2004年03月13日(土)

「耳をすませば」(よみうりテレビ)感想

 やっ、ほー……(月島雫)

 実は今までスタジオジブリ作品をまともに見たことがないのです(そこ、「ぶっちゃけありえなーい」とか言わないように)。そもそも映画を観に行く習慣がないし、今回のようなTV放映も、なんとなく「メジャなものを敬遠する」指向によって敬遠してきました。ですが、今回、なんかいろいろタイミングが良くって、そう、まさに読売(福)記者のインタビュー記事を読んで知ったのですが、主人公の月島雫のCVが「ふたりはプリキュア」の美墨なぎさを演じている本名陽子さんだ! という邪道な動機で視聴してみました。
 感想。

 素敵すぎ

 以下はジブリ作品についてあまり予備知識もない半端者の私がぐだぐだ考えた戯言です。読み飛ばし推奨。
 いやーしかしやっぱり良いもんですね。絵もなかなかに綺麗で良かったし、ストーリィも非常に感動でした。たしかに瑕疵と思われなくもない部分はあるのですが(二人がくっつく展開速すぎとか、クラスメイトのエピソードがしっかり回収されてないとか、雫のパジャマの胸ボタンの着き方が変だとか、毎回雫がセーラー服を着替えるためリボンをほどくところでシーンが変わるとか>最後のは余計)、それすらも、作中で雫が書いた作品と同じく、「原石の輝き(言葉で言うと陳腐ですが)」を表しているのだとしたら。ありえないことではないと思います。
 普通だったら、というか他のジブリ作品だったら、きっとストレートに雫が夢想したような猫の男爵との冒険を完全なファンタジィとして描くことでしょう。それはそれで、きっと素晴らしいものになったのでしょうが、この作品ではあえてそれを作中作(しかも不完全な)として描いた、その困難に挑んだことが私としてはこの作品の一番の評価点。冒頭、猫を追いかける雫が「物語が始まると思ったのに」と漏らすシーンが印象的。その後も、ドラマティックな展開を望みながら、しかし当然ながらそれが安易に叶わない普通の中学三年生の日常を、しかしそれ故にドラマティックに丹念に描いている。安直に逃げない、流されない姿勢が非常に素晴らしい。これこそ一級品。

 で、さらに蛇足。
 既に斎藤環や大塚英志を知っている私としては、ジブリ作品に「萌え視点」を導入することにいささかの躊躇もおぼえないわけではありませんが、あえて「えむいち。」のレビューとしては触れざるを得ないでしょう。
 まあしかし結論は単純です。
 はっきりいって、ヒロイン月島雫、ほとんど一点絞り。
 ほかのクラスメイトが萌えないんだもん。メガネっ娘も微妙。あの先生がもう少し活躍するかと思ったけど、そもそも教師属性ないですしね私。
 って……ああダメ人間。

2004年03月20日(土)

「耳をすませば」イメージアルバム購入

 先週のTV放送が気に入ったので、イメージアルバムをネットで捜して購入。こういうとき、やっぱりオンラインショッピングって便利。
 本名陽子さんの歌声(+朗読)が堪能できるアルバムです。16歳当時の写真までー!(落ち着け)
カントリー・ロード」は言うに及ばず、「コンクリート・ロード」まで入ってるのが素晴らしい。この作品で非常に印象的だったのは、その微妙かつ絶妙な時代の古さ。イメージ曲にもある「コンビニエンス・ストア」とかもそうですが、劇場公開当時の1995年というのは、まさに「'90年代ーー失われた10年」のちょうど中間に位置する、エポックメイキング的な年。ウィンドウズ95の発売に象徴されるような、時代の変遷。作中でも、図書館の本が手書きの貸出カードからバーコードに変わる直前という描写があります。当然、これが作品の展開に大きく結びついているわけですから、意図的なものでしょう。そういう、現代の時の流れの速さに対比してみたとき、地球屋に集まる、アンティーク物の価値が判るというもの。期せずして(あるいは日本テレビの意図で)この2004年にこの作品を観ることで、作品自体が時の流れを感じさせるものになっているという二重写しの構造が、さらに観る人の胸を打つ。
 古いものが良いとか、新しいものがダメとかいう問題ではなく、ただ、形あるものはすべて古びゆく、それだけのこと。
 それを象徴するものとして、「コンクリート・ロード」は良い曲だ、と思います。
 時は流れ、「現代に毒されていない健やかな演技を披露(CDのプロフィールより)」した本名陽子さんも「ぶっちゃけありえなーい」とか言ってるわけで(笑)。
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2004年03月26日(金)

「ルパン三世 カリオストロの城」(よみうりテレビ)感想

行ってきます」と言っといて3時間も経たずに更新というのもなんですが、「探偵! ナイトスクープ」がはじまるまでにぱぱっと感想を。
 やっぱり良いですねー。話の展開、メリハリのつけ方というか、魅せ方が一級品ですね。映画なのでずっとテンポの早いままではなく、緩急をつけるというのが肝要。「アニメ名場面」とかいった特集では何度となくラストシーンを観ましたけど、当然それまでの流れがあってこそのもの。ようやくクラリスに萌えられました(えー)。アニメオタクにとっては、クラリスといえば「羊たちの沈黙」より、アップルワークスより(笑)カリオストロなんですね。
 ところでクライマックスの時計塔のシーン、なんか「名探偵コナン」で観たような気が……いや、もちろん本歌取りなんでしょうけど。

2004年07月03日(土)

「おもひでぽろぽろ」(よみうりテレビ)感想

「雨の日と、くもりの日と、晴れ。どれが好き?」
「……くもり」(岡島タエ子)

 以前にも言ったとおり、私、いままではスタジオジブリ作品、全然観てきませんでした。それが、3月にテレビ放映された「耳をすませば」をはじめて観てから、心を入れ替えたのでした。
 しかし、この作品。子どものころ観なくて逆に良かったと思います。なんというか、とくに回想シーン(というのは語弊があるかもしれませんけど)の端々で、自分の現実に重ねてしまって自己嫌悪に陥るというか、正視できなくなってしまいそうな。大学時代までで、そういった過去の所行はすべて再処理を完了したのでなんとか観れましたけど。
 ひとつひとつのエピソードが、すごく奥深くて、なおかつその順番が素晴らしい。映画ならではの手法で、徐々に観客のシンクロ率が高まってくるのを完璧に計算しています。冒頭の入浴シーンで心を奪われた人は、その後で女子独特の世界をリアルに描き出されて落ち着かない気分にさせられるのです。反省しましょう(>自分)。中盤では分数の割り算とか、演劇の村人1とか、他愛ない仕草や表情で一気に萌えに走りそうになりつつ、家族の一言によって現実に引き戻される。そして、最後のエピソードは大人になったタエ子の口から語られるのみ。この物語の距離感が絶妙です。
 この物語の主役はまぎれもなく大人になったタエ子であって、彼女が11歳の自分を連れて田舎に行き、そこでようやく過去をきっちりと自分の中に組み入れる、それこそが主題。読売のテレビ欄の紹介記事にあった「自分探し」という言葉はあまり好きじゃないですけど(って、これ書いたのが福さんだったらどうする)、今まで見えなかった、見ようとしなかったものに向き合ったという意味では、探し物を見つけたと言えるのかもしれません。
 うにゃ。ということなんで、理想を言えばこの作品、大人のタエ子の声を今の本名陽子さん自身にあててもらってリメイクしてほしかったですね。

 そんなわけで、結論としては。もう、タエ子はほんと良い子ですねー。健気萌えとか、そんなレベルを超越してますよ、これはもう。表面的に良い子のように振る舞っておいて、その内面では他人を傷つけていたかもしれないということを悩んで。でもしっかりと、その想いを打ち明けることができたのですから。たとえそれに、10年以上かかったとしても。そしてそれを、隣で受け止めてくれる人がいた。そんな幸せ。
 小学生だった頃のタエ子には、そんな存在がいなかった。家族にも。あからさまに戦後民主主義的な空気を感じさせる人々の言動、挿入歌、そして「ひょっこりひょうたん島」。「ひょうたん島」の異常なまでの存在感が、まさにそれを象徴していると思います。

 ……と。

 いけないいけない。またジブリの術中にはまってしまいました。どうしても解析したくなってしまうなぁ。まあ、アニメ感想系の端くれとして、たとえ予備知識がほとんどなくても、誤読だとしても、観た作品の意味を追求しようとしてしまうのは業のようなものですが。その行為自体にも、なんらかの意味があると信じて。

2004年07月23日(金)

「となりのトトロ」(よみうりテレビ)感想

「まっくろくろすけ出ておいでー」(サツキ・メイ)
「夢だけど」(サツキ)「ユメじゃなかった」(メイ)

 も、もえ、萌え死ぬ。たすけて〜。

 やっぱり日高のり子さん最高ですよー。絵的にも性格的にもサツキはすごく好きなキャラですね。ふたりとも、すべての動きがとっても自然で純真で最高にかわいい。さすが宮崎駿、メジャー作品に携わってはいるが、この監督は(以下略)

 田舎に引っ越したサツキとメイ(草壁家)。古い家に棲まうまっくろくろすけとの出逢い、そして、不思議で不気味でかわいいトトロ。あらためて見ると、「となりのトトロ」って、語感といいすごく良いタイトルだと思いますね。
 トトロとの出逢い方が毎回違う意味が付与されていて、こういう構成力はさすがジブリ。
 最初はメイの単独行動によって出逢うことで、これが彼女ひとりの体験なのか夢なのか判然としない。
 次には父親を迎えに行ったサツキと、その肩で眠るメイの横に現れ、傘とお土産(木の実)の交換を行うことで、明確に異次元と現実との対比・置換が行われる。
 それからしばらくたった夜、木の実をまいた庭に傘をもってお祈りをするトトロの姿が。画面奥には仕事をする父親の姿が描かれ、大人/子どもの対比が行われる。翌朝の描写がまた素晴らしい。
 そして最後に、母親の病院からの電報を受けて、ふたたび迷子になるメイ。ただし今度は最初とは真逆の深刻さをもって描かれる。冒頭で落とされたメイの帽子と、沼のサンダル(結果的に別人のものと判明)の対比が見事。そういう経過を踏まえて、今度はサツキがトトロと出逢い、ネコバスに乗ってメイを迎えに行くことに。さらに母親の病院まで行きながらも、直接母親と顔を合わせないことで、現実と空想の最後の一線を留めている。絶妙。

 けっきょく、この作品はある意味「成長しない物語」。だからこそ、15年以上経った今でも恐るべき新鮮さのある画面になっています。それがノスタルジィとは遠い心地良さをもたらしてくれて、変わらぬ世界の素晴らしさを感じました。

 ところで、愛知万博って「愛・地球博」って言わないと怒られるんじゃなかったんですか?

2004年11月04日(木)

「未来少年コナン」第1話 のこされ島(NHK教育)感想

 うわー、さすがにこれは見るのはじめてです。
 うーむ、仕方ないこととはいえ、絵柄といい演出といい、どうにも古いなーという感じがしてしまって辛いところがあります。今後はたぶん感想は書かないかと。しかしまあ、1話を見ただけでも、ナディアが(というかGAINAXが)良い感じにパクってパロディにしてることがよく判りました。私程度の中途半端なアニメファンには、パロディ化されたくらいがちょうどいいのかも。

2004年11月23日(火)

「もののけ姫」(よみうりテレビ)感想

 アニメのない休日は平和〜。と思ってたら、そうだ、この前の金曜ロードショーまだ観てなかった! ということで今ごろ視聴です。

 うーむ。やっぱり面白いですね。アニメの最大の武器である視覚的な美しさだけでなく、セリフの言い回しとかも完璧に考えられていて、日本語とはこんなに美しかったのか! と再認識しました。……え? 声優? まあそれは、今さら言ってもしようがないことですし。アレですよ、オタクだったら自分で脳内補完しなさい! という話です(えー)。
 この作品に出てくるキャラクタは、大きく三つの勢力に分けられます(ちょっとだけ分析してみる)。まずは「もののけ姫」たるサンをはじめとする、森の生き神、精霊たち。そしてそれに対立し森を開発しようとする人間たち。さらに、そのどちらにも属さないアシタカ。もちろん、この中でもさまざまな思惑が入り乱れ、一枚岩ではない(そこがまた魅力的なところでもありますが)。それはともかく、この対立関係がラストまで行ってもけっきょく解消されないところがこの作品の最大の特徴にして特長だと思うわけです。
 表面的に見れば、シシ神の怒りを買ったことにより村は潰され、森は復活を遂げたように見えるんですが、人間たちはたくましくも復活しようとしている。それが出来るのが人間、そうするしかないのが人間。そういう意味で、手塚治虫が切り拓いた日本のマンガ・アニメ文化のレール上に、しっかりとこの作品は乗っていると思います。戦後民主主義的な価値観に沿いながら、そこからはみ出そうとする部分が確実にあるわけで。

 ほんと、こういうものを自分の国の作品として観られる日本の子どもは幸せだなぁと思うわけです。って、そういう私自身は子どもの頃にジブリ作品を観たことがなかったんですけどね、まあ特殊な人間でしたから。

 で、ハウルですが。えーと、そうですね、楽しみですね数年後のTV放映が(おい)。それよりも個人的には、12月10日の「千と千尋の神隠し」のほうが楽しみなわけですよ! 同じ少女ならやっぱり、ねえ? どうしても人間見た目で判断するしか(やかましい)。いやまあ、単に映画を観にいく習慣がないだけなんですが。

 あ、あと、やっぱり木霊はかわいいなぁ! このね、奇妙さと不気味さのバランスがまさに絶妙なのです。タタリ神を見れば判るとおり、美しいもの、高貴なものがたやすく醜いもの、恐ろしいものに変化していくという、この作品(あるいは日本文明)の根幹に通じるキャラクタだと思います。っていうか、そんな理屈は後づけで一目萌え。

2004年12月12日(日)

「千と千尋の神隠し」(よみうりテレビ)感想

「ここではたらかせてください」(千尋)

 いやぁ、実に面白い。小難しい理屈は抜きに、ほんと全編楽しく観られました。

 もうとにかく、予想以上に千尋@柊瑠美がかわいい。ちょっとドジっこっぽい仕草とか最高。「となりのトトロ」のサツキ@日高のり子レベルで萌えます。柊瑠美さんも演技がずいぶん巧いなー、と思ってしまうのはある意味宮崎マジック(おい)。いや、今回は湯婆婆@夏木マリさんとか釜爺@菅原文太さんとかも、それなりに味のある演技で良かったです。釜爺の「グッドラック」というセリフは某ハウルへの激励でしょうか(やめなさい)。
 CGの使いどころの判っている美術の綺麗さ、独創的でかわいいちっちゃいキャラ(まっくろくろすけっぽいのもいたし)、そして緩急をつけた動き(カリオストロっぽいシーンもあったり)。実に満足。こりゃ、それこそハウルを観に行く必要もなくなったような。

 さらに再来週はラピュタですか。ちょうどナディアが終わる頃にかぶせてくるとはやりますね。ラピュタも、実はちゃんと観てないのです。あの歌はよく中学とかで歌ってたのですがね。

2005年08月27日(土)

「猫の恩返し」(よみうりテレビ)感想

「胸なんてないのにー」(ハル)

 ハルが風に乗って「ねこちゅー」っていうシーンはカット?(そんなシーンは存在しない)

 いやぁ、これいいなぁ。実に真っ当にアニメとして面白いですよ。ギャグのテンポもいいし、テーマもストレートで判りやすい。長編映画というより普通にTVアニメとしてやってもおかしくない雰囲気ですけど。
 っていうか、ぶっちゃけネコがかわいくてかわいくて。にゃーにゃーにゃーと脳髄をやられてるところに、まさかのネコミミ! そしてシッポ! もう釣られてると判ってても反応してしまいました。スタジオジブリの最高傑作に認定。
 まあ、難をつけるとすれば、こんだけネコばっかりなのに斎藤千和が出てこないことですかね。そのへんがジブリの限界(そういう問題じゃない)。あ、でも本名陽子さんと白鳥由里さんのお名前発見。まあ、今回はそれほど許せない声の人はいませんでした。「声:○○」なんて字幕も出ないし。

 特別企画もけっこう面白かったですね。っていうか「なんだろうくん」口が怖いよ! クリオネかこいつは。読売新聞のマスコット「どれどれ」もかなりアレで一部で評判ですが。宮崎駿、実は読売グループに恨みでもあんのかなぁ。

2005年09月17日(土)

「魔女の宅急便」(よみうりテレビ)感想

「おちこむこともあるけれど、わたし、この街が好きです」(キキ)

 ううむ、なるほど。

 いや、さすがに質は高いと思いますよ。「魔女っ子もの」あるいは「魔法少女もの」というカテゴリからは少しずれると思いますが、空への希求、自分の力、大切なもの、それが大きな流れの中で実に見事な盛り上がりを作り出しています。
 しかしやっぱ、この年になるまで未見のままでいた自分がいちばん良くないと思うんですね。観なきゃ一生観ないままでいたほうがいいのに、どうも最近、うちの環境で観られる作品はなるべく観ないと気が済まなくなってきまして(笑)。その結果自分勝手に文句ばっかり言って、そりゃ宮崎駿もアニメファンを嫌いにもなりますよ(いや、知らんけど)。
 といいつつ、うちのスタンスはTVアニメ準拠なんで遠慮なく言わせてもらいます。やっぱ、私としては「だだあま展開」が観たかったなぁと。キキだけに、危機また危機の連続(つまらないんだよお前は)。せっかく魔法の修業に島にやってきたんだから、もう少し「魔法でみんなをハッピーにします!」なんてお気楽展開があっても(だからジブリでそういうのを望む方が悪い)。ところでキキの魔法が弱くなったのはやっぱり飛行船が墜落したせい?(Wind -a breath of heart- じゃないっつの)
 ま、キキ@高山みなみのカメラワークは最高だったし、ネコのジジ@佐久間レイもかわいいし、おソノさん@戸田恵子も、トンボ@山口勝平も、あと渕崎ゆり子、井上喜久子、山寺宏一といった面々も素晴らしかったので満足ですわ。

 ところで、ぐぐるさんに「魔女の宅急便」ってきいてみると「ヒント: 伝票番号に「ヤマト」を付けると宅配状況が検索できます」って出るのね。