2004年03月07日(日)
森博嗣「四季」(講談社)感想
「四季が駆け抜けた百年間について」というタイトルでも良かったかと言ってみる>即却下。
木曜の夜にbk1で注文して、土曜の朝9時に配達されました。早っ!(さすがに分厚いのでメール便でなく宅急便でした)。
やはり「春」からじっくり読みたいと思ったので、二日間かけて読了。その判断は正しかったと思います。
とにかく、素晴らしい。言語化がままならないほど、戯言の介在する余地もなく、至高にして至高。「秋」までで充分以上に想像(期待)を凌駕していたのに、このうえこう展開するとは……。まさに予想外。
手が届かないところにある存在を、それでも眺望できる、視認できるように語るというのは、まさに超絶技巧。森先生にしか書けえない名作だと思いました。
2004年09月06日(月)
土屋賢二×森博嗣「人間は考えるFになる」(講談社)感想
やっと出ました、森先生・土屋教授コラボ本。
うん、これまでにご両人のうちどちらかのエッセイを読まれた(そして面白がれた)方なら文句無しに楽しめると思います。ある意味、森先生の著作の中でもっとも軽佻であり、土屋先生の著作の中でもっとも重厚な本となっております。逆に言うと、どちらの本もまだ読んでない方にはおすすめできません(笑)。
巻末書き下ろしの両人の短編小説にいたっては……。うーむ、いろんな意味でこの方々らしい作品ですね。両者の共通点と、明確な相違点がはっきりと判ること請け合い。
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2004年09月12日(日)
森博嗣「Φは壊れたね」(講談社ノベルス)感想
と、とんでもないな、この小説!
うーん、もう、こんな作品に対してせせこましい意味づけなんかすること自体無意味な気もするのですが、しかしやはり言葉は紡がなければ形にならないわけで。
トリックについて触れる気は毛頭ありませんが、警告しなければ気が済まないので言っておきます。森ミステリィのファンの方でこの作品を未読の方、この先は読まないでください。お願いします。
……さて。
何から書いたら良いものか。
とりあえず、作品のテーマはタイトルがすべてと言っても良いくらい。Φなるは壊れたねあぷろーち>ちょっと言ってみたかっただけです。既に次作のタイトルも「Θ(シータ)は遊んでくれたよ」と発表されていますが、今後このパタンでいくとしたら、どうかな、「Ξ(グザイ)は今日も憂鬱だね」とか「Π(パイ)はおうちに帰ったよ」とかかなぁ(なんだそりゃ>っていうかひとつめのはパロディだ)。しかし、疑義があるのは、今回の事件で「Φ(ファイ)は壊れたね」という言葉そのものが作中に登場したこと。今後同じ趣向が続くのなら、それはすべての事件がつながっていることになりはしまいか。実際、森ミステリィは個々の作品を越えた枠で展開されているので、それもありかな。
……と、読後にそういう思考を経て、読んでる最中にひとつひっかかっていたことがあったのを思い出しました。作中に出てくる加部谷恵美という大学生。この娘、第一声から「えっとぅ、あのぉ、お願いがあるんです。すみません。加部谷は、今とっても反省しています」というセリフで始まり、その後も毎度場をなごませてくれる言動で、はっきりいってめちゃくちゃ萌えキャラ(こう形容することを堪忍してください。それ以外言いようがないんです)。その加部谷さん、どうも西之園萌絵と旧知の様子で、前に何かの作品に出てきたような気がしてならない。
……ということで、作中のとある描写から、S&Mシリーズと通称される、森先生の第一シリーズのある一作を読み返してみました。
ビンゴ!
はい。先に警告したのはこのためです。そしてこれで、インタビューでの「どんな順番で読んでも、まったく問題ありません」という発言の真意が判りました。
以下、念には念を入れて、伏せ字処理。
ということで、読後に改めて、ほんとにとんでもないなぁ、と思った次第。当然、この二作品にはある一点で共通しているのですが、当然のことながらどこにも明示されていないわけで、「順番は関係ない」→「一作だけでは判らない趣向がある」という、なんとも恐ろしい仕掛け。きっと、まだまだ気づいていない仕掛けがたくさんあるんだろうなぁ。
あと、講談社のメールマガジン「ミステリーの館」の訂正の謎(当初「Qシリーズ」と銘打たれていた)というのもだいたい想像がつきましたけど、まあこれはやめときましょう。
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2004年12月28日(火)
森博嗣「工学部・水柿助教授の逡巡」(幻冬舎)感想
最高です。ミステリィ作家・森博嗣の入門書として、これほど不適切な作品は他にないでしょう。幻冬舎文庫「工学部・水柿助教授の日常」[bk1] [amazon]に続くこのシリーズこそ、森先生のもっともコアな部分が抽出されている作品であると思います。
大学工学部の助教授である水柿小次郎が、ひょんなことから(常套句)ミステリィを執筆することになり、一躍人気作家となるまでの過程を描く(と同時に、話が脇道にそれまくる)シリーズ第二作。ここに至って、ますます「水柿君」と森博嗣本人とを同一視させるような描写が頻出しています。同じ幻冬舎から出ている日記シリーズで触れられていた話題と酷似した記述が大量にあるのもきっと故意でしょう。それこそ作中で言及されている通り、伏線もミスディレクションも大量にばらまいて幻惑させることこそがこの方の作風なので、ここまでくると逆にどこまでが事実でどこからがフィクションが判別できなくなってきますが、素直に乗せられるのがいちばん楽しい。
とにかく一読して爆笑するのも良いし、さらに深奥に隠された「ミステリィ」そのものに対する洞察に感じ入るのもも良し。京極夏彦「どすこい。」(感想はここ)とちょうど同じく、表面的な読みやすさとは裏腹な、マニア向け作品。
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2005年05月08日(日)
森博嗣「どきどきフェノメノン」(角川書店)感想
<楽しいことの分析作業は先送りして、北京ダックみたいに太らせるにかぎる。>
みなさん、最近「どきどき」してますか?
かくいう私は、あんまりしてません。ムネがドキドキするよりは、ドキがムネムネするほうが良くって、でもどちらかというとムネムネよりネムネムのほうが好きですね。ネムなら朝倉音夢でも九十九音夢でもどっちでもいいです。
ま、だいたいこんな感じの作品です(本当)。
いやぁもう、素晴らしい。まさに森博嗣全開。めくるページめくるページ、センテンスが面白くてさっぱり先に進まない。これぞめくるめく森博嗣ワールド。
これだけ次から次へと関係ない文章を書き連ねていったら、どんどん脱線して展開が破綻しそうなもんですが、そこは絶妙の操縦具合で方向を見誤らない。さすが森博嗣、欠伸軽便鉄道運営の肩書きは伊達じゃありません。優れた作家は、同時に優れた運転士でもある、という言葉は、まあ今私がでっち上げたんですけど、時節柄貴重です。
そんな感じで鉄道オタクの著者、オタクの描き方は堂に入ったもの。この場合の堂とは那古野市公会堂のことではありません(数奇にして模型)。主人公でドクタコース1年の窪居佳那(眼鏡っ娘)に全速力で萌えていたら、メガネの人形オタク・水谷浩樹が後ろからすごい勢いで追ってきました。ひたひたひた。
や、実際人形オタクの人が後ろから追いかけてきたらけっこうホラーかも。どきどき。ぱっと振り向いたら、「やあ、ぼくプッチャン」みたいな。(この段落は本文の内容とは関係ありません)
2005年05月15日(日)
森博嗣「θは遊んでくれたよ」(講談社ノベルス)感想
「まあ、それだけ信頼されてるってことでしょうか。西之園さんも、後継者を捜しているんじゃないですか」(加部谷恵美)
θは悠久の向こう(流行らせる気0)
いやぁもう、またもやってくれましたね。けっきょく、森博嗣のシリーズ作品はすべてそこに収斂していくのではないかと。こう書いただけでファンの方にはネタばれでしょうかね。や、しかし早くも「彼女」の影がちらつくことになろうとは。あ、彼女って、ラヴちゃんのことではないですよ(確かに再登場してるけどもさ)。
で、今回もまた会話もろもろ、直接は事件の根幹に関わらないと思われるところが面白い。あんまり面白いんで、メインのトリックがほとんどどうでも良くなってしまうと思えるくらい。や、もちろん、本当はどうでも良くなくて、ちゃんと本格ミステリしてるはずなんですが。こういう目の逸らし方はこの人ならではですね。ある意味、プリキュアみたいなもんですか。そういえば、相変わらず加部谷恵美、ひかりちゃん並に萌えるなぁ(黙っとりゃーせこのくそたわけ)。
ところで、今回の帯には「Gシリーズ第2弾」との惹句が(新聞広告も同じ)。あれ〜、「Φは壊れたね」のときに当初メルマガで流れた「Qシリーズ」ってのはどうなったんだ? 探偵役が海月及介だから、と思ったんだけど。Gって誰だろう。加部谷恵美、通称グミでGとか(呼ばれとらんって)。ちなみに次回タイトルは「τになるまで待って」。
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2005年08月02日(火)
森博嗣「迷宮百年の睡魔」(新潮文庫)/スズキユカ・森博嗣「迷宮百年の睡魔」(幻冬舎バーズコミックス)感想
三ヶ月かかって読了……。読むと時間まで非現実的になる小説を私ははじめて読んだ(綿矢りさ解説パロはやめい)。
内容はいつもの通りの森ミステリィ。今回は比較的マジメな方です(おい)。といいつつ、ミチルとロイディの会話とか、随所にエスプリが効かせてあるのも相変わらず楽しめます。
しかしまあ、ネタばれかもしれませんが、この方の作品はけっきょく、「人間はどこまでひとつなの?」というテーマに行き着くんですね。作品自体にもその思考は現れていて、どこまでもどこまでもつながっていく。
ミステリィにしても何にしても、それぞれのシーンでの細かい描写に心血を注ぐ作家と、それよりもまず圧倒的な世界観を提示して、すべての部品はその大枠のために奉仕するために用意する、という作家の二種類がいると思います。森博嗣という作家のタイプはおそらく後者。すなわち、微分じゃなくて積分で小説を書いている。だからこそ、読者も「分かった積もり」になる、ということで……(理系では普遍的なダジャレです)。
で、前作「女王の百年密室」に引き続きスズキユカによるマンガ版も続けて読了。これもまた、単なるコミカライズ(というと意味が変わってくるかな)にとどまらず、なかなか重厚で独特な世界観を築いているので見応えがあります。
あとはまあ、アニメファン的に言えば、人形が出てきたり、ラストは押しかけ女房だったりするところが注目ですかね(その一文が余計)。
小説版:[bk1] [amazon]
マンガ版:[bk1] [amazon]
2005年09月16日(金)
森博嗣「τになるまで待って」(講談社ノベルス)感想
「あ、もしもし、加部谷ですぅ」彼女はアニメの主人公のような声で話を始めた。
なんて一文があるもんだから、加部谷恵美の声に宮崎羽衣をイメージしてしまって困った困った。これぞ清冽な森マジック(えー)。
ああ、なんかこの、(一応)新キャラである加部谷恵美がかわいすぎることばっかりに目がいって、以前のS&Mシリーズの主人公であった西之園萌絵のほうはすっかり所帯じみちゃって犀川先生とよろしくやってるという構図、ほんとD.C.S.S.とおんなじですね。じゃ杉並相当キャラは誰かな(笑)。高い情報収集能力を誇るということを考えると……ダメだ、ネタばれだ。
そして、そんな表層に目くらましされて、本質が容易に見えてこないのも一緒。今回もまた、本格ミステリィとしてはとんでもないことをあっさりやってのけてます。そこに痺れ(略)。何せ、(ひさびさにネタばれ措置発動)ようなもんですからね。笠井潔か。
そういえば、GはGreeceのGらしいです。グラデュエーションじゃないんだ(当たり前だ)。
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2005年10月22日(土)
森博嗣「森博嗣のTOOLBOX」(日経BP社)感想
<これは凄い。素晴らしい。今風にいうと、凄すぎる。素晴らしすぎる。>
「日経パソコン」誌で連載されていた、身の回りの道具や工業製品にまつわるエッセイ。オビがないのはbk1で買ったせい?
これは素晴らしい。小説外での森博嗣の最高傑作といっていいでしょう。元工学部建築学科助教授という肩書き以上に、この方のモノに対する認識が如実に表れている一冊です。まさに私のように、これから技術者を目指そうという人間には必読の書かもしれません。
森先生らしい文章の面白さも健在。上に引用した一節の出てくる「少年たちを虜にした魔法」は、接着剤について書かれたものですが、とくに飛ばしてます。日記も再開されたことですし、小説の中ではないこの方の文章が毎日読めるのは実に嬉しいことです。同様にブログ(みたいなもん)を書いてる私としても、少しでもそれに近づけたらいいなぁという希望的観測。とりあえず来年4月になれば私も名古屋ですから物理的には近づきます(無意味)。
あと、「7は不思議な数字だ」という一編も(既に道具から離れてますが)興味深かったです。デビュー作「すべてがFになる」の頃から書かれている話題ですが。なるほど、ここ最近アニメ界隈でなんちゃらセブンシリーズが横溢してるのも納得(笑)。
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2006年09月09日(土)
森博嗣「カクレカラクリ」(メディアファクトリー)感想
ロケ地:雛見沢。
コカ・コーラ120周年記念コラボとやらで。来週9/13にドラマが放映されるそうで、やっぱり先に読みたいと思って通勤中に読破。
やはり森博嗣らしい、実に映像的な小説。むしろアニメで観たいですよ。舞台は寂れた村、ヒロインは名家の姉妹。村に残された120年の伝説、隠れ絡繰りの謎が、祭りの日に明かされる……。怖ぇ。いつ凄惨な連続殺人が起こるかとハラハラでした。とはいえ、そこはそれ(酉つ九に非ず)、読後感は非常にスカッと爽やか、コカ・コーラ(それが言いたいだけやん)。
やっぱり作中に天才が出てくると面白さが抜群ですね。天才絡繰り師・磯貝機九朗。中村青司ほどはた迷惑でもなく、正木博士ほどエキセントリックでもなく、それでもそこに確実に見受けられる、常人を超越した意志。そういえば、この前電車で隣に座った中学生くらいの娘が「ドグラ・マグラ」読んでて、思わず惚れそうになりました。たぶん挑発的な表紙の角川文庫版だと思うんですが、カバーがかわいかったのがまた(本の感想を書け)。
まあ、そんな感じで、ぜひとも森作品のアニメ化を、ハルフィルムメーカーあたりにお願いしたいところです(限定かよ)。
2007年08月04日(土)
森博嗣「ZOKUDAM」(光文社)感想
「いえいえ、まあ、その世界の普通ってことですけど……」(ケン・十河)
善良なる一般市民に生きる希望と勇気を与えてくれるZシリーズ最新刊。おはようからおやすみまで、くらしを見つめる汎用人型決戦兵器です。苦しくったって荒唐無稽な兵器なの。
相変わらずこの方は、極めて特殊な人物描写が卓越しているというか……。いや、知りませんけど。ロミ・品川に同情するべきか、ケンくんの気持ちになって萌えるべきか、それが問題なのです。まあ、本当に実らぬ恋、なのだと思いますけどね。なにせケンくんだから。
さてさてさて、こうなってくると、もう第3弾は宇宙に行ってもらうしかありませんね。月面基地で、あるいは宇宙ステーションで繰り広げられる、ちゃちでセコい闘い。……いや、「永良野乃は、宇宙パイロットになります!」って言ってもらいたいだけですけど。
2007年11月11日(日)
森博嗣「探偵伯爵と僕」(講談社ノベルス)感想
参りました。
ミステリーランドとして刊行された作品ですが、著者の希望もあってノベルス化。本当は文庫にしたかったみたいですが、それは来年になるとのこと。
これは……実は森博嗣ど真ん中の作品なのではないでしょうか。いや、中心がどこにあるかなんてことは一概には決められないのですが(宇宙原理を採用すれば、そもそも中心は存在しない)。テーマ、トリック、文体、何を書いてもこの方の作品は常に「森博嗣らしさ」を備えていることには変わりないですが、それがもっとも判りやすい形で現れているように思います。
しかし、これもやっぱり、こども向けを装って、その実、かつてこどもだった大人に向けた物語。前の段落と矛盾するようですが、珍しく社会派なこと言ってると思ったら。喜多村英梨主演でアニメ化してください、とか言うとネタバレになるかな(なるか!)。
といいつつ、もしかしてこれが生涯初めて読むミステリになった子は幸せかもなぁと思います。ミステリーランドという企画がけっきょくどうだったのかは判りませんが(っていうか、まだ続いてるの?)、あまねく本は、老若男女問わず、人の価値観、人生観をも変えうる力が、価値があると私は思っています。たとえこどもの時に読んで、完全には理解できなくても、それが漠然と心に残って人格を形成したり、あとになって本当の意味を知ったり。それはもう、実体験に基づいているので、自信を持って言えます。
とりあえず私は、「子供には理解できない」という、こどもをバカにした物言いはしません。逆に、「大人には判らない」と言うことはありますけど。で、そういう自分が、本当に子供の気持ちが判るなんてことも、もちろん思ってはいません(けっきょく何なの?)。
2007年12月04日(火)
森博嗣「少し変わった子あります」(文藝春秋)感想
「子」っていうから12歳未満だと思ったのに(ここにも少し変わった人あります)。
なんて、かたなし君はほっといて。これは予想を裏切られました、いい意味で。相変わらず透き通った世界。たとえるなら、眼鏡の度が合わなくなって、新しく度の強い眼鏡に掛け替えたときの、「世界はこんなにも綺麗だったのか!」という新鮮な驚きというか。そもそも「視力が良い/悪い」という言い方からして、物事を一方的な善悪二元論で判じようとする、いかに硬直した思考かという……(長くなるので割愛)。
それはそれとして、この作品。毎回違った場所で、違った女性と、ただ一緒に食事をするだけという、不思議な店。デビュー当時から登場人物が食事をしないことで有名な森博嗣作品で、こういうテーマが描かれること自体にまず驚きました。いわゆる都市伝説に近いような話。それにしては、もはや意図的と思わざるを得ないくらい、この手のネタにありがちな「怖さ」が希薄なまま物語は進む。そして最終話、仕掛けが読めたと思ったら、またつじつまの合わない描写が出てきてプチ混乱(たぶん、「また少し変わった子あります」のオチが伏線になってる気がしますが)。徹底してアンチにこだわる森博嗣らしいとも言えます。そもそも、文春ノベルスなんてレーベルは存在しないのに、あえて新書判を出すところからして……。それを買う自分も自分です。べっ、別に、西島大介の表紙がかわいかったからってわけじゃないんですからねっ。
2008年01月20日(日)
森博嗣「タカイ×タカイ」(講談社ノベルス)感想

評価: 9点[前回比: ±0](累計: 25/30 平均 8.3)
Xシリーズ三作目。このシリーズ、謎の提示の仕方と解かれ方が、地味だけど面白い(地味って言うなぁ)。いや、これの前のGシリーズがあまりにひねくれてて、謎が解かれたのかどうかすら判らなかったから、よけいそう思うだけかも知れませんけど。
とはいえ、これ一冊だけでは真価が測れないのが例によって森ミステリィ。今まで以上に他のシリーズとクロスオーヴァしていくから「Xシリーズ」と名づけられたのかな、とか思ったりもします。西之園萌絵嬢の落ち着きぶりを見ると、S&MシリーズやVシリーズから幾星霜、ずいぶん長い月日が経ったのだなぁと万感の想いです。とはいえ、「Φ」文庫版で西尾維新が書いてるとおり(っていうか森先生自身が公言してるとおり)、どの順番で読んでも問題はないはずなのですよね。これを初見として、あとからS&Mシリーズを読み進めると、また別の感動が湧き上がるはずで。ただ、どっちにしても前提条件として「最終的には全シリーズを読破する」必要があるということで……。最低でもS&Mシリーズ、Vシリーズ、四季四部作、Gシリーズ、Xシリーズ、あと○○……30冊以上は読まないといけないという、考えてみるとあのね商法以上の戦略です。
まあまあそれはそれとして、今シリーズのメインキャラで言うと、真鍋くんがやけに楽しい。大学の友人の相談に乗るその姿、チアキさま並に素敵探偵。あぁもう、君をぜひ加部谷恵美に逢わせたい。っていうか、今回の話なら、加部谷恵美が出てきてもおかしくはないくらいですが。
2008年01月29日(火)
森博嗣「もえない」(角川書店)感想
僕は、その言葉を発音できるほど大人になっていたのだ。(淵田)
萌え出づる鍵的世界。
圧倒的な幻惑と浮遊。オビには「森ミステリィの異領域」なんて書かれてますけど、どうでしょう、これもある面ではど真ん中の直球ではないかと思います。物語を牽引する一要素である「プレートの謎」に解答(というか解釈)が与えられ、そして珍しくもタイトルの真意まで明かされる最終章。そのテーマは森作品ではおなじみのもので、なんで思い至らなかったのかと不思議なくらい。
封印された記憶をめぐる物語がときとして哀しみを伴うのは、本当は忘れたい、なかったことにしたい過去が明かされるから。雪が降り積もるように、埃が堆積するように、長い時間をかけて人格は作られる。やがて、元の形が判らなくなるくらいに。その外枠は、さながら「ベールのようなもの」。その覆いをはがして、元々の形をたしかめる行為が、すなわち「unveil」、解明するということ。それが本格ミステリにおけるカタルシスの源泉ともなる一方で、切なさ(刹那さ)をも生む。ノスタルジィともまた違う、見事な少年小説でした。そして存分に萌えました。
2008年03月07日(金)
森博嗣「ナ・バ・テア」(中央公論新社)感想
「スカイ・クロラ」映画も8月2日からの公開が決まったということで、それまでにシリーズを読んでおこうという5ヶ月計画発動なのです。春機発動期。
そんな永遠の春機発動期を生きる存在、キルドレ。供とするのは発動機ならぬ飛行機。それは「風人物語」よりも高く儚く、「true tears」よりも切なく刹那く。そういえば「風人物語」って押井守監修でしたね。草薙水素が名塚佳織という可能性は……うぅむ、どおでしょう。押井監督のことだから、絶望した! というキャスティングにはならないと思いますが。
まあまあそれはそれとして。これこそ王道にして本道の森博嗣。全編が引用したくなる台詞であふれている、それでもけっして饒舌ではない静謐な空間。美しいとか醜いとか、そんな形容詞も必要ないそれは世界。相変わらず抽象的な感想ばっかりですが……。この作品はとくに、具体的な内容に触れるのが怖い。具象化した瞬間に、違うものに変化してしまうようで。もちろん、こういう文章でも本質をつかまえられているとは到底思えないのですが。つかまえられないのなら、せめて空へと飛ばしたい。それは通称スクイズのOPのように。






