Final-M1Φなる・えむいち。Final Emuichi

2007.08.13
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2007年8月13日(月)

第9話 大激写! 愛と思い出のアルバム

「じゃあ次、守屋美紀さん」
「はいっ」
 なまえをよばれて、守屋美紀は一歩前へ進み出る。声優養成所に通う彼女、今日はその年一回の進級試験の日。これに合格すれば本科に進むことができる。自分の目指す一人前の声優に、また一歩近づくのだ。
 いつもレッスンを受けている広いスタジオ。その中央に美紀はひとり立つ。試験の内容は、受講生ひとりひとりのアフレコ実演。目の前には、講師陣と受講生の顔がずらっと並ぶ。ふだんは、ふざけあいながらいっしょにレッスンを受ける仲間も、ひとしく真剣な表情。ちょっとやそっとでは動じない彼女も、さすがに少し緊張する。
 大きく深呼吸。そして、右手首の感触を、そっと左手で確かめる。緊張をほぐすいつもの儀式。
「……あれ?」
「どうしました、守屋さん」
「あ、いえ」
 そう短く答える彼女。
「それでは、はじめ」

(OP)

 数時間後。北末原のマンションの一室の前に、守屋美紀は立っていた。
「やっほー。鐘ちゃーん」
「あ、みぃちゃん。いらっしゃーい。上がって上がって」
 出迎えるのは、愛しの鐘ちゃんこと水原明鐘。兄の水原涼ともども美紀の小学生のころからの幼なじみである。両親を亡くして以来、水原兄妹はこのマンションの一室にふたりで住んでいた。……もっとも、最近の彼女たちの現状を正確に捉えれば「ふたり」とは言えないのであるが。
「なんか、鐘ちゃんとこにこうやって遊びに来るのも久しぶりだね。あたしもレッスンで忙しかったし、西守歌ちゃんのこともあるしさ」
「あ、うん……」
 苦笑いを浮かべる明鐘。そう、今年の2月、この部屋の窓を破って空から降ってきた美少女・益田西守歌という存在によって、この兄妹の運命は微妙ながらも甚大な変化を遂げたのであった。その時のことを思い出してか、思わず窓を見やる明鐘。しかしもちろん、往時の痕跡はかけらもない。彼女が従える謎の黒服集団によって、割られた窓ガラスはわずか数十秒で新品同様に修復されたのであった。
「で? その西守歌ちゃん、涼と旅行に出かけたんだって?」
 超がつくほどのお嬢様にして、その行動力も常人の域を遥かに超える彼女。水原涼の自称許嫁として、西守歌は唐突に、涼とふたりで一週間のハワイ旅行をすると言い出したのだ。
「やっぱり、ハネムーンといえばハワイがお・や・く・そ・く、ですわね〜」
「誰がじゃ! お前、ハネムーンの意味判ってるのか!?」
「あら? あらあら? 涼様、ハネムーンの語源をご存じでいらっしゃるのですか? 涼様が望むのであれば、私はそれも厭いませんわ」
「にっ、兄さん、それってどういう……」
「だーっ! やめろ!! 違うわ!」
 ーー以上、そのときの会話の抜粋。
「な〜んて言って、心配じゃない鐘ちゃん? なんだかんだ言って、若い男と女だよ?」
「みぃちゃん、なんかおじさんくさい……。大丈夫、私はふたりを信じてるから」
「にゃはは。まあ涼の奴に、そんな度胸もあるわけないか」
 はるか太平洋上、水原涼のクシャミがこだまする。ところで、ハワイの日本からの時差は -19時間なのであるが、この場合時差は考慮されないのがお約束というものであろうか。そもそも、お約束の伝達速度は光速を越えるかというのが大きな問題として横たわっているわけなのであるが。
「……でもさ、正直な話、寂しくない? ずっと涼といっしょだったんでしょ、それが一週間も」
「うん……でも、たった一週間だし。むしろ、兄さんのほうが心配してるかもしれないけど」
「あぁ……。それはありそうだわ」
 守屋美紀の明鐘への愛情と同じくらい、妹のことを大切に想う水原涼なのであった。
「……それに、考えてみたら、西守歌ちゃんと兄さん、ふたりだけでの思い出って、あんまりないんじゃないかなって思って」
「あ」
 言われてみれば。超がつく行動力の持ち主である益田西守歌。それだけに、その対象は自称許嫁の水原涼にとどまらず、その妹、友人にまで及ぶことが多い。かくいう自分も、その相伴に預かることが多い身である。一時期、強引な婚約に反発した涼は、別のクラスメイトとつき合っていたことがあるが、そのとき重ねた逢瀬を思えば、むしろ西守歌とふたりでいた時間のほうが短いのではないだろうか。
「私は、ずっと兄さんといっしょだったし、これからも兄さんが私のことを想ってくれるのはわかるから。だから、西守歌ちゃんのほうこそ、もっと兄さんといっしょにいてほしいと思って」
 そんな健気なことを言う明鐘を見て、美紀は思わず涙ぐむ。
「……あぁもう! いい子だなぁ鐘ちゃんは! お持ち帰りぃ〜♥」
「ちょ、ちょっと、みぃちゃん!? っていうかお持ち帰りって!?」
 なにか他の人格が乗り移ったかのように、明鐘を抱き締める美紀。
「あ、ほら、それにね、西守歌ちゃん、毎日向こうからメールで写真送ってくれるの」
「えっ? ホント? 見せて見せて!」
 身を乗り出す美紀。というか、既に明鐘を抱き締めている体勢で身を乗り出すということは、さらにふたりの距離が接近することになるわけであった。
「やっ、みぃちゃん、ひゃぅっ……」
 そろそろ怒られそうなので5分ほど時間を飛ばす。

「へぇ〜、けっこう楽しそうじゃん、涼の奴。あはは、何これ、涼のほうがウェディングドレス着てる!」
 明鐘の携帯端末のディスプレイを覗き込むふたり。美紀が端末を操作し、西守歌から送られてきたデジタル写真を、一枚ずつ表示させていく。そこには、いつもと変わらず明るい笑顔を見せる西守歌と、半ば自棄になっているような涼の顔があった。たまに、黒服集団(ちびキャラスタイル)のスナップショットが映っているのは西守歌の遊び心だろう。自分の携帯端末に送信して待ち受け画面に使おうか。
「あ〜面白かった。やっぱ他人の写真見るのって面白いわ。あ、そうだ鐘ちゃん、アルバムとかない? 子供のころの。ついでだから見せてよ」
「え、いいけど……。ちょっと待ってて、探してくる」
 そう言って、奥の部屋に向かう明鐘。自分でも、何故そんな気分になったのかはうまく説明できない。しかし、自分と違う場所で、自分と違う相手と向かい合う涼の写真を見て、ふと、確かめてみたくなったのかもしれない。小学生時代、幼なじみとして共に過ごした涼。そして、自分が遠方に引っ越したため、知ることのない中学生の涼のことを……。
「お待たせ、みぃちゃん」
 と、両手で何冊ものアルバムを抱えて、明鐘が戻ってきた。
「ありがとー。見られたくないのがあったら言ってね。涼といっしょにおふろに入ってる写真とか」
「そ、そんなの撮ってないもん!」
 顔を赤くして首を振る明鐘。
「にゃはは。ごめんごめん」
「わぁ、でも懐かしいなぁ、私も。このころの兄さん、私と身長あんまり変わらなかったんだ」
 明鐘が広げたアルバムは、どうやらかなり幼いころのようだ。美紀も、テーブルの上に置かれたアルバムから一冊を手にとって、広げる。初々しい制服姿の涼と明鐘が目に飛び込む。見知らぬ校門が背景に見える。
「あ、これ、ひょっとして中学校の入学式の?」
 と、横に座った明鐘に水を向ける美紀。
「え? ……あ、うん。そっか、みぃちゃんは知らないんだよね」
「かわいいなぁ、鐘ちゃんの制服。いいなぁ、あたしもこの学校行きたかったなぁ」
「えぇ、そんな、ふつうだよ〜」
「ううん、制服がじゃなくて、鐘ちゃんが着てるってとこが重要なの。わぁ、夏服もかわいい!」
 涼のことを確かめたいんじゃなかったのか。
「うっさいわね、鐘ちゃんのほうが重要に決まってるでしょ!」
「……みぃちゃん? 誰と話してるの?」
「え? 何が?」
 一枚一枚、自分の知らない水原兄妹の思い出をたどる美紀。しかし、アルバムの半分もいかないうちに、空白のページに突き当たる。中学時代となると、学校行事を除けば、家族で写真を撮る機会も少なくなるのは普通のことだろう。水原兄妹の場合、両親が既に他界しているという事情もある。
「ハルさん、写真嫌いそうだからなぁ」
 水原兄妹の実質的な保護者である武笠春希の顔を思い浮かべる。現在は妻帯者であるが、将来子供が生まれたとして、ホームビデオを回すような姿は想像を絶する。
「えっと、次は……」
 かつての憧れの人に対する失礼な想像を振り払って、別のアルバムに手を伸ばす美紀。今度は、小学生のころのもののようだ。
「あ、これ、みぃちゃんだ」
 横からアルバムを覗き込んでいた明鐘が声を上げる。たしかに、涼と明鐘が仲良く並んでいる隣に、自分の姿が見える。
「わっ、やだやだ、恥ずかしいから見ないでよ」
 他人の写真は見たがるくせに、自分の昔の写真は見られたくないらしい。
「うっさいってば。あぁもう、涼の奴がいなくて良かったわ」
 そう言って、ページを繰っていく美紀。と、あるページで指が止まる。
「あ……」
「これって、学芸会の写真? あ、みぃちゃん、この衣装かわいい」
 段ボール製の草木が大道具として配された、体育館のステージ。動物の耳を頭につけた児童たち数人。その中央に、なにかの童話のお姫様に扮した、幼い自分の姿がある。見るからに緊張した面持ちで、それでも真剣に台詞を発しているのが判る。そして、目をこらしてようやく視認できる、右手首につけられた腕飾り。
「そうだったんだ……」
 その写真を見た瞬間、自分でも忘れていた記憶が蘇ってきた。



「はぅぅ、どうしよう、もうすぐだよぅ……」
 舞台の袖で、出番を待ちながら震える少女。練習とは違う、きらびやかな衣装がさらに緊張を煽る。
「まったく、どうしたんだよ。いつもの威勢は」
 と、そんな彼女に声をかける、裏方役の少年。
「うっさいわね! 集中してるんだから話しかけないでよ!」
 そう怒鳴り返す声も、どことなく張りがない。
「あぁ、そうかよ、悪かったよ」
 そう言って、彼はその場を離れようとする。
「ちょっ、ちょっと待ってよ! べっ、別にどっか行けなんて言ってないでしょ!」
「どうしろってんだ……。しょうがないな。ほら。これやるよ」
「え……?」
 少年がポケットから取り出したものを受け取る少女。それは、いくつもの色とりどりの刺繍が編み込まれた腕飾りだった。
「流行ってるんだって。それをつけてれば、どんなこともうまくいくんだってさ」
「あたしに……? いいの?」
 右手首にその腕飾りをつけながら、そっと上目遣いで少年の様子をうかがう。
「ほ、ほら、もう出番だぞ。早く行けよ」
「あ、うん。……あの、ありが」
 少女の言葉は、ひときわ大きなBGMにかき消される。それは、彼女の登場の合図。意を決して、舞台に足を向ける少女。
 定位置に立つ。顔を上げる。大勢の観客。そっと、左手で右手首の感触を確かめる。ついさっきもらった贈り物。もらった勇気。だいじょうぶ、震えは止まった。
 そして、台詞が、自然と口をついて出た。



「どうしたの? みぃちゃん」
 明鐘に声をかけられて、我に返る美紀。思わず照れ笑いを浮かべる。
「あー。えっと……。にゃはは。なんか恥ずかしいな。涼の奴には内緒だからね」
 そう言って、美紀は今さっき思い出した、この写真にまつわるエピソードを明鐘に語る。
「へぇ……。そんなことがあったんだ。あれ? でも、その腕飾りって」
「そうそう、そうなのよ! あたしも後で知ったんだけど、そこがあのバカのやることよねー」
 当時、とあるスポーツの人気によって流行っていたおまじない。しかし実際は、その腕飾りの紐が切れたとき、願いごとが叶うというものだった。
「で、でも、結果的にはうまくいったんでしょ? その学芸会」
「あったりまえでしょ〜、このあたしなんだから。……それに、あれがきっかけで、あたし……」
「え?」
「なーんでもないのっ。ほら、次の写真見ましょ」
 いつもの調子でそう言って、ページをめくる美紀。
「ねぇ、みぃちゃん。ひょっとして、その腕飾り、今も持ってたりする……?」
 と言って、そっと隣の幼なじみの表情をうかがう明鐘。
「そんなわけないでしょ。すぐにボロボロになっちゃって、どっか行っちゃったわよ」
「そう、そうだよね」
 それきり、この話題は出なくなった。

 そう、明鐘に言った言葉に嘘はない。あの腕飾りは、すぐに使えなくなった。机の引き出しに大事にしまってあるなんて、そんなロマンチックなことをする自分でもない。
 それでも。そのときの、右手首につけた腕飾りの感触を確かめる癖は、今もずっと残っていた。ここ一番、大事な勝負ごとの前に必ず行う儀式。
 もっとも、自分でも、その由来はすっかり忘れていた。今日の進級試験の時も、ふと気になった。自分はいつごろから、何故、こんな儀式を始めたのだろう。しかも、それをすれば、どんなこともうまくいくという、絶対の自信を持って。
 目の前に次々と現れる、小学生のころの幼なじみ。自分が共有している思い出もあれば、はじめて知ったものもある。戻らない一瞬を切り取る写真はたしかに貴重なものだ。そのおかげで、忘れていた記憶を取り戻せたのだから。
 でも、形に残る物でなくても、ずっと消えない想いがある。
 記憶は薄れても、信じられる絆がある。
 それがあるから、今の自分は、未来に向かって進むことができる。



 数日後、守屋美紀のもとに、養成所から本科合格を知らせる通知が届いた。それを誰に最初に伝えるか、言うまでもない。
 美紀は自分の携帯端末に手を伸ばした。
(完)
 ちゃっちゃらん♪

次回予告

益田西守歌「えー、今回は、都合により、当初の予定を変更してお送りしております」
水原涼「っておい、その前に言うことがあるだろ! 何だこりゃ! 明鐘と美紀しか出てないじゃないか!」
益田西守歌「あらあら、いいじゃありませんか、涼様はちゃんと回想シーンで出ておりますから」
水原涼「やかましい! 回想シーンは中の人が違うんだよ! ……じゃなくて、こ、こんな恥ずかしい過去を……これは俺じゃない! 誤解だー!!」
守屋美紀「あぁもう、往生際が悪いわね、いいかげん観念しなさいよ」
水原涼「み、美紀、お前は平気なのかよ、こんな話」
守屋美紀「うっさいわね、いい、ここにいるあたしはあたしであってもあたしじゃないの。あんたも同じ。作中のあんたはこんな話一生知らないままなんだからっ」
水原涼「な、なんだと? 作中の俺はこの俺じゃない……? じゃあ、ここはどこで、今いる俺は誰なんだ……!?」
陸奥笑穂「お前ら、こんなとこでウロボロス談義を始めるな……。まあそれはそれとして。あくまで同一の陸奥笑穂という存在として言わせてもらうと、何故私は名前すら一行たりとて出てこないのだ?」
水原涼「…………」
水原明鐘「…………」
守屋美紀「…………あー、えみりん、まあそれは」
芽生百合佳「私もだけどね」
全員「…………」
水原涼「あの……えっと……」
守屋美紀「か、鐘ちゃん、次回の、次回の予告はないの!?」
水原明鐘「そ、それが、どうせいつ更新するか判んないんだから予告なんか無意味だって……」
水原涼「今さらそんなこと言うなー!!」
水原明鐘「で、でもでも、次は絶対、今まであんまり出番のなかった人を活躍させるって」
武笠春希「ふん……。どこまで信用できるか知らんが」
担任「ということは、いよいよ私の出番ね!!」
水原涼「あんたかよ!!」