2005年04月17日(日)
「交響詩篇エウレカセブン」第01話 ブルーマンデー(MBS毎日放送)感想
「こんな街、最悪だ」(レントン)
今期の新番組の中でも、前評判の高かった作品。っていうか、MBSの事前のプッシュぶりがすごかった(笑)。
ということで第一印象ですが、いや、これは素晴らしい! 14歳の少年、父親は英雄、ロボットによる戦闘の続く世界、閉ざされた街……。そういった「どこかで見たモチーフ」を散りばめながら、見せ方次第で、ここまで鮮烈に出来るものだ、というのを改めて認識しました。
最初、レントンの独白からはじめないところも良いですね。従軍カメラマンみたいな人たちがなんか警句めいたことをしゃべってて、「誰が言ったセリフか判るか?」→「俺のセリフだよ」というのがカッコいい。いつも言うとおり、よくある展開でも、良いものだからよくあるわけで。そして、このセリフから、彼らは先人の言葉を引用することはない、つまり歴史的な認識が希薄だと言うことが判ります。それに対して、レントン自身は、英雄を父に持ったり、青野武を祖父に持ったり(違)、なにより「最悪」なこの街から離れられないという、好む好まざるにかかわらず、「過去」に縛られていることが強調されます(メタな見方をすると、それはこの作品自身が意図的に「ロボットアニメ」の呪縛の中に身を置いていることも示している)。だからこそ、彼は「自由」を渇望するわけで。
で、そんな彼が少女(エウレカ)と出逢い、Bパートで文字通り飛翔することになるのか……と思いきや、そうお約束通りの展開をとらないところがまた心憎い。このキャラデザや雰囲気から事前に想像していたより、ずいぶんコメディ要素が多そうで、それもまた好みの感じです。レントンがなにかに胸躍らせて走り出すと、そこに現れる光景は彼の期待とは別のものだった、というパターンが意識的に繰り返されているから、ラストのあたりも「ここで落としてくるな」という先読み通りの展開で、実に心地良い。
あと、やはり注目は「だぁ!だぁ!だぁ!」でデビュー&共演した名塚佳織・三瓶由布子コンビ再来ということですが、これまた期待以上! う〜む、どっちも立派に成長しておりますよ〜。当然ながら、キャラの性格が全然違うからイメージがかぶることはないんですが、とくにエウレカ@名塚佳織はかわいい! 無機質な中にも心の機微が感じられるという、最近の名塚さん色が存分に発揮されております。今回はまだ初回だから絡みは少なかったけど、これ以降、ふたりの想いの重なりもすれ違いも、どう描いてくれるか楽しみです。
ということで、当然のごとく視聴&レビュー継続決定。また日曜朝に気合い入れて観なきゃいけないアニメが増えた(笑)。
2005年04月24日(日)
「交響詩篇エウレカセブン」第02話 ブルースカイ・フィッシュ(MBS毎日放送)感想
「波を生かすも殺すも自分次第。それがリフをする奴の心構えだろ?」(ホランド)
すごいなぁ、いいわぁコレ。作品の構成自体がまさに「カットバックドロップターン」。
MBSでは前日深夜にリピート放映というのも嬉しい限り。アニメシャワー枠拡大かと思ったら、「砂ぼうず」のあと別番組を30分挟んでの放映だったんで、さすがにリアルタイム視聴は出来ませんでしたけど。でも、やはり二回目に観るといろいろ判ることがあって。というか自分、所見で何を観てたんだと思うくらい見落としが多い。レントンが姉から言われた「信じることの大切さ」がダイレクトにラストのシーンにつながってくることもやっと気がついたし、なによりEDの視点移動の素晴らしさ。やっぱりこの作品も、何度も何度も観て世界観を感じ取り、空気を味わわないといけないのでしょうな。
で、それを踏まえての今回。冒頭からレントンの回想シーン。ここでも、しっかりとサーストン祖父@青野武の「英雄」に対する反発心(というか、英雄を祭り上げる大衆への敵愾心)を描いているから、その対比としてレントンの(良い意味でも悪い意味でも)「若さ」というのがはっきり伝わります。スカイフィッシュとともに、空へと飛翔するレントン。そしてエウレカとの空中での邂逅。LFO・ニルバーシュのコクピットで密着しながら、「俺は君が好きなんだ!」と舞い上がって、そのまま「アミタドラーイブ・セーットオン!!」といくのが素晴らしい。欲を言えばそこは「セットアップ!」にしてほしかったところですけどね。風は空に、星は天に。そして、不屈の心はこの胸に!!(黙りなさい)
しかし、何故かニルバーシュの機能は停止して、墜ちてゆく機体。そしてここから、時間が一気に飛んで、戦闘後のシーンに移るところが、今回の最大のポイント。これによって、サトリプログラム起動のカタルシスをBパートに持ってくることが出来る上に、この後のレントンたちの胸中を一時的に視聴者に誤読させ、そのあとでひっくり返すことに成功しています。時系列の入れ替えは下手にやるとストーリィを混乱させるだけですが、これは実に巧い。某まじかるなのとはわけが違います(いや、あれは狙ってやったわけじゃ)。
というわけで、ホランドとサーストン祖父との会話。サーストン祖父の言葉が実に胸に沁みる。ガレージの中で、幸せそうな顔して眠るレントンの顔をつんつんするエウレカ萌え〜とか言ってる場合じゃありません。まあ、言うんですけどね。
で、起きたレントン@三瓶由布子とホランド@藤原啓治の会話のシーン。待ってました、みらい豆でアフレコを公開してたとこですね。しかし、最重要な「ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん」というセリフの部分だけは事前公開ではカットされていて、やっぱ実に考えてますなMBS。
そしてサトリプログラム発動のシーン。レントンは気絶したまま? エウレカはどうか判らないけど、操作してるようには見えませんな。自動操縦というか、むしろ暴走してるともいえるかも。当然、今後は彼らがニルバーシュを乗りこなすようになる展開が出てくるのでしょうな。
ラスト、ふたたび時制は戻って。レントンがコクピットで言った「君じゃなきゃ駄目なんだ」という言葉に呼応するように、エウレカは「あなたじゃないと駄目みたい」と宣言。さあ、これからが楽しみです。ふたりを中心とした少年少女の物語に徹するのか、今回も出てきた連合政府内部のいざこざはどう絡んでくるのか、一年間じっくりつき合いましょう。
ちなみに、EDのラストで出てくる「GEKKO STATE」。これまた惜しい! 今の時代は「GECKO」でしょー(いい加減にせい)。
2005年05月01日(日)
「交響詩篇エウレカセブン」第03話 モーション・ブルー(MBS毎日放送)感想
「キミって、やっぱり面白いよね」(エウレカ)
ええなぁこれ(CV:植田佳奈)。私、いわゆるロボットアニメの知識は乏しいですし、映像が美しいというのももちろんだけど、むしろコメディタッチな展開の妙をこそ評価したいところ。
一話と同じように、ラストのレントンの一言を引き出すためにそれまでの25分の展開があったとして観てみると、その構成の巧みさにうならされます。冒頭のエウレカの「キミって子供みたい」発言も直接の伏線になっているし、サーストン家の血筋という話題すら、このために奉仕されているように思えてきます。祖父@青野武に別れを告げるレントンの、本来ならば感動的なシーンまで、見事にひっくり返してくれるのですから、もはや脱帽するのみです。コメディは当人が真剣なほど面白い、というのは私の持論というよりも、けっこう一般的に言われてることですが。
ともかくも舞台は月光号(漢字でいいのかな?)へと移り、本格的な物語のはじまり。GEKKOってことで、デザインはちょっぴりThunderbirdっぽい?(もういいっての) でも鮮やかな緑が基調なのはiPod shuffleみたいですね。乗組員がみんなして新参者のレントンをためつすがめつする展開もお約束。ひとりが「ボケろよ」って言ってるのが面白かった。いや、レントン、多分に天然ですからご心配なく(酷いな)。
そして次回、「ウォーターメロン」。おお? 今までずっとサブタイトルに「ブルー」が入ってたのに。あれですか、「ブルーウォーター」ってことですか!? いーまきーみーのーめにー。歌いたいなぁ(笑)。そういえば、OPもEDも瞳を強調してますし(だから違うっつーの)。
2005年05月08日(日)
「交響詩篇エウレカセブン」第04話 ウォーターメロン(MBS毎日放送)感想
「なんか、息苦しいんだ」(エウレカ)
ああ、今回の冒頭のほうがむしろエヴァっぽいかも(「アゲハ構想」とか言ってるとこ)。もちろんあえて部分的に似せてきてるんでしょうな。私も例によってエヴァを語る気ないですし、あんま気にせずごーごー。
さてさて、GEKKO STATEに乗り込んだレントン、理想と現実の違いを実感。そりゃ〜まあオープンソースプロジェクトだから金はないでしょうな(三回連続同じネタかよ! もうやめろ、今すぐやめろ)。そして新入りらしくさんざんこき使われ、実験道具にされる。検査で上半身裸になったところにエウレカがやってきて、レントンのほうが恥ずかしがって身をかがめるところが面白かったですな。や、変な意味ではなくて(誤解されるのは自業自得だと思う)、前回のラストのとおり、月光号にいるときにはホランドがずっと服を着てないことと、うまく対比されてると思うのですよ。昨日の「愛してるぜベイベ」ではないですが、衣服は社会性を表すもの。しかし、ホランドはたとえそんなものがなくても、月光号の中ではリーダーとしての役割を果たすことが出来る。それに対し、レントンは未だGEKKO STATEという社会の中での己の役割を明確に出来ていない、有り体に言ってしまえば自分の居場所を見つけられていないのですね。
ということで、ニルバーシュのコクピットの中でも息苦しさを感じるレントン。んー、たしかに古代人機に比べるとやたら狭いでしょうな(鳴茂さんが言ってたネタをパクリ拝借)。それに対してエウレカが「空調は大丈夫だけど」と返すのが面白かった。あんた、「それ食べてからで良いよ」なフェイトかよ。かーわーいーいー。水樹奈々には萌えられないけど名塚佳織ならバッチリです(意味判んねぇっつの)。
ついには「最悪だ」という言葉を吐き出すレントン、その構図は1話とまったく同じ。またも、ねだるだけの状況に逆戻りしているようです。ということで、再度現れる構図は、レントンの期待や予想が次々に裏切られていくというもの。金を稼ぐ手段として、リフ大会に出ることを提案しても無視されるわ、謎の密売行為で「特別サービス」の旗手にされるわ。
しかし、その中で唯一レントンの、ひいては視聴者の期待を裏切らなかったのが、間欠泉に湧き出す「トラパー」の波。ホランドからエウレカ、レントンまでのカウントダウンも、きわめて意図的に期待を高める働きをしています。注目すべきは、このカタルシスはレントンが勝ち取ったものではないということ。ちゃんと冒頭で、ラジオに耳をかたむける月光号の乗員のシーンが挿入されていて、地殻変動情報を知り、その通りに動いたからこその結末であって、レントンはそれを羨望するだけというのが今回の話の基本構造。
それを示すかのように、次のシーンではまたもレントンにとって予想外の展開が発生。自分が運んでいたのが臓器だと判明。観てるこっちとしてはだいたいの予想はついてましたけど、ほんとに実物を見せるとは。うわぁお、まさに「だいじょうぶ腎臓はひとつで生きてける〜」だよぅ。こういうのも西手新九郎((c)唐沢俊一)っていうのか?
ラスト、前回のオチになってた「エウレカの子供」問題もしっかり片をつけてくれました。しかし、これまたレントンが勝ち取ったものではないことをしつこく示すかのように、そのあとにもう一度ひっくり返しが発生。「本当にあの子たちがエウレカの子供だったら」……うむ〜、そりゃ、見た目は子供でも本当は……というのと、本当の子供との間には大きな違いが(黙れっつーの)。
うん、やっぱり作品全体を貫くであろうキーワードがはっきりしていると、それに絡めて物語構造を読み取ることが出来るから楽ですね。けっこう思わせぶりというか、あえて判らなくしている面が多々ある作品ですが、こうやって解析していく面白さもまた一興。
しかし、そのための復習として便利な土曜深夜の再放送ですが、野球中継延長のしわ寄せで昨日のがつぶれたのはちょっと惜しいなぁ。TBSが水曜深夜なのに比べても、むしろMBSのほうがもうすこしがんばりましょう(流行らそうとしてる?)。一話飛ばされるのか、MBSお得意のズレズレ攻撃に出るのかは定かでないですが。
2005年05月15日(日)
「交響詩篇エウレカセブン」第05話 ビビット・ビット(MBS毎日放送)感想
「レントン、私たちって相性悪いんだって」(エウレカ)
ありゃりゃ〜。この枠組みから、どうしてこんな話になっちゃうんですか。
いやね、だから私、典型的小悪党みたいな輩を見たくないんですよぅ。翻って、タルホさん@根谷美智子のキャラもあんまり好きじゃないし。昼間から酔っぱらって少年をからかって、何やってんですかこの人は。この作品、容易に視聴者に感情移入できるキャラをあんまり作らないんですよね。それで楽しめる話が作れるのは考えようによってはすごいけど、今回みたいに受けつけないこともあったり。
とはいっても、一話だけ観ていては本質を見失うのもこの作品の特徴で。ラスト、月光号に帰還するタルホたち。「息苦しい」とLFOをクリアモードに。これ、4話でレントンが愚痴ってたのと完璧に対応してますね。レントンの息苦しさはGEKKO STATEでの自分の居場所を見つけられないことによるものだったけど、タルホさんはそうは言いながらも自分で窓を開け(比喩表現ですが)息苦しさから解放された。今回までの話からは、彼女がGEKKO STATEの中で自由に振る舞っているような描写は確かに見受けられます。本当の、心の底ではどうか、は不明ですが。これもまた後の話に効いてくることでしょう。
そういえば、MBSでは深夜のリピート放送、けっきょく3話を飛ばしましたね(どっか別の時間にやってたのを見逃した可能性もあるけど)。時期ズレが出ないのはいいけど、深夜だけで補足しようとしてた人はご注意(まあ本放送に遅れること6日と21時間25分だから、あんまりいないと思うけど)。時刻表示も慣れればどうってことないというか、「あと何分だからそろそろこういう展開になるな」と構成を先読みできる楽しみ方もありますよ(プリキュアを一年観た経験から)。
2005年05月22日(日)
「交響詩篇エウレカセブン」第06話 チャイルドフッド(MBS毎日放送)感想
「親は、子供を叱らなくちゃいけない。それが躾なんだって」(エウレカ)
今回はやられたー。前半15分の溜めが後半ですべて結実する、まさに大河内一楼脚本の真骨頂だったと思います(幸いなことに、私にとっての大河内一楼の印象は「プラネテス」どまりなので)。
今回のテーマはサブタイトル通り「子供」。冒頭から、エウレカの三人の子供たちにいたずらをされるレントン。生意気で、かわいくなくて、「幻想性」を取り去った子供の本質ってこんなものですよね(もちろん、アニメならではの「幻想性」はBパートでしっかり復権されるのですが)。それにしても、朝っぱらから「ぱお〜ん」な演出には思わず笑った。
エウレカの子供だから、という理由で叱れないレントン。しかし、エウレカも子供たちの所行を薄々は気づいているようで、「私は、ちゃんと母親をやれてるかな」と不安を口に出す。そうだよね〜、子育てって大変だよね〜。シッターペットのワンニャーもいないしねー(や、だって「だぁ!だぁ!だぁ!」ネタを振ってくれといわんばかりの構えだったし)。
レントンはどう育てられたかを尋ねるエウレカ。ここでレントンの「姉さん」が活きてくるのですね! ってサーストン祖父@青野武は無視ですか(そのころは別々に暮らしてたのかな?)。
で、軍基地付近を移動中に、コンパク・インターフェアレンサを停止させてしまう子供たち。「止まっちゃだめじゃない、動いてたんだから」というツッコミがちょっとかわいかった。
上ふたりはホランドに正直に言おうとするが、泣きじゃくって駄々をこねる、一番下の子。ああー無責任だなぁと一瞬思わされますが、そのあとのレントンのカットバックで、シーンに込められた意味が綺麗に反転します。それは自分の保身でありつつ、愛しい人が自分から離れるのを防ごうとする、子供ならではの幼稚な愛情表現。
さあ、そしてここからです。時刻表示にしてちょうど7時15分。この事態を受けての、レントンの決断。普通ならばここで、レントンが「大人」に見えるように演出するのでしょうが、そうではなく、あくまで「子供」としての行動に終始させているのが最大の評価点です。
子供たちとともに、ニルバーシュに乗り込むレントン。どうでもいいけど、GEKKO STATEもこういうロボットアニメの例に漏れず、勝手に出動できるようになっちゃってるのですね。そして軍基地にワックスで落書きをする。前半でさりげなく出てきた小道具を使ってくれるのはやっぱり気持ちがいい。軍の司令官が「なんだこれは」といいつつも冷静に行動を分析してるのが面白かった。これも「子供と大人の対立」ではあるんですけど、一瞬とはいえ子供の論理が勝ってしまうところに面白さがありますね。
そうはいっても、子供の限界を見せるところもこのアニメらしいところで。窮地に追い込まれたニルバーシュの前に、颯爽と現れたエウレカ。ああ、そういえば今回もけっきょく実年齢は明かされませんでしたし、レントンと同年代に見えて彼女は確実に一種の「大人」として描かれてますね。操縦席から追い出されるレントン哀れ。「しっかり押さえててね」「はい、死んでも離しません。離したくありません〜」ってとこだけは子供以上な反応ですけど。そりゃまあ生えてなくても(以下略)。
で、レントンに課せられた懲罰。「叱ってくれる大人がいなかったレントンに、大人として罰を与えなければいけない」と言うホランドも立派。って、やっぱサーストン祖父は無視か〜。
子供たちのことをかばったレントンに「大人だから? 男だから?」と問うエウレカ。その答は「レントン・サーストンだから」。まあカッコつけなんでしょうけど、以前のように「何かいい言い方があると判っていても、答えられなかった」という状況からは前進して、子供であっても成長をしている、というのが判ります。で、子供たちも自ら進んで罰を受ける。ってエウレカもか! ここ、観てるこっちとレントンの意識がぴったり重なって心地良かったです。エウレカの理由は「母親だから」。
つーかもう、この作品まで生見しなきゃいかんのかなぁ(笑)。
2005年05月29日(日)
「交響詩篇エウレカセブン」第07話 アブソリュート・ディフィート(MBS毎日放送)感想
「あなたのおかげで、やっと決心がつきました。厳しさの中の、本当の優しさ。ありがとう、ドギー兄さん!」(レントン・サーストン)
いろいろ仕掛けてくるなぁ。観ているこっちもドッキリドッキリドキドキですよ。
「お前にしかできない仕事」があると言われ、営倉から出されるレントン。またぞろ危険な仕事か、という重い雰囲気の中、レントンの目の前にあるのはおかもち、中にはラーメン。もうこの時点で狙ってるな、という意識が観ている「こっち側」には芽生えます。それはちょうど、前回の「こみっくパーティー」と同じように。「ドッキリカメラ」という手法も、容易にメタを想起させるアイテム。
これまで、ずっとこの作品で気になっていたのは、レントンという少年に一人称が与えられていながら、それを単純な視聴者の感情移入の対象にしようとしていないこと。レントンがひとりで盛り上がってるシーンが描かれても、その後で必ずもう一度落とす。常に、レントン以外の第三者の視点が用意されていて、物語を外から眺めているという印象がぬぐえませんでした。これこそが、この物語が単純な「少年の成長物語」とは言い切れない点だと思います。その意識のギャップというのを最大限に活かしたのが、まさに今回の話。
観てる側はレントンの天然ぶりをいじって、面白がってるのに、当人は至ってマジメ。しかもその相手をするのが、今まで自分がその立場にいたというムーンドギー。またまた勝手に解釈して盛り上がるレントンに激高する今のムーンドギーこそ、まさにゲッコーステート(言わんでいい)。この構図は完璧なコント、あるいはシチュエーションコメディになってます。
しかし、やっぱり位相はもう一度反転して。実はいちばん天然だったのはエウレカだった! 瞳に映ったのは同じものでも、エウレカが見ていたのはコントの主役としてのレントンではなく、真っ当なヒーローとしての彼の姿だった。いやいや、これはやられました。最後に食事にラーメンを持ってくるとこからして、本当に狙ってんじゃないのかこの娘、と思ってしまったんですが。やっぱり天然キャラは最強だと言うことですね姉さん!(ところで、単にレントンは「姉さん」とか「兄さん」とか言いたいだけなのではないかとも思ったり)
最後に一部始終を収めたビデオ「はじめてのおつかい レントン編」を観るホランド。笑ったあとに、「ダセェな、俺」とつぶやいて終劇。前回のように、GEKKO STATEの中でいちばんの「大人」として振る舞うことを強いられながらも、本当のところはもっともレントンに近い本質を備えている、ということを確認する秀逸なシーンでした。「完全な敗北」を喫したのは、やはりホランド?
いやぁ、毎回いいですねぇこれ。随所に挟まれる、いまだ意味不明なシーンも後が楽しみですし。この挿入具合も解析するとなかなか楽しそうなんですけどね。っていうかもうプリキュアのOPがはじまってるっちゅうねん!(けっきょく生見してるし) 土曜深夜〜日曜朝のアニメの多さはほんと、どうしたものかなぁ。
2005年06月05日(日)
「交響詩篇エウレカセブン」第08話 グロリアス・ブリリアンス(MBS毎日放送)感想
「世の中にはね、受け入れる運命と、抗うべき試練があるの」(ティプトリー)
なんだこりゃー。こりゃまた、容易には没入を許さない物語ですな。
今回のテーマも、やっぱり「大人と子供」というキーワードに集約されるようなもの。子供は子供で、わがままで自分勝手で、すぐ泣き叫んでうっとーしいし、大人は大人で何考えてるんだか判ったもんじゃない。感情移入できるかどうかはともかく、今現在視聴者に一番近い目線にいるのはレントンであり、その彼の中途半端な立ち位置からの板挟み状態がよく伝わってきました。
レントンがエウレカの笑顔を唯一の行動原理の元としているのは既に明示されたとおり。そして、どうやら、エウレカのほうもそれなりにレントンを頼りにしている様子(ちなみにここまで、エウレカ視点のシーンがまったく存在しないのは、当然とはいえ正しい作劇法)。子供の「叱り方」をレントンに問うエウレカ、そして言われた通りを実践。あー、やりすぎだっつの。レントンも判ってるなら軽々しく口にするなよ。「叱ってくれる大人がいなかった」っての、実はエウレカ自身にも当てはまるのでは? GEKKO STATEではとりあえず彼女が叱られる機会はなさそうだし(もちろん彼女の正体はおろか年齢すら未だ明らかでないわけですが)。
しかし、今回のレントンには、けっきょくどこがエウレカにとってカッコ良かったのか判らずじまい。おまけにエウレカからは「小5」の計算ドリルまで渡される始末。教育制度まで日本と同じなのかは判りませんけど、レントンって中学生くらいの年じゃなかったっけ?(単に三瓶&名塚からの連想かもしれませんが) 「小学生」か「中学生」かってのも、字面から受ける印象がだいぶ違いますから、これは確実にレントンが「子供」の範疇に入る存在である、と宣言されてるのと同じです。だからこそ、ホランドやボダラクのおばさんといった「大人」への違和感も、拭いがたく存在したまま。そのへんがまあ、物語の根幹に横たわる謎への足がかりになるのでしょうから、ここで解消されるはずはないんですが。
しかし、さすがにちょっと今回は判らないことが多い。エウレカの子供が逃げ込んだ先の夫人が、ホランドたちの追っていた人物だった、という「偶然」は、それこそボダラクとやらのいう「運命」だとして片づけるにしても、街中でLFOなんかで追うんじゃねえよ。5話のときもそうだったけど、自治レベルでの警察組織みたいなのは機能してないのか? この世界。月光号から一歩外へ足を踏み出すと、こういうとこが気になってくるんですよね。
ところで、討ち入りの時、裏口に回ったムーンドギーが扉の下敷きになって、しっかり役立たずぶりを披露してくれてるのには笑った。
2005年06月12日(日)
「交響詩篇エウレカセブン」第09話 ペーパームーン・シャイン(MBS毎日放送)感想
「だったら一緒に行こう、エウレカ」(レントン)
な、なんだってー!!
そうかー、そうだよなぁ。伏線は散りばめられていたわけだし、いつ気づいてもおかしくはなかったのですよね。この物語の全体の構成からいえば、前話までレントン視点で語られてきた一見「少年少女の物語」と、ときおり挿入されるドミニクとかデューイとかの軍内部の三人称視点とが完全に乖離していて、いつかはそのギャップを埋めなければいけないことは自明だったのですが。ここで、このタイミングで来るかー。ここまで丁寧すぎるくらいに細かくエピソードを切ってくれたおかげで、その衝撃はより強いものとなります。今までの話に感じていた微妙な齟齬も、すべては予定調和のもとにあえて生み出されていたと考えざるを得ません。
いやーいいですねぇ。先の読めない怒濤の展開。西尾維新にも引けを取らない。こうなると次に期待するのは萌えキャラ大量投入なのですが(違うわボケェ!)。
いや、真面目な話、これから主軸として描かれるのはエウレカであることは間違いないのでしょうけどね。ただ、それにしても基本的にはレントン視点からのエウレカしか描かれないでしょうけど。今回にしても、過去が明らかになったのは、レントンにエウレカ自ら打ち明けたため。そのあと、最初に選択をしたのもレントン、「あの頃と変わったかも」という言葉を受け止めたのもレントン。「離したくありません〜」と言っていた6話のときとは逆の位置関係で、レントンの腰に回されたエウレカの腕が印象的です。
でもねぇ、やっぱひとりの人物を描くには、その周辺から攻めていくという手もありなのではないかと。各個撃破ですよ(違)。西尾維新だったら、とりあえずティプトリーさんは絶対中高生くらいの萌えキャラになってるよね(もう黙ってろってのお前)。や、なんかセリフがリリカルで好きなんですよこの人。
ホランドがレントンを三回殴ったのは、やっぱりガンダムへのオマージュなのかなぁ。
2005年06月19日(日)
「交響詩篇エウレカセブン」第10話 ハイヤー・ザン・ザ・サン(MBS毎日放送)感想
「無重力、バンザイ」(レントン・サーストン)
や、第三宇宙速度を突破してない以上、全然higher than the sun じゃないから(たぶん正しく確信犯だと思うけど)。それともハヤイジャン・サンデーだったりして。
上のセリフの前に、レントンが「あんな結末を……」と独白してるのが印象的。前から薄々思ってたとおり、やっぱりこの物語、すべてが終わってからレントンが回想しているような構造になってるんですかね。実はレントンの口から語られるのはこの一クール目だけで、あとは別の人が語り継いでくというふうに、「大鏡」みたいな構成だったら面白いかも(たぶん無いと思うけど)。
まあともかく、今回はまさに一クールの終盤、序章の終わりめいた回。前回明かされたゲッコーステイトの真実を受けて、そのメンバの立ち位置の再定義、そしてレントンにも改めて「自分がここにいる意味」を問わせる。EDを彷彿とさせる、遠くを見つめるゲッコーステイトの面々。でも、これもやっぱり、未来を志向するというよりは、「追憶」の印象が強いですね。それはEDのみならず、OPの歌詞からも読み取れます(シングルCDに入っていたプロデューサの言葉からも、意図的にそうしていることは明白)。はじまる前から終わっている物語というのも、現代的と言えなくもない。いや、好きですよそういうの。
ちなみにデューイ・ドミニク側に出てきた新キャラ・アネモネ@小清水亜美。エウレカ@名塚佳織と合わせて、プリキュアの夏子&京子ですね。たぶん関係ないと思うけど。
2005年06月26日(日)
「交響詩篇エウレカセブン」第11話 イントゥー・ザ・ネイチャー(MBS毎日放送)感想
「わたし、夢なんて、見たことない」(エウレカ)
なんだこりゃ。すごいすごい。まさか、ホントに白@名塚佳織と黒@小清水亜美になるとは(言ってる場合か!)。
しかしアネモネはめちゃめちゃ怖いですな。明らかにエウレカに対する存在として立ち現れてますが、まったく逆の意味で人間らしくない。LFOの造形にしてもそうですが、蟲的というか、ああ、あんま考えたくない……。
それにしても、ネイチャーっていうよりは、だんだんスーパーネイチャーな世界に入ってませんか? むしろ姉ちゃんのほうが好みです。のり姉ちゃんのほうが!(関係ない) ってか、なんで今週はMBSアニメシャワー枠が休止ですか。空梅雨だから節水ですか。
ラストまで息をつかせぬ展開。なんとなく、このアニメならゲッコーステイト側にひとりふたり人死にが出てもおかしくない気がしてたのでドキドキでした。しかし、ニルバーシュまで捕まってしまってまさに絶体絶命。レントン、「あの世へ旅立った」ってどういうコトですか。次回から新番組、「交響詩篇エウレカヘブン」がはじまりますとでも言う気ですか。
感想が書きにくいと思っても、なんとか書けるもんですな。うむうむ。
2005年07月03日(日)
「交響詩篇エウレカセブン」第12話 アクペリエンス・1(MBS毎日放送)感想
「さあ、早くあたしの名前、呼びなさいよ」(アネモネ)
アネモネだけに、「妹もいいけど姉もね!」というのが前回書き忘れたネタ。ってことはレントンも「姉さん!」と呼べば良かったのか。……ん、案外ネタじゃなかったりして。
これだけやっといて、この1クールの内容が全部2話あたりのレントンの夢だとかいうオチだったらやだなぁと思って観てました。最近、やり直しを要求されるアニメって多いからねぇ。個人的には別にそんなもん要求しませんので。
あ、そうか、書いてて気づいたけど、これ、サリンジャーなんですね(スカイフィッシュとかいう名称もそれっぽい)。だからレントンくんも「ああっ、お姉ちゃーん!」なのね(ちょっと元ネタが複雑)。
いっぽうのゲッコーステイトの面々、生死の境のような戦闘中のはずなのに、何故かコミカルな描写が多くてちっとも緊迫感が出なくて良かったです(良かったのかよ)。とくにギジェットさん@水沢史絵、ケンゴーさん@大木民夫に「『えっと』と『でも』はいらん!」と言われててちょっとかわいかった。「なんてねなんてねなんてねー」とか言ってたらもっと怒られたことでしょう(それは1時間半あとのアニメです)。ケンゴーさんも関東大砂漠での経験があるから、こういう若者が許せないんでしょう(それは4時間半前のアニメです)。
次回、始まりの終わり、あるいは終わりの始まり。
2005年07月10日(日)
「交響詩篇エウレカセブン」第13話 ザ・ビギニング(MBS毎日放送)感想
「ヤバい、この人本物だ」(レントン・サーストン)
な、なんかやりたい放題だなこのアニメ。開始5分でエンディング曲を流すアニメをはじめて見た。
レントンとドミニク少佐の邂逅。予想以上にドミニクさんがアレな人で、なんかけっこう気の合う二人だったりするかも、なんて思ってたら、「友達に、なりたいんだ」なんてことも言わずに名前を教えるシチュエーション発動。最近のお子様は進んでおります。最終回にはふたりが手を取り合ってなまえをよびあうシーンを希望(しません)。
ってか、すっかりしてやられましたね。今回の話を観る限り、レントンと対になってるのはドミニクの様子。最初は三瓶&名塚コンビだーなんて目をそらせといて、実は名塚&小清水だったりするし(プリキュアネタじゃなくて本気でね)。エウレカとレントンの関係の特別性を描きたいんだったら、むしろお互い対になる存在なんて出してこないはず。これ、実は全然ボーイミーツガールストーリーじゃないでしょ?(そういえば、「だぁ!だぁ!だぁ!」の当初のEDがそれこそtrfの「Boy meets girl」だったのは今思うと意味深) その先に見えてくるものがボーイミーツボーイだったりしたら笑うなぁ(笑い事じゃない)。戯言はともかく、この物語がどこに向かっていくか非常に興味深いところです。
ってことで、来週は字幕攻撃ですよ! 深夜組から移行して「時刻表示うざいー」と言ってる人たちをあざ笑うかのようなこの攻勢、楽しみですねっ。
2005年07月17日(日)
「交響詩篇エウレカセブン」第14話 メモリー・バンド(MBS毎日放送)感想
OP、ED変更。けっこういいですよ。二クール目は思ったより明るい話になるのかな? ドミニクさん(20)のとこで「年齢なんて関係ない」とか言ってるのにウケました。
意外とマジメに総集編、みたいな。アバンこそいつも通りのレントンくんの独白ではじまるも、Aパートに入ると「観察者」を気取るゲッコーステイトの人(名前憶えろよお前)によって、ひたすら観念的な言葉が繰り返される。それに対して、あくまで一軍人として事象を客観的に捉えようとするドミニクさんのBパート(前回の痴態がなかったことにされてるのはご愛敬)。それらから浮かび上がるのはやはり、微妙なバランスの上に成り立っているゲッコーステイトという不思議な組織の存在。そして、そこに現れたレントンという少年。ラストでは惰眠をむさぼっておりますが、今後、EDの「ray-out」の表紙みたいな勇姿をふたたび見せてくれることはあるのでしょうか。
……とまあ、そんな感じ。しかし「観察者」の人、1話の冒頭からでてるし、意外に重要なキャラなんですかね。実はこの「交響詩篇エウレカセブン」の物語自体が、彼が監督してレントンにしゃべらせてる「作品」だったりして。最終話あたりではそれを上映してるシーンが出てきて、みんなからダメ出しされてたりしたら笑うなぁ。
2005年07月24日(日)
「交響詩篇エウレカセブン」第15話 ヒューマン・ビヘイヴュア(MBS毎日放送)感想
「父さんも叔父さんも、姉さんだって関係ない! 俺は俺だ」(レントン・サーストン)
ユカタンって叔父さんの名前かー! 高校の地理の時間にユカタン半島に萌えたことを思い出します(黙れ)。
や、これは面白いですね。一クール目で置き去りにされていた、レントンがゲッコーステイトに入る前の時への追憶。それとともに、ゲッコーステイトの中と外の意識の違い。確実につながる記憶、すれ違う想い。
レントンが1話の最初から抱いていた偉大すぎる父親、アドロック・サーストンに対するコンプレックス。それに抗する形で、自らの意志でゲッコーステイトに入ったのだと再認識するレントン。そりゃゲッコーに必要なのはアドロックじゃなくてアドブロックですからねぇ(ネタも追憶してみました)。
でも、その結果が、決して良い結果をもたらすようには思えない。ユカタン叔父は拘束され、レントンは過去から断ち切られる。一人盛り上がるレントンの想いはゲッコーステイト、いやエウレカに向かう。冒頭、いつもの通り「姉さん」に向けてのレントンの独白が、ラストにはエウレカへのものになっていたのが注目ですね。しかしそのエウレカも、レントンの操縦するニルバーシュを見て、「あんなのニルバーシュじゃない」とつぶやく。近くにいても想いは届かない二人です(やかましい)。
ま、今回の教訓は健康ブームには踊らされるなということですね。
2005年07月31日(日)
「交響詩篇エウレカセブン」第16話 オポジット・ヴュー(MBS毎日放送)感想
「眠ってくれ。眠りだけが、君に安らぎを与える」(ドミニク)
深夜アニメ隆盛の現在、アニメと眠気との間には重要な関係性があるやもしれず。にしてもプリキュアがないとエウレカセブン(オクロック)なんかに起きられません。
ということで、見ているものが信じられなくなる回でした。この作品において「視線」に重要な意味が込められているのは初期から明らかでしたが、高速眼球運動によって生み出される「夢」もまた、特別なものなのでしょう。遺跡の中でレントンが見た光景は、かつての古代人(?)の残留思念なのか。ホランドにLFOが人型をしている理由を問うタルホさんといい、折に触れ浮かび上がる世界の根源の謎。こう、延々と謎を謎のまま引っ張る手法は、ミステリを読み慣れてる人間には別段おかしいとも思わないのですが(まあ最後まで曖昧で終わられても困りものですが)。
夢の中でエウレカと出逢うレントン。ようやく彼も、自分と相手とで見ている光景が反対(opposite view)であることに気づいたのでしょうか。白いタイルが黒に反転していく演出が面白かったです。さすが白だの黒だの言われてるだけのことはあります(言われてねぇ)。
なにもない岩の上で目を醒ますレントン。豪邸も食べ物も、すべて幻だった(?)というのは典型的童話らしくて怖いですね。そして、あらためてエウレカに謝りに行くレントンですが、彼女も同じ光景を見ていた。そりゃ〜夢はすべて世界樹でつながってるんで、ふたりの心が通っている証拠です(夢の中身は混じらないんじゃなかったのか)。むしろすべてのアニメは世界樹の枝を通してつながってる説を提唱(けっこう本気)。
いやー、面白くなってきました。次回は「アゲハ構想」の内容が少しでも明かされることになるんでしょうか。痛みを感じない戦闘機でも量産したりとか(絶対違う)。「完成していたのか……」みたいな(黙れ)。
えむいち。