2006年03月27日(月)
「Φなる・えむいち。」第8話 大晦日! 愛と激突の除夜の鐘
繁華街からジングルベルの音が消えて一週間。年の瀬もいよいよ押し迫り、今日は大晦日である。「長かった……。この一年はホント、長かった……」
コタツで暖まりながら、そうしみじみと呟く水原涼。
「でも、終わってみるとあっという間だったね、兄さん」
そう兄に相槌を打つ、妹の鑑のような少女・水原明鐘。新年には良い鏡餅が作れることであろう。
「その言い方だと、なんか『楽しいことばっかりだった』って言ってるみたいだな」
「え? 兄さんは楽しくなかったの? 西守歌ちゃんのおかげで、すくなくとも退屈はしなかったでしょ」
「だーっ! あいつの名前を出すな! せっかく久々にあいつがいなくて、静かに過ごせてるんだから」
「あ、でも兄さん、今『しずか』って」
「な……!? ち、違う、今のはそういう意味じゃなくて……」
「うふふ、冗談」
そう、ふたりが巷間にのぼらせている少女は今ここにはいない。彼女、水原涼の許嫁にして益田財閥の一人娘、益田西守歌は、父親の元に里帰りしているのだった。
「……ところで西守歌ちゃん、もうすぐ冬休みだけど、実家には帰らなくていいの?」
「ああ、そうですわね明鐘様。お父様は、大晦日には帰ってきて一緒に年越しそばを食べないと承知しないなんて申しておりますけど……。まあ、適当にいなして、元日になったらお祖父様といっしょに、こちらで初詣ででもと思っておりますが」
以上、誰もが忘れてるであろう第7話の回想シーン、終わり。
「西守歌ちゃん、大丈夫かな……。まだ、お父さんとちゃんと和解してないみたいだったけど」
「ふん、どうせなら冬休み中くらいずっとあっちに行ってろっての」
「また兄さん、そんなこと言って」
「……逢えるところにいるんだから、親子一緒にいるのが一番だろ」
「……兄さん……」
逢いたくても逢えないことも、あるのだから。
「え、えーと、もうこんな時間だな。なあ明鐘、紅白歌合戦でも観るか? 今年は、お前の好きな歌手が出るんだろ」
「あ、うん、そうだね兄さん」
と、TVのリモコンを手に取る涼。ほどなく、部屋に賑やかさが戻った。
そうしてしばらく、日本国民の平均的な大晦日を過ごすふたり。
と。
アナウンサーから告げられた、紅組の次の歌い手の名に、耳を疑う兄妹。
そして、TVから曲のイントロが流れてきた。
ちゃっちゃっちゃーららーん♪
(OP略)
「って、西守歌ーーー!!!!?」
TV画面に映し出されたのは、ド派手な衣装を身にまとった、益田西守歌その人であった。
「うそ……西守歌ちゃん……?」
フルコーラスを歌いきり、観客席に一礼した彼女は、マイクを片手に、そのままテレビカメラのほうに歩みを進める。
いつものように満面の笑みをたたえた彼女の顔がアップになり、いつものように手を振る西守歌。そう、まるで画面のこちら側にいる涼たちに向けているかのように。
「涼様ー、明鐘さんー、ご覧になっていらっしゃいますかー? チャンネルはそのまま、すていちゅーん♪」
「な、な……」
反射的に、TVのチャンネルを変える涼。毎年恒例の格闘技マッチを中継している民放チャンネル。が。
「とぉーっ! やぁー!!」
リングの上で相手を組み伏しているのは、やはり先ほどと同じ顔。さすが超高性能の大和撫子、歌も格闘技も両方こなせるらしい。
……などと変なところに感心している場合ではない。
「なんじゃこりゃぁー!!!」
必至になってリモコンをいじる涼。しかし、どの局にチューニングしてみても、映るのは同じ顔。しまいには、放映のない番号にチャンネルを合わせてみる。しかしやはり、砂嵐の中から、見慣れた顔が浮かび上がった。
「な、なんなんだいったい……」
「うふふ。せっかく年に一度の年末なので、ちょっと凝った仕掛けをと思いまして。地上波の電波ジャックをさせていただきましたわ。さすがに衛星放送までは手が回りませんでしたけれど」
「だからどうした! ……っておい! こっちの声も聞こえてるんだろ!! 何考えてんだお前!」
「まあまあ涼様。今日は、是非、涼様に挨拶をしたいとおっしゃる方がおりまして」
「俺に……?」
そう言って、パチンと指を鳴らす西守歌。その背後に、小さくスポットライトが当たる。その中心に姿を見せる、ひとりの男。
「フ……久しぶりだな、水原涼くん」
「あ、あんた……」
涼にとっても見覚えのある顔。そう、以前、黒服たちから手渡されたビデオに映っていたのと同じ顔である。西守歌を連れ戻そうとした張本人、益田誠一郎その人であった。
「西守歌の父親か……」
「先日はどうも失礼をしたね。何、私とて人の親だ、娘の意志を最大限に尊重したい。愛し合う男女をムリヤリ引き裂くようなことは、私もしたくない」
「ちょ、ちょっと待て、だから俺は別に」
「だが」
「?」
「親として当然、子の監督責任も生じる。君が本当に西守歌の婿にふさわしい男かどうか、見極めたい。そこで……」
と、誠一郎は突然、それまでそばで黙って話を聞いていた西守歌の肩を引き寄せる。
「なっ……!?」
「ふわははは! 西守歌はあずかった! 命が惜しければここまで助けに来い!」
「あ〜れ〜、涼様、タスケテー」
棒読み西守歌。
「西守歌ちゃん!? なんてことを! 娘を人質になんて、それでも西守歌ちゃんのお父様ですか!?」
「フフフ、私を誰だと思っている、西守歌の父親だぞ!?」
「なるほど、納得……じゃなくて、それ別の作品のネタだから。というか、あからさまに演技じゃ……」
「何言ってるの兄さん! 今西守歌ちゃんを助けられるのは、私たちだけなんだよ!?」
「いや、だから明鐘……」
「タスケテー」
「タイムリミットは初日の出、場所は東京都杉並区(以下略)!! 首を洗って待っているぞ!」
「いや、それ、やられる方だから……」
「それでは次回の放送をお楽しみに! またみてね!」
「シリーズ物かよ!」
涼のツッコミもむなしく、映像は途切れる。
「はぁ……まったく、大晦日まで厄介なことやりやがって。さ、寝るぞ明鐘」
「え!? 兄さん、そんな、助けに行かないの?」
「あのな……」
そのとき。家の電話が鳴った。
「今度は何だ……あーもしもし」
「ちょっと涼ー!! あんた、なんでいんのよ!」
と、受話器の向こうから甲高い声が響く。
「どわっ、み、美紀か!? 何だよいきなり」
「何だよじゃないわよ! あんたねー、さっさと西守歌ちゃん助けに行きなさいよ!! おおかた、ほっといて寝ようとしてたんでしょ」
「な、なんでわかるんだ」
「まったく、あんたの考えなんてお見通しよ。念のため電話して正解だったわ。ほら、あたしなんかと会話してないで、いいからさっさと行くー!」
「ま、待てよお前、その前になんで事情を知ってるんだ……ってまさか!?」
「何よ今さら。さっきの映像なら、しっかりうちのTVでも映ってたわよ。西守歌ちゃんのことだから、関東一円の電波ジャックでもしたんじゃない?」
「……。あのバカ……」
「バカはあんたよっ! そこまでされといて、西守歌ちゃんの愛に応えてあげられないの!? 男なら、自分を頼ってきた女の子を助けてあげようって気にならない!?」
「だから、明鐘もお前も、どうしてそう勝手に事を進めようと……」
「あーもうわかったわよ、あんた一人で不安だって言うならあたしもついてったげるから。じゃあ駅で待ってて、笑りん連れて今からそっち行くから」
「ちょ……お前な……」
「じゃあねっ!!」
問答無用に通話が切られる。
厄介ごとを起こすのは、なにも西守歌に限ったことではないことを、涼は思い出した。
数十分後。いつも通学に使う北末原駅のプラットホームに、いつもの面子が集まった。
「まったく……毎度毎度、何で私まで」
「まあまあ笑りん、そんなこと言って、冬休み中涼に逢えなくて寂しかったんじゃない?」
「なっ……! 守屋、そういう冗談は」
「にゃはは、ごめんごめん。えーっと、言ってた住所だと、井の頭線に乗り換えて、西永福駅が近いわね。さ、それじゃ西守歌ちゃん救出隊、レッツゴー!!」
「大晦日でも元気な奴……。俺たちは年越しそばも食ってないってのに」
「何よ、じゃあ電車が来るまでそこの立ち食いソバでも食べてなさいよ」
「そんな年越しソバはイヤだ」
などと言い合っているうちに、列車が到着する。それに乗り込み、一路、指定された場所を目指す涼たち。
「夜中だってのに、けっこう人が多いな」
「そうね、近くに八幡宮があるから、初詣に行く人が多いんじゃない? あ、そうだ、西守歌ちゃん助け出したら、そのままみんなで初詣に行かない?」
「お前な、そんなのんきな……」
「あ、いいな。私、着物来てくれば良かった」
「って、明鐘、お前な」
などと言い合っているうちに、列車は目的の駅に停まる。
駅を出てしばらく、参拝客の後をついて歩く。鳥居はくぐらずに、近くにある広い公園へ足を向ける。……と、何やら不自然な人だかりが見えてきた。
「あからさまにイヤな予感がするな……」
と涼が言うやいなや、彼らに向かってスポットライトが浴びせられる。
「うわっ! 何だ!?」
「ふわははは! 待ちかねたぞ水原涼くん!」
どこぞに設置された屋外スピーカから声が響く。声の主はもちろん、年越しコンサートのアイドルなどではない。
声のした方向にもう一筋、スポットライトが伸びる。
「涼様! 本当に助けに来てくださったのですね。私感動でございますわ」
目を潤ませながら叫ぶ西守歌(その手にもやはりマイク)。横には益田誠一郎、その後ろには黒服たちがずらりと並んでいた。
「…………」
「さあお茶の間の皆様、お待たせいたしました! あちらがとらわれの身の王女となった私を救いに来てくださった王子様、水原涼様でございます! 果たして涼様の愛はお父様に打ち勝つことが出来るのか、それではいったんCMです」
「っておい! そのテレビカメラは何だ! まさかさっきの続きで……」
「言ったでございましょう? 『次回の放送をお楽しみに』と。もちろん完全生中継ですわ」
「えっ!? テレビに出られるの? ねっ西守歌ちゃん、あたし一曲歌っていい?」
「アホか美紀、この状況で何言ってんだ」
「えぇどうぞ美紀様、提供背景の間はご自由に」
「わーいやったー、ってそれじゃ声聞こえないじゃない!!」
「はいCM明けまーす」
「お前ら、俺を無視して話を進めるな……」
「3、2、1、はい」
「ふわははは! 待ちかねたぞ水原涼くん!」
「涼様! 本当に助けに来てくださったのですね。私感動でございますわ」
「CM前の展開を巻き戻しするんじゃなーい!!」
「さて涼くん、娘のためにここまで来てくれた勇気は褒めてあげよう。益田家の婿にふさわしい条件は、どんな逆境にもひるむことなき積極性!! さあ今一度問おう、君は西守歌を幸せにすることができると誓うか!」
「……って、な……」
「おぉーっ、言っちゃえ涼、公園の中心で愛を叫ぶのよ!!」
「に、兄さん……」
「って、あのな、こんなみんなが見てる、テレビ中継もされてるとこで……ってそうじゃなくて、そもそも俺は」
「誓えないというのなら、しょせん君の愛はその程度のものだったということだ。西守歌とはもう逢わないでもらう」
「涼様……」
「……うう……」
「何やってんのよ、さっさと言いなさいよ、俺は西守歌といっしょにいたいーって」
「あぁうるさい、外野は黙ってろ! ……ん?」
空から、なにやら轟音が響く。
「その婚約、ちょっと待ったー!!」
「……なっ!!?」
空中からスルスルと縄が降りてきて、陸奥笑穂の体を引き上げる。
「お、お嬢!」
その縄の先をたどっていくと、公園の上に、ヘリコプターがホバリングしていた。
「そうはいかんぞ益田誠一郎! そこの水原くんは私の妹にこそふさわしい男だ!」
「…………」
「……兄上……」
陸奥笑穂の兄、直洋であった。
「やあ諸君お久しぶり! すっかり出オチキャラになっているという声は無視させてもらう!! 水原くん、君が愛を叫ぶべきはこの笑穂だ、そうじゃないかね!?」
「……兄上、実の兄でなかったら、只では……」
と、宙ぶらりんの体勢のまま、拳を握りしめる笑穂。
「んっ!? 何か言ったかい笑穂? ヘリの轟音で聞こえないよ!」
「ふん……ちょこざいな中小企業が、我が益田財閥に敵うと思っているのか!」
「ふっ……なめないでもらいたい! 我がグループの技術力は世界一だ!! 見よ!」
と、直洋の乗るヘリコプターがみるみる変形を始める。
「へ、変形ロボ!?」
「驚くのはまだ早い!」
その直洋の声に合わせ、公園の敷地にある池から、潜水艇が浮上する。中から顔を出したのは、、いつぞやの海兵隊。
「お前たち、まず笑穂を頼む!」
「ラジャー!!」
そのまま潜水艇の真上に移動する(元)ヘリコプター。笑穂を吊っていた縄が下ろされ、海兵たちによって潜水艇に下ろされる。笑穂に向かって、白い歯を見せる海兵たち。対する笑穂は、この上なく不機嫌な顔を向ける。
「さあ、いくぞ!」
その直洋のかけ声とともに、潜水艇もまた、めまぐるしく形を変える。
「おおっ、なんて派手な合体シーケンス……!!」
「ええい黒服ども、ひるむな! 西守歌!」
「ええ、こうなっては仕方ありませんわねお父様。益田家の一員として手を組み、ともに敵を倒しましょう!」
「うむ!」
「あっちが合体変形ロボならこっちも対抗ですわ! さあ黒服さんたち、フォーメーションGです!」
「お、お嬢様、それはまさか」
「そうです! 組体操であちらのロボと同じ背丈になるのです!」
「ふん、そんなものでこのEMIHO一号を倒せると思うか! 中小企業の底力を見せてやる!」
「恥ずかしい名前をつけるな!!」
「…………」
そんなバカ騒ぎを、遠目に見つめる涼たち。
「……まったく、あいつら。大晦日だってのに、いつもとちっとも変わらねえな。もうちょっと静かに新年を迎えようと思わんのか?」
「にゃはは、まあ西守歌ちゃんたちらしいよね。あのぶんじゃ除夜の鐘も聞こえてないんじゃない?」
そう言う美紀の声に、耳を澄ます涼。
「そうか……そういえば、もうそんな時間か。はぁ、最後の最後までさんざんな一年だった」
「で、でも兄さん、いちおう、みんな揃って新年を迎えられたことだし」
「出来るなら、家で迎えたかったがな」
「まあいいじゃん涼。ねえ、せっかくだから、ホントにこれから初詣に行かない?」
「ん……? まあそうだな、あいつらはしばらくあのままだろうし、ほっといて三人で行くか。な明鐘」
「あ、うん!」
「そう言えば美紀、お前といっしょに初詣ってのも、小さい頃以来だな」
「なーに言ってんのよ。あたしは鐘ちゃんといっしょに行きたいだけ。あんたはオマケよ」
「お前な。まったく、どうして俺のまわりの女子は、みんなこうなんだ」
「何よ、不満ならこれから神様にでもお願いしたら? 今年はかわいい妹とふたりっきりで過ごせますようにって」
「あのな……」
とツッコミかけて、涼は美紀の顔を見つめる。
「いや、その願いはなしだ。かわりに別のことを願おう」
「何よ?」
「お前がもうちょっとおしとやかになりますように」
「なんですってー!」
「あはは。さ、いくぞ明鐘」
「あ、待って兄さん」
そうやって、涼たちは近くの八幡宮まで足を向ける。
途中、振り返って公園の様子を眺める。相変わらず、益田家と陸奥家の攻防は続いていた。新年にはおよそ似つかわしくない光景であったけれど。
もうすぐ、初日の出が昇る。
どうせ、今年も騒がしい日々が続くだろうが。
どうか、良い年になりますように。
ちゃっちゃらん♪
次回予告
武笠晴希「さて……今回も我々の出番がなかったわけだが」水原涼「あのーハル兄、コピペコピペ」
芽生百合佳「まあまあハルくん、ちゃんと元旦には初詣に誘おうとしたんだけどね。誰もいなくて」
水原涼「あ、いやそれは、あのあと一日中美紀の奴につき合わされて……ってもしかして百合佳さん怒ってます?」
芽生百合佳「いいのよ涼くん。ただアニメ本編ではあんまり出番がない人がいろいろ出てくるなぁって」
水原涼「…………」
陸奥笑穂「私も、この場を借りてちょっと言いたいことがあるのだが」
守屋美紀「まあまあいいじゃん笑りん。今回なんか悲劇のヒロインだよ? 役得じゃない」
陸奥笑穂「ヘリに吊されるのがヒロインに対する仕打ちか!?」
益田西守歌「ヒロインにピンチはつきものですわ。そこにさっそうと現れるヒーローが助け出してくれる、それこそがヒロインの醍醐味」
武笠晴希「今回、どちらも助けられてないのだがな」
水原明鐘「さあ、次回は! 兄さんたちの目の前に、容赦なく襲いかかる受験という現実! マークシートの上の選択肢に賭ける未来! 次回『Φなる・えむいち。』 第9話、『大目標! 愛と波乱のセンター試験!!(仮)』」
水原涼「って、俺たち受験生だったのか!?」
守屋美紀「気づくの遅すぎ……」
Φなる・えむいち。