
「月は、あたしの憧れなんだから」……おお、圭ちゃんの「宇宙を目指す理由」が出てきましたね。いったいなんでしょう。アイドルになるため、みっくすJUICEの一員として……とかいう話ではないと思いますが(当たり前だ!)。
注目の圭ちゃんが秋をどう呼ぶかですが、「一番」で来ましたか。ここで秋が圭ちゃんにとった行動、「ボクは、鈴木秋。秋でいいよ」。これが圭ちゃんがアスミと最初に接したときの行動とまったく同じというところが注目すべき点ですね。それで、ちゃーんと圭ちゃんが秋の握手を拒否してるところも。テーマは「人のフリ見て我がフリ直せ」(珍しくまともにことわざを書いてみた、というギャグです)。
「いつか、これ着て宇宙に行けるよね。行けるよね、みんなで」とアスミ。ここでやはり重要なのは、倒置により最後に置かれている「みんなで」という点。今の時点でこの「みんな」に入ってるのは、圭ちゃんと万里香ちゃんは確実、さらに府中野君も? 入学試験の体験を経て、既にしてアスミのほうには圭ちゃんは言うまでもなく、宇喜多さん改め万里香ちゃんとも強い連帯感を感じていたようです。あと、秋が彼女にどう関わってくるかというのも注目点ですね。
で放課後、ひとり校庭を走る万里香について「ひねくれ女」と呼称する圭ちゃん。並走するアスミ。うーむ、やりすぎると鬱陶しがられるような行動ですが(実際、ここまでずっと万里香はアスミを拒否する態度を取ってきた)、何故かここでは受け入れてしまいましたね。まあ、万里香の心情がどうか、というのは今回描かれていないので措くとしましょう。
そして、みんながそれぞれ一番星(おそらくはスピカ)を眺めるラストシーン。ここで秋が圭ちゃんに「一番」と形容されたのが効いてくるわけなのですが、ストーリィ全体を眺めれば、言うまでもなくスピカに比定されているのは秋よりもアスミその人。その明るい輝きが、まわりの星々(人々)をも照らしていく……という展開なのでしょうかね。ただまあ、そうなるとアスミ以外が惑星(あるいは衛星)ということになってしまって、それはちょっとまずいかも。あるいは秋とふたりで連星とか? えー、府中野君をさしおいてそれは認めん(笑)。ここはオーソドックスに、五人で星座を形作る、という解釈で良いような。
さてさて次回はまた過去話。「カムパネルラの森」って、まんま銀河鉄道ですな。
2005年03月31日(木)
「ふたつのスピカ」第9話 カムパネルラの森(NHK教育)感想
「ついてね〜。鴨川に関わるとろくなことねーんだよなー」(府中野)
ぬあ〜、これは……。過去話だし、山奥の廃線だし、まさに今は(禁則事項です)。
ということで三度目の小学生アスミ。現在時制の話と、過去の話の明確な違いは、アバンで示されているとおり、そのベクトルの向き。現在の話では、ここまで毎回アスミの「あたしのゆめ」が挿入され、未来を志向しているのに対し、過去の話はロケット事故の瞬間という過去をフラッシュバックさせている。それと呼応するように、物語の中でも、主人公(あるいはその他の登場人物)の決断のきっかけとなるのが、未来への希望か、それとも過去の思い出かというのがちゃんと峻別されています。なお、前回の宇宙資料館の話は、一見過去を向いているように見えますけど、資料館というのは現在の人間が、現代を生きる人々のために整備したものであって、今回のように打ち捨てられたままの過去(秘密基地)とたまたま出逢う、というのとは意味合いが異なります。これは一般論としても言えますが、資料館の展示は、そのものが過去のものであっても、現代の人間の目というフィルタを通して意図的に並べられているわけです(その是非はここでは措くとして)。
さて、では本編の議論に移りましょう。あからさまに怪しい冒頭の無声映画シーンなんかは、疑おうとすればいくらでも疑えるんですが、諸事情により割愛(下手すると某ミステリのネタを割ってしまいそうなんで)。今回過去に向き合うのは、アスミというよりはむしろ鈴成先生です。アスミが上京する際、ライオンさんが「過去にとらわれている」という描写が出ましたが、今回、過去に、唯ケ浜にとらわれているのは鈴成先生ですね。学級崩壊な鈴成先生のクラス。きわめて単純化して言えば、児童との接し方に問題があるんでしょうね。現在パートで、宇宙学校に合格したアスミに、有用な訓示を与えるシーンと比較してみれば、この段階での彼女の欠落はそこでしょう。鈴成先生に限らず、今回出てきた教頭らしき人物もやはり問題あり。遠足でアスミが行方不明になったという報告を受けて、児童の心配より先に教師の責任問題を云々する。仮にも他の児童のいる場で、この発言はあんまりです。こういうふうに、子供に対して大人げない態度を見せる人間、というのがこの作品では頻出しておりますね。
で、府中野君にも「ヒステリー気味だ」と言われてしまう鈴成先生。相変わらずかわいくないですなー府中野君は。そこがかわいいんですけど(そういう発言はやめろ)。思わずはっ叩かれるんじゃないかと心配しましたよ。まあ、さすがにそこは自制心のある鈴成先生。で、「ロケット」の中でアスミを発見。その場が鈴成先生の記憶を喚起する。うーむ、見覚えのないはずの風景に既視感を憶えるとは、まるで綾の辻を(禁則事項です!!)。
この話は過去へのベクトルを持っているとはいえ、ここでそれが転化されているのは面白いところですね。過去の「彼」が書いた「未来の夢」に触れることで、鈴成先生の中で過去が清算される。ようやく、彼女も過去を振り切ることが出来たようです。
また、鈴成先生の話と表裏一体をなし、アスミの物語も進展しているというのも注目すべき点です。こちらも「ライオンさん」という、過去に一度見た幻影を追っている。しかし、鈴成先生が過去を見た同じ場所で、アスミは未来を思い描いている、というのが決定的な相違点です。そして後日、廃線のそばでライオンさんと邂逅。えーと、私、以前出した、一話で出てきたライオンさんと、それ以降のライオンさんは別の存在ではないか、という仮説をまだちょっと信じてるんですけど(笑)、今回の話をこれに組み入れてみましょう。アスミがライオンさんという先導者の存在を渇望しているとはいえ、それは何らかのトリガがなければ発動しません。その発動条件が、今回の「ロケット」との邂逅だったのではないでしょうか。また、あの場ですぐライオンさんが現れなかったのは、とりもなおさず鈴成先生がいたから。本当の「ライオンさん」を知っている彼女がいる場では、アスミの空想の中でのライオンさんが出ることは許されません。あくまで、アスミがひとりでいるところで、彼女だけの固有体験としてその邂逅はなされなければならないからです。そして、本来この世に存在してはならないものが顕在するためには、ある種の誓約=制約が必須です。それが、鈴成先生が過去を振り切ったかわりに、ライオンさんが過去に束縛されるというものなのでしょう。
まあ、こじつけとか曲解とか言われても気にしません。これも私の仮説のひとつなのですから。物理研究とかと違ってアニメ(あるいは小説)感想のいいところは、どれだけ無茶な仮説を出しても誰にも怒られないところですからね(笑)。誤読(事実誤認)すら、「観測者原理」という最強の呪文の前には正当化されます。作品というのは、世に出た瞬間にその作り手のものではなく、受け手のものになるのですから。制作者がどう意図しようが、自分はこの作品にこういうものを見た、その事実は動きません。「感想は自由だ」なのですよ。
ということで。その御旗のもと、以下率直に、私が観たものを述べます。ただし言っておきますが、ろくでもないので、読み飛ばすことを激しく推奨します。
ラストシーン、無声映画パートふたたび。発作で汚れた手を見るまりかちゃん。ひょっとして、冒頭とこのシーンをこういう演出にしたのは、赤い血を流せないという規制のせいでしょうかね(テレ東でそういう規制があるのは有名ですが、NHKでも「ポワロとマープル」での死体の描写が淡白だったりしますし)。しかし、そのせいで私が連想してしまったのは、「最低だ、僕って」みたいな。ムセイだけに。
……すみません、すべては月曜のアニメ夜話(と滝本竜彦)のせいなんです(責任転嫁)。
2005年04月07日(木)
「ふたつのスピカ」第10話 水の中にも宇宙(NHK教育)感想
「ひとりじゃ、宇宙には行けないよ」(鴨川アスミ)
またもや次回予告がミスディレクション。先週の予告で佐野先生の企みを語っていたアスミはいわばメタ視点。実際には、アスミたちのパートと教師たちのパートは明確に分離されていました。まあ、教師と生徒の対立を見たい訳じゃないんで良かったかな。
冒頭、いきなり圭ちゃん宇宙外少女!? と思いきや、宇宙服を身にまとった妄想でした。で、143cmのアスミは体格に見合う服がない……と。同一の画が使用されていたわけではありませんが、OPの一シーンのエピソードですね(これまでも、OPとは微妙に画を変えてエピソードを出してきていて、芸が細かい)。大爆笑の秋・府中野。アスミがその外見を笑われるという描写はこれまでにも頻出していて、彼女自身がそれをコンプレックスにしているというのは明らかです。このあとにも、「アスミ、作業着うしろまえ」というシーンが出てきます。社会的動物である人間の宿命で、服装などの外見がその人物の印象を左右してしまうのはある程度仕方のないこと。ましてパイロットになるにはなおさら。服装重視ですからね(プラネテスの2話で実際にあった、ことえりたん誤変換……って、ATOKで変換したらちゃんと「副操縦士」って出たよ)。
ちっちゃけれEVAでデブリに当たりにくい……という、ものすごい屁理屈をこねる秋。イメージ映像のSD圭ちゃんがかあいいです。アスミが「デブリは宇宙のゴミ」って説明してるタイミングで出てきたのがアレですけど(笑)。アスミに自分を見捨てないで、という圭ちゃんですが、宇宙では他人のことなんか構っていられない、という秋。このあとの万里香ちゃんのセリフといい、どうも観てるこっちが「プラネテス」の先入観から抜けられないのがちょっと困りものですね。あれが頭にあるせいか、どうしても圭ちゃんの言い分が身勝手に思えて仕方ない。あと、秋の「願わくば、自分の弱さや恐怖心のせいで、守るべきものから逃げ出す、なんてことがないようにしたいものだけどね」というセリフはちょっと胸に響きました。
やっぱり秋と万里香、親がらみでつながりがあった模様……って、秋の祖父と万里香の父が知り合い!? 前話のアレといい、やっぱなんかありそうな感じですね。可能性としては、以下のようなものが考えられます。
- 秋の知ってるのは彼女の母親で、今いる万里香はジュニアだった
- 万里香には年の離れた姉がいた
- 万里香には同じ名前の叔母がいた
- クローンだった
- クーロンだった
- 実は社会人入学で単なる若作り
- 実はこの世界は数十年前天変地異でいったん滅んでおり、海底に潜った一部の地域だけが生き残っていた。万里香は冷凍冬眠されていた旧世代の生き残り
夜、ナンパされる万里香。あー、汚い手で触りやがって! 殺せ! いますぐ殺せ! と思ったら、りんごさんの助太刀で過激なシーンはカット(おいおい)。そしてアスミのバイト風景を目撃するふたり。おやおや、特殊な服装の喫茶店ではないのですか(おい)。ここまで服装のミスマッチを強調してるから、てっきり(そういう作品ではありません)。
水が苦手なアスミですが、プールで特訓。競泳水着のサイズは合ったのですね。それとも持参品? だったらスク水のほうが……。いや、「スク水」ってのがATOKで出るか試したかっただけです。結果は当然出ませんでしたけどね。でもすぐ学習させました(最悪だ)。
万里香ちゃんに「あんまいじめんなよな」という府中野くん。いぢめてたんはおーまーえーだー! というツッコミが出来るキャラがこの場にいなくて残念。
溺れるアスミ。っていうかこのプール、水深いくらですか?(概算はもうしません) 思わず飛び込む万里香ちゃんも感動的と言う前に、着衣泳の経験がないと二次災害のおそれが……。そんな長いスカートだと特に。っていうか、さも冷静そうに浮き輪を投げ入れる府中野くんに疑念が。あんた、ひょっとして泳げないんでは? 水が苦手なくせにとか言いながら泳ぐのを止めなかったのは、アスミの競泳水着姿に見とれてた? はい、府中野くんの好感度激しく低下(笑)。
いっぽう、助けられたことでもっと強くならなくちゃと言うアスミに対し、アスミを助けたことを快く思っていない様子の万里香ちゃん。やっぱり、自分はひとりだけでも生きていける(いかなければならない)と思っているのでしょうか。アスミが万里香ちゃんの心の鎧を剥がすのは容易ではなさそうです。これはもう「なまえをよんで」シチュエーションに頼るしか!(黙りなさい)
そんなシーンと入れ替わりに描かれる職員会議。今回は珍しく、空間的二重構造がとられてますね。特注品の宇宙服が高くつくことにかこつけて、アスミを退学にさせようとする佐野先生。悪役の面目躍如と言わんばかりの、立て板に水の強弁。あー、益田西守歌か武笠春希と対決させたい(笑)。しかし、身長が制限事項になるのは現状の宇宙飛行士でも同じだったような……。と思ったら、塩見先生がしっかり反論してくれました。そういう既存の枠組みから自由な環境で、宇宙飛行士を育成しようとしてたのですね。しかし、「あの子は、あんたがなくしちまった目をしている」って、や、ま〜、ロックスミスみたいな人もいますから一概には(や、彼は宇宙飛行士ではないぞ)。
ということで、次回は本格的に佐野先生の攻撃が始まる模様。もう追い出されるというのはちょっとびっくりですが、はてさて。
2005年04月14日(木)
「ふたつのスピカ」第11話 傷ついた翼(NHK教育)感想
「何をしても無理なんだよ。何故ならね、君が鴨川友朗の娘だからさ」(佐野先生)
あうあうあー。ライオンさん視点が導入されとる……。潔く、ライオンさんアスミ脳内存在説を撤回いたしますです。まあ仮説は否定されても、それで新たに判ることがあるから良いのですよ。
冒頭は「わたしのゆめ」に替わって、高校生アスミ(と圭ちゃん、万里香ちゃん)によるスピカの解説。萌え度が下がって残念……なんてコト言ってる場合じゃありません。本編も大きな転回点を迎える今回。シーンや展開のすっ飛ばしが多くて判りにくいんですけど(佐野先生のセリフ部分とか、意図的に時系列をいじられてますし)、アスミがずっと未来に向けていた視線を、強制的に後ろ向きにさせられた、という大筋の理解で良いかと。
獅子号墜落という「過去」に縛られている、という点では、その原因を作った鴨川友朗(事実かどうかはまだ不明)の娘を逆恨みする佐野先生も、唯ヶ浜を離れられず、鈴成先生のウェディング姿に涙するライオンさんも同じ。ただ、その事実の昇華の具合が正反対。ライオンさんは死者ではあるけれど、佐野先生も言ってみれば生ける屍。ピンクの霊柩車でも呼んだ方がいいですな(そんな意地になってマニアックなネタを出さんでも)。過去の人間としての分をわきまえ、未来を見据える少女にだけそっと手をさしのべるライオンさん。この大人な態度はさすがに、アスミの脳内人格ではおぼつかないでしょう。そんな彼も、ついに今回ラストで上京を決意。おぉ、佐野先生と対決したりはしないでしょうが、どうなることやら。大道芸人とかストリートパフォーマを目指すわけでもないですよね(言わんでいいことを)。
友人たちのこともちらっと。府中野くん改めフッチー(笑)。某IT会社の偉い人みたく、あだ名が人口に膾炙すると本名で呼んでもらえなくなるから気をつけましょう。アスミの頭を殴ってばかりいるから、体育鬼教官に殴られるという因果応報(もちろん付与される意味合いは全然違いますが)。
次に圭ちゃん。アスミを心配して声をかけるも、「圭ちゃんには関係ないことだから」という言葉にキレる。初登場時から一貫した、相手との関係性を重視するという性格が出ています。自分も相手に頼りたい、相手も自分を頼ることを期待する、という相互依存を求めるタイプかも(精神分析する気はないですが)。たしかに、万里香ちゃんの言うとおり、将来宇宙飛行士を目指す際には自立心という面で不安材料があるようですね。それで、無重量体感訓練は別名なんて言うんですか? 瓶詰妖精OP?(あれは跳ねてるだけでは)
あー、感想書いてる途中でIZUMOが始まったけど、これはまた明日(笑)。最後に万里香ちゃん(秋は無視か)。なんだかんだ言いながら、ちゃんとアスミを心配しているところがいいですね。佐野先生の怪しさにもしっかり気づいていますし。キレる圭ちゃんの首根っこをつかんで、無言で引きずり出すとこがちょっとかわいかったです。
さて、続きも気になるところですが次回は過去話。かさねちゃん(?)がなんかめっちゃかわいい! 注目!
2005年04月21日(木)
「ふたつのスピカ」第12話 ふたりの星はっぱ星(NHK教育)感想
「まぁ、あんたがなりたいっていうなら、なってあげてもいいけど」(柴田かさね)
予告通り、かさねちゃん@半場友恵と幼少アスミのお話。半場さんのお声を聴くのはシスプリ以来? ふしぎ星のプリンセスみたく、ゆるゆる〜っとみていたいのに、いつものごとく大小さまざまの悪意が襲いかかるのはいやいや〜ん(黙ってろっての)。
やはり、この世界において拭いがたく存在するのは、獅子号墜落の忌まわしき記憶。アスミの父・友朗は事故調査委員会の遺族係に辞令が下る。うわー、いちばん辛いところですな……。「ずっと空を見上げて生きてきたのに、あの事故が起きてからは頭を下げてばかり」。なんというか、私も理系の端くれですし、ものすごく感情移入してしまいます。自分が誇りを持って携わってきたものが、人に恨まれるもととなって、しかも自分でその結果を目の当たりにするというのは。遺族感情はまだしも、まったくの第三者の目とか、マスコミの批判も大変なものでしょう。深入りすると泥沼にはまりそうなんで、あんまり言いませんが。
いっぽう、ある意味現世とは因果が切れて気軽なライオンさん、アスミ隊員との訓練に励みます。グローブジャングルでスウィングバイの練習ですか。そりゃグローブってglobe、地球の意味ですからね。スウィングバイは簡単な力学の演習問題です、学部生のころ試験に出ました(笑)。しかし、思いっきりライオンさん、現世の物体に作用を及ぼしてるではないですか(アスミ一人であの動きは絶対に無理)。彼岸の住人にも作用反作用の法則は成り立つのか。
そしてアスミとかさねちゃんとの出逢い。前の場面で、かさねちゃんが持ってるネコのぬいぐるみがかわええな〜と思ってたら、ホントに生きてるネコだったとは! うたまる@桃井はるこ以来の衝撃(笑)。名前は「ライカ」と聞こえたんですが、それこそライオンさんとの対比で、妄想たくましいマペット遣いな女の子かと思ったのに。
あうー、そしてこのあとの展開がほんと見てて辛い。とにかく、かさねちゃんの母親とか男子児童とかが許せなくて許せなくて。そんな周囲のせいで頑なになったかさねちゃんの心を、アスミが溶かしていくというストーリィだったらどれだけ良かったことか。もちろん、たった一話ではそこまで望むべくもなく。「言葉にしなければ伝わらないこともきっとあるよ」by高町なのは、なわけですが、言葉にしたところで想いとは正反対のことを口にしてしまうということも往々にしてあるのですな。
けっきょく、ふたりの想いは一瞬だけ交差したのみで、かさねちゃんは列車に乗って旅立ってしまいました。「あたしが欲しかったのは綺麗な体じゃなくて」ってとこ、一瞬「機械の体」と聞き違えてしまいました。それじゃ銀河鉄道でも999のほうだ(や、意図的なものかもしれませんが)。
そしてラストシーンも問題。いつの時制なのか完全に不明ですが、この娘がかさねちゃんだとすると、やたら成長してるような。やっぱ壮大な叙述トリックでも仕掛けられてるんだろうか……。
次回は宇宙学校に戻って(ダブルミーニング)。5人そろっての約束。おお、またOPにあるシーンですな。
2005年04月29日(金)
「ふたつのスピカ」第13話 約束の5人(NHK教育)感想
「圭ちゃん……わたし、作りすぎちゃって、おにぎり」(鴨川アスミ)
今回はなんといってもこのアスミの一言に尽きるでしょう。前回、前々回を引きずって、ひたすら重々しい雰囲気の冒頭。それを見事に吹き飛ばしてくれました。
「唯ヶ浜にお前の未来はない」とは、アスミの父・友朗の弁。それでも、やはり人間には帰るべき港は必要だ、というお話。不意に家に帰ってみたら鍵がかかってて、でもトイレの窓から侵入に成功するアスミ。思わず不用心さを心配してしまうあたりが心憎い。父親はまた夜勤を増やしていて、「失ったものを取り戻すために必死になっている」。う〜ん、このへんも、実に胸が締めつけられます。翌朝、おにぎりと手紙を置いて家を出るアスミ。これが、宇宙学校に着いてからの例のセリフにもつながってきますし、夢のために前を向いて生きていくのは、けっして生まれた場所や過去を捨て去るわけではない、ということですね。
また、このテーマを反映して、アスミ以外の登場人物の帰るべき場所も一部ではありますが描かれています。初登場時には似たような境遇だと思われていた秋と万里香が、現状ではだいぶ違っているというのも注目すべき点ですね。自らの意志かどうかはともかく、秋はボロアパートでの独り立ちを果たしています(家賃はいくらぐらいなんだろう)。それに対し、万里香ちゃんは未だ小窓のある一室から抜け出せてはいない様子。上京なったライオンさんも思わせぶりに名簿から彼女の名を見つけていますし、ますます注目です。しかし「宇宙に喜び多き」とは、なるほど〜、不覚にも気づかなかった。しょーもない声優ネタや言葉遊びに気をとられていて、こういうのに気づかないとは問題ありすぎです自分。
といいつつ、今回は「帰る場所」が描かれなかったのが府中野くんと圭ちゃん。まあ、フッチーはどうでもいいんですが(おい)。秋と「ラブラブ〜」(by百合佳さん)ですか? バイクにヘルメットをふたつ用意してたって、それはまさか、いつかアスミと一緒に乗ろうなんて思ってたんじゃないでしょうね。あんた、卒業式に「先パイの第二ボタン、あたしにください!」と言われるかと思って、替えのボタンを用意してる男子学生か(断じて実体験ではありません<と強調するとよけいに怪しい)。
だからフッチーはどうでもいいっての(笑)。問題は圭ちゃんですよ。今回、「約束、だよ……」(違)のきっかけを作った張本人。いかにも彼女らしい言動です。最初は4人で、そのあとにアスミが万里香ちゃんを連れてくるのも予想通り。なんの約束かも言わずに乗せるのはどうかと思いますが。クーリングオフの対象となります。ま、「何故か一緒になるご縁、ってことで」by秋、みたいな。
だーかーらー、圭ちゃんだっつーの!(わざとらしい) 彼女の帰る場所、そもそもどんな家に生まれたのか、月を目指すのは何故か、いまだに何一つ明かされておりません。まあ、だから想像(というか妄想)を膨らませられて良いのですがね。個人的にはやはりみっくすJUICE説で(笑)。
「どんなことがあっても、五人一緒に卒業する」という約束を交わした放課後。アスミと圭ちゃん、階段で会談(誤変換に誘導された)。最後にふたたび、アスミの目線が上を向きました。
で、いっぽうの佐野先生です。鴨川友朗の同僚でロケットの設計士だったのか! そんな人が宇宙学校の教師になってる(しかも最近まで前歴が知られていなかった)というのはよく判りませんが。ほんとのホントに逆恨みですな。技術者の風上にも置けないとはこのことです。つーか、風上だろうが風下だろうが、いてもらっちゃ困るんですが。
ということで、次回の圭ちゃんVS佐野先生マッチが今から楽しみです。
2005年05月05日(木)
「ふたつのスピカ」第14話 悲しい笑顔(NHK教育)感想
「必ず行けるよね、みんなで」(鴨川アスミ)
あれー、アバンの星座にライオンさんがいるのにはじめて気づいた。ライオンさん、もう星になっちゃったのかー(笑)。
ということで、アスミと一緒に宇宙学校にご登校のライオンさん。府中野くんを見ていわく、「おっ、府中野クソぼうず」。そういや、彼がアスミをいぢめてたころから知ってるんですな。秋くんの第一印象は「なんだあいつは、眉毛がないぞ」。で、予想どおり万里香ちゃんに反応。ところで圭ちゃんは無視?
その圭ちゃん、アスミのために佐野先生に突撃。言葉は足らないし無計画だけど、この行動は彼女なりに勇気を振り絞ったものだったと思いますよ。友達が大事と言いつつ、それは単に他者依存症ぎみの馴れ合いに近かった今までの圭ちゃん。でも、アスミのためを思って自ら行動を起こせるようになった、小さいながらも立派な成長です。
しかしそれに対し、「人の心配をするより、人を蹴落とすことを考えたらどうだ」と、まさに以前の万里香ちゃんと同じ言葉を返す佐野先生。作劇上、こうやって似た言葉が何度も出てくるときは要注意で、実際には以前とは違う意味が込められていることが多いです。今回もまさにそれで、同級生のひとりが自戒を込めつつ言った言葉と、教師という立場の人間が半ば八つ当たり気味に大勢の生徒の前で吐いてしまった言葉とには天地の差があります。
同じくその言葉を傍で聞いていたアスミもショックを隠せず屋上で物思いにふける。そこにライオンさんのナイスフォロー。中長期的な観点をもって励ますあたり、さすがフッチーとは違う年の功。宇宙ステーションで誕生日を迎えたロシアの宇宙飛行士……ギガルト先生だとか妄想したいなぁ(あの人は名前的にドイツ人っぽいけど。国籍って明示されてたっけ?)。
その発言で主任に怒られる佐野先生。「もう出しましたから、辞表」。あらら、なんか急速にかわいそうなキャラになってきましたよ。ここでフォローにはいるのは塩見先生。やはりこのふたりも屋上へ。今回、佐野先生がアスミに父親のことを告げたときと屋上という場の意味づけが反転してますね。というか、「星を見上げる場所」として本来の意味づけに戻ったと言うべきか。
「不運なんかじゃない、人災だ」という佐野先生。そうか、事故はこの人のせいというわけでもなかったんですな、悪く言ってすみません。彼もまた、誹謗を受けた一人。やっぱ、事故があったときに、「人殺し」とかいうのは良くないよなぁ。被害者感情は判らんでもないけど、マスコミが煽るのだけは許せん。どうせ格好のネタが出来たぐらいにしか思ってなくて本当に汲み取るべき教訓もなおざりに目先の犯人捜しにスキャンダラスに躍起に(以下自制)。
はあはあ。ここは落ち着いて。あ、今のは別にアスミに萌えてるわけではないですよ?(言わんでいい)
圭ちゃん、佐野先生の授業ボイコット。そういうのは個々人でバラバラにやってもあんま意味ないよーな。こういうときこそ友人関係を重視して連帯を見せつけるべきでは(いや、やれと言ってるわけではないけど)。それにしても佐野先生の授業、実践的な上に高度すぎですな。大学の講義だったら、あの発言がなくても学生がいなくなりそうな(いわゆる自主休講ってやつです)。高一なんだから微積の基礎もちゃんとしてないでしょうし(現代と指導要領が同じという保証もないけど)、まずは基礎数学からはじめるのが筋でしょうよ。まあテキストがあるんだから彼の責任ではないですし、宇宙学校の理念にケチをつける気はないんですが。
ボイコットを続ける圭ちゃん。アスミが捜しに行くのは判るけど、万里香ちゃんまでついてくるのはちょっと意外。なんだかんだ言って影響受けまくりですな。そのあとも教室で圭ちゃんの席を両方からがっちりガードには笑った。そんな三人を見つめる秋に、素直になれない府中野くん。ダメだなぁ、もっとこう我々みたいに「アスミ萌えー」と自分を素直に出すんだ!(出さんでいい)
で、佐野先生が出てくるかと身構えると、塩見先生の代理授業。佐野先生の発言についてもしっかり生徒にフォロー。まだボイコットしてる人もいそうですが、後で一斉メールなりなんなりで通告するんでしょうな。宇宙学校の宇宙飛行士コース卒業(しかも一期生)というのは、そりゃそれなりのステータスになるでしょう。といいつつ、卒業するまでの関門もそれなりにあるんじゃなかったっけ? まだまだ油断は禁物です。
で、佐野先生が辞めると知って、なのはみたく駆ける鴨川アスミ。気になるのは、あんな分厚い本は禁帯出じゃないのかということですが(野暮なツッコミをしたくなる習性なのですよ)。佐野先生にも、自分と同じものが見えていたはず……。まあ、ナイーブだけど悪くはないなぁ。「大人になると、どうしてあんな悲しそうな目をするんだろう」。この作品に出てくる大人の大半は、怒っているか、悲しそうな目をしているか、どっちかですね(塩見先生みたいな人もいるけど)。はたして、ライオンさんの仮面に隠された目は、どんな顔をしていることでしょう(いい感じにまとめようとしてるけど、時既に遅しと言う気も)。
おおー、そして次回はついに万里香ちゃんの過去が明らかに!? そういえば今回、生徒は大半が夏服半袖だったのに、万里香ちゃんだけは長袖でしたね。次回予告で下着姿になってるし、なんかの伏線ですかね。単なる寒がりとか、私みたいな長袖っ子萌え族を喜ばせるため、というだけではないと愚考しますが。
2005年05月12日(木)
「ふたつのスピカ」第15話 ひとりぼっち(NHK教育)感想
「寂しいなんて思わない。私はひとりでも生きていける。そのはずだったのに。それなのに」(宇喜多万里香)
なんだこりゃー。お話自体はそれなりに良い感じの友情話だったのですが、肝心のところがぼかされてて、なかなかに消化不足。
ずっとひとりぼっちだった万里香ちゃん。その状況をそれでいいと受け止めていたはずの自分。でも、アスミたちと出逢って、彼女の気持ちに少しだけ変化が……。
うーん、私自身、けっこう昔からひとりでいることが多くて、むしろひとりのほうが好きで、安易な友情話はあんまり好きじゃなかったほうなんですが。なんか最近、こういうのが許容できるようになってきました。リリカルなのはも楽しんで観れてますし。もちろん、自分の思想にかかわらず、物語として出来の良い作品には純粋に感動する人ではありますけどね。それともやっぱり、ネット上とはいえ、最近微妙に友人(というか同志、あるいは騎士団というか)が出来たせいかもしれませんな。というわけで、ひとりがいいとか言っててもやっぱり強がりで、さみしがりやだった万里香ちゃんに、やたら感情移入してしまいます。
で、こういう話で重要なのは、当事者(今回で言うとアスミと万里香)だけではなくて、その周囲がしっかり話に絡んでくること。府中野くんはそれこそアスミの騎士団として、「自分だけ安全な場所にいて」と言った万里香ちゃんに、アスミの過去を示唆する言葉を投げかける。秋も、落ち込んでいるアスミをデートに誘い、いっしょに星を見上げる。
ちなみに、ここで秋が「自分たちが見ている星は、何万年も昔の光」と言ってるのもポイント。この発言、たしか以前にライオンさんあたりが言ってたと思うんですけど(自分の書いた感想の過去ログを探したけど見つからなかった)、まさにこの作品の根幹に関わる問題ですね。「星を見上げる」という行為が、アスミの名前に象徴されているとおり未来を指向したものでありながら、それはどこまでいっても過去からの射影に他ならないということ。そういえば、「万里香」って名前、「万里」というのはそれこそ「何万光年」に通じますね。えっと、言わずもがなですけど、「光年」ってのは光が一年に進む距離を表す、長さの次元をもった量ですよ。「私に勝とうなんて百万光年早い!」みたいな時間の単位ではないですからね。
話を戻して。「周辺人物」ということで言えば、やっぱり圭ちゃんが良いのですよ。「今日もわからんかった」「いつになったらこの地獄の責め苦から抜け出せるのかね〜」といった発言の数々に萌やされつつ、アスミのような、ある意味優等生的な視点からではない目線の導入という役割をしっかり果たしています。圭ちゃんの発言から垣間見えるのは、緩やかな現状の否定と、ぼんやりとした将来への不安(芥川じゃないけど)。毎日がそれほど楽しいわけじゃない、でも昼食をヤケ食いしたら全部オッケー! 見たいな、そんな日常というものの本質を切り出していると思います。まさにチョコパフェとかイケメンとかマジに夢中になれそうな年頃。万里香ちゃんの視点のシーンですけど、この年頃の特権性というのを保健室の先生の口から語らせているのも巧い。
で、かもめ寮へやってきた万里香ちゃん。おお〜、ライオンさんとの邂逅は、こういう形ですか。うーん、やっぱりライオンさんの姿を見られるのはアスミだけの特権のようです。いつものように窓枠で切り取られた夜空も、今日は意味が違って。そういえば、この作品も元は16:9だったりするのか、所々画面の端が見切れてるような気がしました。最初の教室のシーンで、アスミと話してる万里香が最初画面に入ってなくて、少しずつパンしていったりとか。元々の演出意図と違って見えているとしたら問題かも。
で翌朝。相変わらず女子三人の登校姿を窓から覗き見フッチーです。なんか懐かしモノいじってるなー、と思ったら、よりにもよって4x4のルービックキューブかよ! それ地味にムズいんだぞ〜。秋も一瞬で揃えるなんて、どういう技持ちだ。
で、そのフッチーのセリフで「アスミが中学時代に好きだった人」って誰だっけ? と思ったら、次回の話のようで。って、桜か! これまた私好みのポイントを突いてきますなぁ。
2005年05月19日(木)
「ふたつのスピカ」第16話 アスミの桜(NHK教育)感想
「なれるといいな、ロケットの運転手」(島津)
おあー、唯ヶ浜の桜の木は、一年中桜が咲き続ける初音島のとは逆に、花が咲かない木だったのかー。やっぱこういうギミック、好き好き(以下略)。
しかしなぁ。何なんだろうなぁ、このクラスメイトたちは。ここまで嫌悪感をもよおす描き方をせんでもいいと思うんですがねぇ。もう最初から最後まで私の逆鱗に触れっぱなしで、純粋にお話を楽しむこともままなりませんでした。まあ私の方の問題なんですが。
そんな中で、アスミのことを理解する数少ない人間、島津くん登場。アスミの悪口を言う人間以下の存在を足で蹴つまずかせる彼の行動、これ、宇宙学校の入試での府中野くんの行動と同じですね。小学生の頃は自身でアスミをいぢめてた府中野くん、今回の時点でも自分からアスミを助けようとする行動には出ていないのを見ると、この島津くんとの出逢い(そして別れ)を経て、その役割を受け継いだとみていいでしょう。
入院生活が長く、窓から見える宇宙に興味を持ったという島津くん。これまた、万里香ちゃんと同じ、「切り取られた星空」ですよ。しかし、彼女と違うのは、島津くんの体験はすべて彼の口から、過去形として語られるのみであって、作中で現在進行形としては現れないということ。さらに言えば、このエピソード自体が「過去時制の話」として、宇宙学校の「今」に直接影響を及ぼさない形で、1話の中に押し込められていると言うのが、島津くんの影響力が限定的であることの証左だと思います。
死んだ人間には勝てない、という言は真実ですが、それは思い出が固着され、美化されるのみであるため。美しいけれど、それ以上の発展は望めない。それ単体では、未来への原動力とはなりえない。これと対照的なのがライオンさんの扱いで、彼岸の住人という点では彼も島津くんと同じはずだけれど、彼は何故か現世にとどまり、アスミに影響を及ぼし続けている。だから最初の数話のアバンで「わたしのゆめ」として、アスミが父親とともに宇宙へ連れて行ってあげるということを繰り返し確認されている。いっぽう島津くんも今回の中で同じ約束をしてるのに、その後のアスミの言にもまったく現れてこない。可哀想ではあるけど過去の人として仕方のないことでしょうね。
もちろん、アスミの中で島津くんの存在がまったく消え去ったかというと、そんなはずはないと思います。たとえば14話ラストの佐野先生との対話でも、確実に彼女の胸にはこの思い出が去来してたはず。「自分と同じものが見えていた」というアスミの言葉に呼応するように、今回の話でも、アスミの瞳の奥にズームインしていって宇宙に至る、というエウレカセブンっぽい演出が見られますし。
ただまあ疑問点はあって、ここまで物語が進んでからこの話を出してきた理由がちょっとよく判らない。万里香ちゃん話のクッションとして通底するテーマがあるようにも思えますけど。なにより島津くんについて今まで伏線らしきものがほとんどなかった(見逃してるということもありえるけど、気づかなかったらそれこそ伏線の意味がない)ので、さすがに唐突な印象がぬぐえません。
でもでもー、中学生アスミがやたらにかわいかったからオッケー! 宇宙学校の今よりも微妙に髪が長くて、実にツボにはまる萌え具合。返す返すも、こんな娘がクラスで孤立してるなんて信じられません。つくづく、萌えの概念を理解しない輩というのはどうしようもないものですね。
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