Final-M1Φなる・えむいち。Final Emuichi - アニ「Φなる・あぷろーち」SS

アニメ「Φなる・あぷろーち」SS
by plateau 2008.10.13
mail

2008年10月13日(月)

第11話 大相合!? 愛と瞳(アイ)のあいだ

 水原涼が北末原駅の改札を出ると、外は粉雪が舞っていた。
 朝に見た天気予報の通り。いちおう、傘も持ってきていたが、それほどの雪でもないので、そのまま構内を出る。
 制服の黒い生地の上に、舞い降りる一片の雪。そして、すぐに消える。
 三年間着古した制服を、そんな白い小悪魔から守るかのように、上に着込んだコートの前を閉じる。
 曇天の下に広がる、北末原の駅前通り。都会ほど賑やかでもない、といって寂れてもいない、身の丈の街。これも三年間、バイト先に向かうために歩き慣れた街だ。
 受験が近いために、今はもうそのバイトからは解放された身だが、それでもときたま、客として足を向ける。
 今日もそうして、その喫茶店、プラーヴィに向かい、商店街を通り抜けていく涼。
 と、道行く先に、彼のよく見知った少女の姿を見つける。
 通りに面した店のショウウィンドウを、なにやら思案げに覗きこんでいる彼女に、涼は声をかける。
「お嬢」
 そんなふうに、この二年間、呼び慣れた呼称で。
「っ……! み、水原か……」
 よばれて、陸奥笑穂は、いつになくやや冷静さを失った様子でこちらを振り向く。
「?……どうしたんだ? いったい何を見て——」
 あわててショウウインドウをその身で隠すような仕草をする笑穂だったが、涼は笑穂越しに、その奥をのぞき見る。
「…………」
 整然と並んだ、二枚一組のレンズ、それを縁取る色とりどりのフレーム。
 陸奥笑穂は、とある眼鏡店の前に立っていた。

(OP)

「——あー、その、なんだ」
伏し目がちに、事情を説明する笑穂。
「実はここ最近、受験勉強のせいか、少し視力が落ちてきてな……。もう眼科にも行って、眼鏡を作るための処方箋ももらっているんだが。いざとなると、なかなか思い切りがつかなくてな」
「ふぅん。思い切りがつかないって、どういうことだ?」
「いや、それは……。眼鏡をかけると、顔の印象が変わるとよく言うじゃないか。自分で、眼鏡をかけた自分の顔というものが想像できなくて、ちょっと気恥ずかしいというか」
「うぅーん。男の俺にはよく判らん感情だなぁ。でも、それなら、コンタクトにすればいいんじゃないか?」
「ばっ、馬鹿! こ、コンタクトなんてもってのほかだ!」
 思わず気圧される涼。
「ど、どうして?」
「それは、その……。あ、あんなものを目に入れるなんて、怖いじゃないか」
「ぷっ」
 思わず吹き出す涼。
「わっ、笑うな!」
「いや、ごめんごめん。でも、お嬢がそんなこと言うなんて」
 お嬢という名称とは裏腹に、凜とした性格で、いい意味で男らしい。そんな印象を持っていた彼女だったが、意外なところで、かわいらしい一面もあるのだった。
「……〜!」
 まだ笑いをこらえきれない涼だったが、目の前で笑穂が顔を赤くしているのを見て、気を取り直す。
「はは。まあ、それなら眼鏡にするしかないな。俺も眼鏡なんてかけたことないけど、それなら、こんなとこで突っ立ってないで、中に入って実物を手にとってみたらどうだ?」
「えっ、ちょ、そんな、まだ心の準備が……」
 そう言って抵抗する笑穂を引っ張って、涼は眼鏡店の扉を開ける。

 一歩店に踏み入れると、外の天気とは対照的に、明るい照明が彼らを出迎える。ショウウインドウに並んだ眼鏡は商品のごく一部だったようで、四隅の壁、中央のスペース、いたるところに眼鏡が並べられている。
「いらっしゃいませ〜」
 すかさず、にこやかな笑顔で店員が寄ってくる。涼たちの担任(使用後)によく似ているのは気のせいだろうか。一瞬、量産型という言葉が頭をよぎる。
「眼鏡をお作りになるのは初めてでいらっしゃいますか?」
 ふたりとも裸眼であるのを確かてか、そう訊いてくる店員。
「ええ、まあ……」
「ようこそ、アイと魅惑のめがねっこわーるどへ! 眼科の処方箋はお持ちですか?」
「え? あ、ああ、はい」
 前半の妙な台詞はスルーした様子で、笑穂はバッグから処方箋を取り出す。
「ありがとうございます。……そうですね、度もそれほど強くないですし、こちらにある商品でしたら、すぐにお渡しできます。どうぞ、お好きなものをお試しください」
「は、はい」
 言われるがままに、店員の指し示した棚の商品を眺める笑穂。
「そちらの彼氏さんもご一緒にどうですか?」
「えっ!? い、いや、俺は……彼氏じゃないし」
 と、手を振る涼。笑穂は聞こえていなかったかのように、眼鏡選びに熱中している。
 彼氏彼女、の関係。
 実際、水原涼と陸奥笑穂が、そんな関係だったこともある。
 ただし、それには、とてもひとことで言い表せない、複雑な事情も絡んでいた。
 それも、今となっては懐かしい想い出だった。
「み、水原……。これ、どうかな」
 と、屈んでいた笑穂が顔を上げる。
 レンズを大きく長方形に縁取る、淡いピンク色のフレーム。おそらく度は入っていないのであろう、そのレンズの中で、今まで見たこともないような不安げな表情をたたえた瞳がこちらを見据える。
「…………」
「に、似合わない、かな?」
「あー、いや……」
 眼鏡をかけると印象が変わる。
 そう言ったのは当の笑穂だったが、それにしてもここまで違うとは思わなかった。
 もともと、整った顔立ちだとは思っていたが、眼鏡という人工物によって、いっそう、理知的な印象を与える。
 お嬢はお嬢でも、これはもはや「令嬢」というべきかもしれない。
 そんなことを思いつつも、涼の口から出たのは、以下のような簡潔な言葉だった。
「うん……たしかに印象、変わるな」
「そうか、やっぱり似合わないか……」
 消沈した様子で、眼鏡を外す笑穂。
「あ、いや、そういう意味じゃなくて」
「レンズが大きいと、顔の印象が変わりますからねー。こちらのように、レンズが小さめのタイプですと、また違いますよ。最近は、フレーム無しのものも多く出ておりまして……」
 割って入った店員さんの説明に、耳を傾ける笑穂。うんうんとうなずきながら、真剣な表情でふたたび棚の眼鏡に目を走らせる。
「じゃあ、次はこれを」
 どうやら、しばらく、笑穂のグラスファッションショーにつきあうことになりそうだった。

 *

 それから、しばらく後のこと。同じく北末原の駅前通りを、仲睦まじく歩く、もう一組のカップルがいた。
 ただし、こちらは男女ではなく、女同士。
「はい鐘ちゃん、あ〜ん」
 と、コンビニで買ったばかりの肉まんを半分に割り、相手の口に近づけるショートカットの少女。
「ちょっと、やめてよみぃちゃん、恥ずかしい」
「えぇ〜? にゃはは、ごめんごめん」
 そう言って屈託なく笑う、守屋美紀。
 その隣を並んで歩くのは、涼の妹、水原明鐘だった。
「——でも、こうやってみぃちゃんとふたりで遊ぶのって、なんだか久しぶり」
「ん? ……そっか、そうかもね。いつも涼の奴とか、みんなで遊んでたからね」
「ひょっとしたら、みぃちゃんが遠くに行ってる間、文通してたときのほうが、『ふたりだけ』って感じは強かったかも」
「それは言えてるかも」
 中学時代、美紀は生まれ育ったこの街を離れ、遠方に引っ越していた。それでも、幼なじみである彼女、明鐘とだけは、手紙でやりとりを続けていた。高校生になり、この街に帰ってくるまで。
 その日、明鐘と、その兄の前に、「帰ってきた幼なじみ」として現れてから。
 この三年間、いろいろなことがあった。
 中でも忘れられないのが、去年の冬、水原涼のもとに降りかかった、とある大事件。
 それをきっかけに出逢った、多くの人々。出かけた様々な場所。
 ——そして。
「……みぃちゃん」
「ん?」
「また、文通、しようね。メールでもいいけど」
「……うん」
 そして、この冬。高校卒業と同時に、守屋美紀は、かねてからの夢だった声優業に向かって、本格的に活動を開始する。
 そのために、ふたたび彼女は、この街を離れることになる。
 この街と——ここで出逢った、多くの友人と。
 なんとなく会話が途切れたまま、ふたりは通りを歩いていく。
 すると、角を曲がったあたりで、反対側の通りに、こちらの方面に歩いてくる男女を見かける。相合い傘をさした、いかにも仲の良さそうなカップルだった。
(あ〜あ、見せつけてくれちゃって。そんな大層な雪じゃないってのに)
 などと思いつつ、もう少しそのカップルを観察する美紀。
 と。
「……え?」
 その男性の顔に、とても見覚えがある美紀だった。
(あいつ、涼じゃない。じゃあ、隣にいるのは)
 そうして、女性のほうを確かめようとして、思わず驚きの声を上げそうになる。
(あれって……メガネかけてるけど、笑りん……よね? なんで涼と、あんなカップルみたいに)
「あっ! に、兄さん!?」
 隣にいる明鐘も気づいたようで、声を上げる。
「しっ、鐘ちゃん!」
 なんとなく、向こうに自分たちの存在を気づかれるのはまずい気がして、あわてて明鐘の口を押さえる美紀。幸い、どうやら気づかれた様子はなかった。
 とはいえ、ふたりが立ち止まっているうちにも、向こうはこちらに近づいてくる。だんだんと、その距離が近づく。
「ど、どうしよう鐘ちゃん!?」
「どうしようって言われても……」
「と、とにかくこっちへ!」
 とっさに車道に面した植え込みの陰に隠れる美紀たち。そのまましばらく、ふたりが遠ざかるのを息を潜めて見守る。
「……みぃちゃん、どうしよう。どうなってるの?」
「って、私に訊かれても」
 困惑した表情で、顔を見合わせるふたり。
「おやおや、これは一大事ですわね」
「!?」
 突如、背後から声をかけられて、心臓が止まるほどびっくりする美紀。瞬間的に、身長が100センチほど縮んでしまったかもしれない。
 振り返るとそこには、人呼んで超高性能の大和撫子、益田西守歌が身をかがめて、当社比120%の笑顔をこちらに向けていた。
「し、西守歌ちゃん……」
「まったく、困ったものですわね涼様も。それは、浮気は男の甲斐性、正式な結婚前ならば、いくらでも容認するとは言いましたけれど」
 そうやって、相変わらずの口調で言う西守歌。もはや説明するまでもなく、先ほど目の前を通り過ぎた男、水原涼の婚約者こそ、この西守歌だった。
「…………」
「それにしても、あのお相手は誰なのでしょうか? 私の知らないうちに、涼様があんな素敵な眼鏡っ娘さんとお近づきになっていらっしゃるなんて」
「……え?」
 一瞬、耳を疑う美紀。
(ひょっとして、西守歌ちゃん、あれが笑りんだって気づいてない……?)
「あ、あの、西守歌ちゃん、あの人って……むぐっ!?」
 指摘しようとした明鐘の口を、ふたたび封じる美紀。べつに、幼なじみのおんなのこの口を押さえるのが趣味だというわけではない。きっと。
 ささやかな腕力で抵抗しようとする明鐘を押さえて、美紀は言葉を継ぐ。
「そ、そーねー西守歌ちゃん。あたしたちも驚きだわー。鐘ちゃんも知らなかったわよねー。おに〜さんにあんなカワイイ知り合いがいたなんて」
「え、あの、みぃちゃん……?」
「そうよねー。おに〜さんが心配ねー。どーしよう西守歌ちゃん」
「どうしましょう美紀様」
「やっちゃおうか」
「やっちゃいましょう」
「……って、何を?」
 唐突にふたりの間ではじまった寸劇に、明鐘が口を挟む。
「隠密行動の開始です。さ、さっそく行きましょう、美紀様、明鐘様」
「おー」
 そう言って、身を伏せた体勢のまま動き出した西守歌の後をついていこうとする美紀。と、美紀の肩を、明鐘が指でつつく。
(みぃちゃん、どうして……?)
 と訊きたそうな表情の明鐘に、美紀は口パクで答える。
(おもしろそーだから)
 かくして、三人組の隠密……またの名をパパラッチ行動、状況開始。

 *

 ここで、少し時計の針を戻す。無事にメガネを選び、眼鏡店を出る陸奥笑穂と、水原涼のふたり。
 笑穂が選んだのは、可能な限りレンズの面積を小さくした、楕円形の眼鏡。フレームはスタンダードな黒縁タイプ。笑穂のロングヘアに、よく似合っていた。
「今日は、ありがとうな水原。おかげで、満足のいくものが買えた」
 そう言って並んで歩く笑穂の横顔を、涼は改めて見つめる。
 なるべくふだんと印象の変わらないものを、と店員が薦めた眼鏡だったが、やはり、あるとないとでは印象がずいぶん違う。もちろん、口に出すことはしない。
「どういたしまして。それで、肝心の見え方はどうだ?」
「そうだな。実に視界が明るい。見慣れた景色が、文字通り見違えたかのようだ」
「俺の顔も、男前に見えるか」
「あっはっは。面白い冗談だ」
 そう言って一笑に付す笑穂。
「……っと」
「どうした?」
「いや、ちょっと雪がレンズについて」
 と、眼鏡を外し、いっしょにもらった眼鏡拭きをさっそく取り出す笑穂。
「ああ、そうか」
 そこで涼は、カバンに折りたたみ傘があったことを思い出し、広げて笑穂の頭上にかざす。
「すまない。……なるほど、こういうとき眼鏡というのは不便なものだな。ふだんならこの程度の雪、傘無しで平気だが、これからはそうもいかなくなりそうだ」
「それから、よく言う、ラーメンを食べるときも要注意だな」
「そうだな、気をつけることにするよ。ところで水原、長々とつきあわせてしまったが、お前はどこへ行くつもりだったのだ?」
「ああ、べつにたいした用事はないよ。ただ、久しぶりにプラーヴィにでも寄っていこうかなって」
「そうか。私もここのところ行っていないな。良ければ、今日つきあってもらったお礼だ。ケーキセットぐらいおごらせてもらおう」
「え、いいのか? そういうことで俺は遠慮しないぞ」
「もちろん、私もお前が遠慮するような人間じゃないと思っているから言っているんだ」
「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらうよ」
「よし、決まりだな」
 そうして、ふたりは喫茶プラーヴィへと向かうことになった。
 道中、見知った三人組に後をつけられることになるとは知らず。

 *

 北末原の駅からはやや離れたところにある、喫茶プラーヴィ。その扉を開き、カラコロと聞き慣れた鈴の音を鳴らす。
「いらっしゃいませ……あ、おに〜さん」
 涼と笑穂を迎えたのは、芽生あやめ。涼がバイトを辞めた後の主戦力として、ウェイトレスをしていた。彼女の姉である百合佳は、この店のオーナーにして、涼の実質的な保護者、武笠春希の妻でもある。最近は、「ハルさんがお兄さんなら、水原さんも私のおに〜さんです!」と、よく判らない理由で、涼のことを「おに〜さん」とよぶのがマイブームのようだった。
「お、久しぶり、あやめちゃん」
「お久しぶりです。……あれ? そちらの方は? わっ、もしかして新しい彼女ですか! 二号さんですか!」
 何故か嬉しそうにはしゃぐあやめ。
「二号って……あのねあやめちゃん」
「ふふ。いや、憶えていないかな」
 そう言って、笑穂は眼鏡を少し下げる。
「あ……笑穂さん! 失礼しました」
 と、ぺこりと頭を下げる。
「え、でも、おふたりだけで来られるなんて、やっぱり怪しいです」
 なおも二人の仲を勘繰ろうとするあやめ。
「まあいいです、西守歌さんや明鐘ちゃんにはナイショにしておいてあげますよ、おに〜さん」
「だから違うって……。それより、あんまり私語ばっかりしてると、また百合佳さんに怒られるぞ」
「あ、いけない……。それじゃ、二名様、ご案内しまーす」
 言って、あやめはふたりを空きテーブルに案内する。店内は、依然と変わらず活況のようだった。元アルバイトの身としても、変わらない様子に少し安心する。
「はは、でもやっぱ、身内のいない店のほうがよかったかな」
 注文を受けてあやめがカウンターに下がると、涼は苦笑しつつ笑穂に言葉を向ける。
「何、別に気にしてないさ。それに、あの程度なら可愛いものだ」
「ああ、まあな。美紀にでも見られていたら、何を言われるか」
 涼と笑穂が、世に言う彼氏彼女の関係、だったあの頃。
 それは、突然涼の目の前に現れた自称許嫁、益田西守歌に反抗しての行動だったが。
 美紀や明鐘に不実のそしりを受けて、ほどなくその関係性は解消することになった。
 それでも。
 あのときお互いに抱いていた感情は、まだ中空を漂うように、心のどこかに残っている。
 それは、触れれば消えてしまう、淡雪のようなものに感じられて、あえて手を伸ばすことはないけれど。
 ——あるいは、そんな想いも、やがて重力によって沈んでいき、どこかに溶け込んでいくのだろうか。
「お待たせいたしました。コーヒーと、こちら当店特製チョコケーキになります」
 今度はマニュアル通りの言葉で、あやめが注文の品を運んでくる。その帰り際、涼にウィンクを投げてよこしたのは意味が判らなかったが。「こんど私、おに〜さんのメガネをかけたとこも見てみたいです」と言っているわけではないだろう。
「さてと、じゃあ、ごちそうになるよ」
「うむ。……水原、せっかくだから、『あ〜ん』してあげようか?」
 と、ケーキの一片をスプーンですくって笑穂が言う。思わず口に含んだコーヒーを噴き出す涼。
「……っ! お嬢、そういう冗談は」
「あっはっは。まあ、ただの軽口だ。……不思議なものだな。こういうことが簡単に口に出せるようになるのは、やはり眼鏡をかけているおかげだろうか」
「ただの眼鏡に、そんな魔法みたいな力はないだろう」
「ただの眼鏡じゃない。一組一万円の眼鏡だ」
「…………」
 今のも笑穂流の冗談だったらしい。
「まあ、それはそれとして。実際、世の中をレンズ越しに見ることで、余裕を持つことができるのかもしれん」
「お前はふだんから、余裕のある奴だと思っていたが」
「それは買いかぶりというものだ。そんなことは全然ないぞ。ふむ、そう考えると、あの益田西守歌のお付きの黒服たちが、いつも冷静沈着なのも理解できる気がする。あのサングラスに秘密があったのだな」
 西守歌の名を出されて、露骨に嫌な顔をする涼。
「まあ、あの連中なら、どんな秘密があってもおかしくないと思うけど。……それにしても、眼鏡ひとつで、そこまで人間変わるもんか?」
「いや、人間が変わるわけではないだろう。ただ、今まで自分でも気づかなかった面が現れるだけで。たとえば水原。私はお前とつきあうことで、それまで自分が知らなかった自分を見つけた。それと同じことだ」
 いきなり、そう核心を突かれて動揺する涼。
「…………」
「ひょっとしたら、この眼鏡をかけた私の状態で、もう一度お前とつきあってみたら、また新しい何かが見つかるかもしれない。……どうだ?」
 レンズ越しの笑穂の瞳は、しかし、まっすぐに涼を見据えて。
「……そ、それは」

 *

 ふたたび、隠密三人組の様子。
 相合い傘の涼と笑穂を追っていくうち、その足取りは、商店街を離れ、小高い丘のほうへ向かう。それが、三人がよく知っている道をたどっていることに、美紀たちも気づいていた。
「ねえ鐘ちゃん、あいつらの行き先って、どう考えても」
「う、うん。プラーヴィ、だと思う」
「う〜ん。参ったなぁ。さすがに店内に入ったら見つかっちゃうわよねぇ。そうだ鐘ちゃん、従業員用の裏口からこっそり入っていくこと出来ない?」
「えっ!? そ、それはちょっと……百合佳さんに見つかったらまずいし」
「そっか、そうよねぇ。どうしよう。ねえ西守歌ちゃん、何かいいアイディア……あれ?」
 美紀が西守歌に話を向けようと振り返ると、そこに西守歌の姿はない。
「お〜い西守歌ちゃん、どこー?」
「あ、美紀様、明鐘様、こちらですー」
 と、道から少し外れた、茂みの奥から西守歌の声が聞こえる。美紀と明鐘はそちらに足を向ける。
「わっ!? な、何してんの?」
 茂みの奥をのぞきこむと、西守歌は、おなじみの黒服集団と一緒に、なにやら大きなトランクを広げ、あやしげな機器をいじっていた。
「ふふふ。こんなこともあろうかと、こんなものを用意して参りましたわ。ちゃっちゃらーん!!」
 と、西守歌は右手をOの字にして、高く上げる。よく見ると、親指と人さし指の間に、豆粒ほどの小さな白い球体がはさまっている。
「さあ、こちらがマスダショッピング今週の新商品! その名も、ゆきむしくんハイパー!! 閉鎖空間での気になるアイツの監視に最適! 超小型CCDハイビジョンカメラ搭載で鮮明な画像をあなたに、内蔵マイクとスピーカで双方向通信も可能。セキュリティ機能も万全の強力無線で百メートル先からの操作を実現! もちろん電波法準拠で、安心してご使用いただけます。さあ、今すぐお電話を!」
「…………」
 もはやツッコむ気にもなれない美紀だった。
「……まあいいや、じゃあそれで」
 さっそく「ゆきむしくんハイパー」を、喫茶プラーヴィに向けて飛ばす西守歌。ほどなく、その姿は本物の雪にまぎれて見えなくなる。
 そこからは、トランクの裏にはめられた液晶ディスプレイで、ゆきむしくんからの映像を確認する。しばらくしてプラーヴィに到着すると、開いていた窓の隙間から、無事店内に侵入する。カメラの角度を調整すること数十秒、やがて涼と笑穂の姿が、ディスプレイに映し出される。
「あ、いるいる。相変わらず仲良さそうねー。ねえ、これ、声も聞こえるんじゃなかったの?」
「ええ」
 と、西守歌は手元のコントロールパネルのつまみをいじる。しかし、聞こえてくるのは店内の喧噪のみ。
「ちょっと位置が悪いみたいですわね。もうちょっと近づきませんと……」
 そう言って、西守歌はレバーを操作する。同時に、ディスプレイに映る画像が移動していく。
 と、突然、その映像が真っ暗になった。
「……あら?」
 徐々に映像は光を取り戻す。と、そこに一人の青年の顔が大写しになる。
「……あらあら、まあまあ」
「うわっ! ハルさん!」
『……何だこれは?』
 どうやら、「ゆきむしくんハイパー」を、店内にいたプラーヴィのオーナー、武笠春希が捕捉したらしい。
「これはこれは、春希様。ご無沙汰しております」
 と、西守歌は手元のマイクに向かって言う。それが相手にも聞こえたようで、春希は少し眉をひそめる。
『……その声は、益田西守歌か。今度は何の遊びだ?』
「遊びだなんて、とんでもない。これは極秘の隠密行動です。益田財閥の技術力を駆使した、この『ゆきむしくんハイパー』で……」
『雪虫?』
「そうです、ゆきむしくんハイパーです」
『虫なんて不衛生なものは、俺の店には存在しない』
 ぐしゃり。
 と、嫌な音を立てて映像と音声が途切れる。
「…………」
 今回の隠密行動は、失敗に終わったようだった。

 *

「ふーむ、なるほど、ゆきむしくんハイパーの耐久性に問題あり、と。これは今後の製品化への課題ですわね」
「って、あんなのホントに売り出す気なの? それはともかく、これじゃ中の様子がわからないじゃない」
「あの、もうやめたほうがいいんじゃ……」
 と、おずおずと口を出す明鐘だったが、
「「ダメ!」」
「ひっ……」
 半ばムキになったようなふたりには、通じないのであった。
「こうなったら、ふたりが出てくるまで、店の前で待ちましょう」
「わかったわ、持久戦ね」
「はぁ……」
 そうして、機材を回収し、プラーヴィに向かう一行。
 店の入口に面した道の反対側、少し離れた電柱の影に身を潜める。
 そして、待つこと数十分。
 店の扉が内から開かれるたびに、注目とため息をくり返す三人だったが、ようやく、その苦労が報われることとなった。
「あっ! 出てきましたわよ!」
「さぁて、涼の奴、これからどうする気かしら」
 と、ふたりの様子を見守っていると、
「…………!?」
 涼は、笑穂の肩を抱き、
 そのまま、顔を笑穂に近づけて、
「だっ、ダメー!!!」
 思わず自分の口を押さえる美紀。だが、それは自分ではなく、隣にいた明鐘が発した言葉だった。
 そのまま、涼たちのほうへ走っていく明鐘。
「ちょっ、鐘ちゃん!?」
「なっ……あ、明鐘!?」
 涼のほうも驚いたようで、笑穂の体を引き離す。と、その胸に飛び込む明鐘。
「ひっ、えぐっ、に、兄さん、どうして……」
「どうしてって、それはこっちの台詞……」
「いいえ。私も、どういうことか伺いたいですわ涼様」
「げっ! 西守歌! それに美紀まで」
「あはは……」
 仁王立ちする西守歌の横で、苦笑いを浮かべる美紀。
「私たちの知らない間に、いつそんな美人な方とお近づきに……え? あら?」
「は?」
 笑穂のほうを指さしたまま、呆気にとられた表情を浮かべる西守歌。いつの間にか、眼鏡は外している。
「笑穂様、いついらしたのですか? 先ほどの方は、まだ中に?」
 と、プラーヴィの入口の戸を開けて、中を確かめる西守歌。しばらく首を回して店内をうかがっていたが、中にいる武笠春希に射すくめられたようで、しぶしぶあきらめて扉を閉める。
「こ、これは、人間消失トリック!?」
「…………」
 涼は大きくため息をつくと、ちょいちょいと笑穂を手招きする。そして、何事かを耳元でささやく。
「おい、西守歌」
「はい?」
 西守歌が振り向いた瞬間に、笑穂は眼鏡をかける。
「まあ! 先ほどの方!」
 そして、すぐ眼鏡を外す。
「まあ! 笑穂様!」
「……って、気づけよ!」
 盛大にツッコミを入れる涼。
「あ、そっか。ひょっとして」
 と、手をポンと打つ美紀。
「笑りん、ちょっとそのメガネ貸して」
「え? ああ、構わないが」
 と、笑穂から受け取った眼鏡を手に取る美紀。
「ねえ西守歌ちゃん、ちょっとこれかけてみて」
「え? ……あら、なんでしょう、なんだか世界が明るく」
「……もしかして西守歌ちゃん、けっこう視力悪い?」
「どうでしょう、気にしたことがございませんので」
 と、首を傾げる西守歌。
「あはは。西守歌ちゃんも一度、眼科に行ってみたほうがいいかもね」
「そうでしょうか……。そう言われますと、涼様がいつも以上に美男子に」
「あ〜、こりゃそうとう度を強くしないといけないかな?」
「って、どういう意味だ!」
 そんなやりとりをしている間に、西守歌は眼鏡を笑穂に返す。
「あっ、そうだ。それより、さっきのこと説明してもらうわよ涼!」
「なっ……、説明って」
「ごまかそうとしてもムダよ。さっき、笑りんにキスしようとしてたじゃない!」
「はぁっ!?」
「くっ、あはは」
 と、その言葉を聞いて笑い出す笑穂に、拍子抜けする美紀。
「え、笑りん?」
「いや、そうか、そう見られていたのか。あれは単に、目にゴミが入ったので、取ってもらっただけだ」
「はぁ? 目にゴミ? そ、そんな古典的な」
「古典的と言われようと、お約束と言われようと、その通りなんだから仕方あるまい。それとも、本当に私と水原が、そんなことをしようとしていたと思っているのか?」
「う……それは……。まあ、涼にそんな甲斐性無いと思ってたけどね」
「って、お前な!」
 そうして、一同の中に、いつも通りの笑いが訪れる。
 そんな中で、密かに笑穂が、涼に対して目配せをしたのを、気づいた者はいない。
 当の水原涼を除いては。

「わぁ……ちょっと雪が強くなってきたね」
 明鐘が言って、みんなが空を見上げる。
「ホントだ。ちょっと涼、傘持ってるのあんただけなんだから、入れさせてよ」
「何? いやでも、お嬢は眼鏡だから」
「なんですって? 涼様、やっぱり眼鏡っ娘属性だったのですか? それなら、私も明日から眼鏡をかけます! ですから私と相合い傘を」
「だーっ、お前ら、そんな全員ひとつの傘に入ってこれるわけないだろ!」
 と、悲鳴を上げる涼。
 たとえ、それぞれの別れが近づいているとしても。
 それは、永遠とも思える、いつもの光景だった。

(完)

 ちゃっちゃらん♪

次回予告

水原涼「っていうか、一年以上放置しといて、今さら続きをやるのかよ!」
益田西守歌「まあまあ。いろいろ思うところがあるらしいですよ。このまま完結させないと、前半が出たまま二年も後半が出ない某ライトノベルをどうこう言えないって」
守屋美紀「わーっ、西守歌ちゃん! 危ないこと言っちゃダメー!」
武笠春希「この物語はフィクションであり、実在の人物・団体にはいっさい関係ありません、と」
水原涼「絶望した! 予防線を張る大人に絶望した!」
陸奥笑穂「それはともかく。ようやく私がメインの話になったのは喜ばしいところだが……。作者の趣味嗜好に合わせて、不要な設定改変がなされたような気がするのだが」
守屋美紀「いや〜、そんなの今に始まったことじゃないじゃん」
陸奥笑穂「……お前にそう言われると、言葉がないな」
水原明鐘「ということで、シリーズ本編は今回でおしまいです。あとの二回は番外編、『大戦争! 愛と人類の二者択一(オルタナティブ)!?』を前後編でお届けします。一年以内には完結予定、だそうです」
水原涼「また一年後かよ!」
芽生百合佳「私の出番はあるのかしら」
水原涼「…………」