D.C.m.1D.C.m.1〜ダ・カーポ も・いっちょ〜

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 2005年8月7日(日)

「D.C.m.1」 大垂涎! 愛と友情の鍋弁当

 それは、初音島に緑のリボンの少女が現れる、少し前のこと。
 今日も昼休み、風見学園本校の屋上に集う生徒たち。その中心にいるのが、朝倉純一である。
「さっ朝倉ー、今日も特製お弁当、たーんと召し上がれー」
 そう言って、小さな鍋型の弁当箱のふたを開けるのは、この中ではもっとも古くからのつきあいのある友人のひとり、水越眞子。
「ああ、いつも悪いな、眞子」
「なぁに、なんということはない。それよりも毎度毒味役という、死と隣り合わせの大役を担っている朝倉、お前のほうこそ、労をねぎらわれるに値する」
「なにをワケわかんないこと言ってんのよっ!」
 と、眞子のパンチをひらりとかわす杉並。
「まったく、いつもいつも……」
「大丈夫だよ眞子、ちゃんと上達してるって」
「朝倉……」
「約束、だからな。俺とお前の」
「……うん」
 そう言って、空を見上げる二人。

 それは数ヶ月前。初音島にふたたび桜が咲き誇ったときのこと。しかし、その桜はもはや、「一年中咲き誇る」という特別なものではない。巡る季節、春の訪 れとともに花を咲かせる、ごくごく当たり前の桜だった。それでも、その懐かしい桜の花は、朝倉純一に、「二年前のこと」を思い出させるに充分な存在であっ た。
 多くの生徒たちが、校門前で桜を眺めている中、朝倉は一人うつむいて地面を見つめる。
「朝倉くん〜?」
 と、声をかけられ、朝倉は顔を上げる。そこには、たった今卒業式を終えたばかりの、見知った先輩の顔があった。
「萌先輩。卒業おめでとうございます。これからは、先輩にもなかなか逢えなくなると思うと寂しいですね」
「ありがとうございます〜、朝倉くん〜。でも、島の外に行くわけじゃないし、またいつでも逢えますよ〜」
「そう、ですね……」
「それにしても〜、月日の経つのは早いですね〜。朝倉くんとはじめて逢ってから、もう二年にもなるなんて信じられません〜」
「……俺には、あれだけ毎日遅刻していて、ちゃんと卒業できたほうが信じられないんですが」
「? なにか言いました〜?」
「あ、いえ」
「ちょっと朝倉、何失礼なこと言ってんのよっ」と、朝倉の背中を叩く眞子。「お姉ちゃん、卒業おめでと」
「ありがとう〜、眞子ちゃん〜。準備のほうはどうですか〜?」
「うん、もうバッチリ」
「準備って?」
「決まってるじゃない、鍋よ鍋。お姉ちゃんの卒業祝い鍋パーティ」
「……って、やっぱり鍋ですか」
「もちろん〜、昔から水越家では、お祝い事がある日は鍋と決まって〜」
「……まあ、おめでたい日だから、ツッコまないでおきますが」
「朝倉も来るでしょ? ほら、二年前のあたしたちの卒業のときには、いろいろあって、けっきょくちゃんとしたお祝いができなかったし」
「……そうだな。で、どこでやるんだ? お前の家か?」
「何言ってんのよ、卒業祝いなんだから、あそこしかないでしょ」
 と言って眞子は、指を天に向ける。
「くもの上……じゃなくって……えぇえ〜!? や、やっぱりか……」
「そ、屋上よ屋上」

 屋上への階段を上る水越姉妹たち。と、その扉を開けた三人の目に飛び込んできたのは、およそ屋上という場にふさわしくないネオンサイン、発光ダイオードで彩られた「卒業おめでとう」の祝い文句だった。
「のわっ、な、なんだこのきらびやかな装飾は」
「ふはははは! ようやく本日の主賓のお出ましだ!」
「ちょっと杉並!! あんた、なんでここにいんのよ!」
「ふっ、愚問だな。式典が終わるやいなや、卒業生を出迎えに校門に向かう生徒たちとは逆方向へと一目散に駆けていったお前の行動を見れば、この結論は火を見るより明らか! どうだ、お前の姉のハレの日にふさわしいデコレーションを施してやったぞ」
「だーれも頼んでないっ! 勝手なことするな!!」
「まあまあ、ありがとうございます〜、わたしのために〜」
「って、お姉ちゃん……。まあいいわ、さっさとはじめましょ」
 そう言って、鍋の前に腰を下ろす眞子。手際よく鍋に火をつけ、カバンから重箱を取り出す。
「ま、眞子……そ、それはもしかして」
「もちろん赤飯よ赤飯。前にも言ったでしょ、こういうめでたい日には赤飯鍋って決まってるって」
「今日のお赤飯は眞子ちゃん特製ですから、楽しみです〜」
「さーて、それじゃ、そろそろ……」
 どさっ。
「ふわははは! 鍋には野菜をたっぷり!」
「ちょっとー!! 何勝手に具材追加してんのよー!」
「何を言うか、赤飯と緑黄色野菜の色彩バランスが絶妙のハーモニーを」
「どこがハーモニーよ! 野菜入れすぎ! あーっ、火が消えちゃう!」
「なぁ〜に心配ない、こんなこともあろうかと、某島の外からかっぱらってきた、軍の特殊部隊で使用している強化固形燃料を」
 かちっ。
 どかーん。
「こーらー! なにやってくれてんのよー!!」
「ふふふ、一句浮かんだぞ。人生の、門出を祝う、鍋花火」
「んなこと言ってる場合かー!」
 と、騒ぎを聞きつけ、教師たちが屋上へとやってくる。
「ななな、なんだいまの爆発は……。お、おい! お前ら何をやってるー!」
「ま、まずい……」
「あらあら〜、にぎやかになりましたね〜」

 時制はいったん、「今」に戻る。
「あのときは大変だったな。萌先輩の卒業といっしょに、俺たちも退学になるかと思ったよ」
「まったく、あのバカのおかげで」
「ははは……」
「……でも、その後よね。あんたにとって本当に大変だったのは」
「……ああ」
 朝倉の意識は、ふたたび過去へと向かう。

 カレンダーの中の風景が変わるとともに、初音島からもまた、桜色の季節が過ぎ去る。ごく当たり前のように。学園前の並木道は、緑色に染められて。
 その中をひとり歩く朝倉純一。言うまでもなく、遅刻であった。
「はぁ……新学期そうそう、これか」
 彼の耳にはもう、先導してくれる鈴の音も、マイペースな木琴の音も聞こえない。
 だが。
「あっ、朝倉!」
 突然、後ろから声をかけられて、驚いて振り向く朝倉。
「なっ、眞子」
「あんた、こんな時間に、なにとろとろ歩いてんのよ! 遅刻するわよ!」
「お前こそ、どうしたんだこんなに遅く、珍しいな」
「あっ、あたしはちょっと……支度に時間がかかって……そんなことよりさっさと行くわよ!」
 そう言って眞子は、朝倉を追い抜いて先に行ってしまう。
「なんだあいつ……」

 そして、昼休み。チャイムの音とともに、購買へ向かう朝倉。毎年この時期は、まだ購買の死闘に慣れていない新入生を押しのけ、上級生が圧倒的に有利である。無事海鮮焼きそばパンをゲットした彼の足は、自然に屋上へと向かう。
 屋上で、初音島の遠景を眺めながら、焼きそばパンに口をつける朝倉。
 と。扉が開かれ、ひとりの少女が姿を現す。
「おっ、眞子。なんだ、萌先輩が卒業しても、やっぱり昼は屋上で鍋なのか」
「……違うわよ。先生にも怒られたし、鍋はお姉ちゃんがいないと、あたしだけじゃおいしくできないから。だから……」
 そう言って彼女は、手提げ袋を広げる。
「……って、やっぱり鍋じゃないか。なんかちっちゃいけど」
「ううん、これは……お弁当」
 と、蓋を開けて中身を見せる眞子。
「な、なんだそりゃ……って、なんでふたつあるんだ?」
「そ、それはその……ちょっと分量を間違えて作り過ぎちゃって、だから、もしよかったら……」
 と、朝倉のほうをちらっと見る眞子。
「……え? 俺に?」
「……別に、その、海鮮焼きそばパンのほうがいいって言うんだったら、無理にとは言わないけど」
 と、朝倉の手元に目線を落とす。
「……いや、ありがたくいただくよ。……うん、けっこう美味いな」
「そ、そう!?」
「ああ。もしかして今朝遅刻したのって、これを造ってたせいか?」
「う、うん……お姉ちゃんに手伝ってもらいながらだけど……。でも、そろそろあたしも自分のことは自分でできるようにしようかなって……。それで朝倉、もしよかったらだけど、その、ときどきこうやって、お弁当を味見してくれると、上達も早いかなって、思うんだけど……」
「ん? まあ、俺は構わないけど。食費も助かるし」
「ホント? ……約束、してくれる?」
「ああ、約束するよ」
「……ありがと」
「いや、俺のほうこそ、ありがとな、眞子」
「朝倉……」
「ふふふふ、ならばその余った海鮮焼きそばパンは俺が頂くとしよう!」
「のわっ、杉並!」
「あんた、毎回どっから沸いてくんのよ!」
「ふははは、朝倉、相手のことを思うなら、欠点も遠慮無く指摘したほうがいいぞ! 料理の基本はさしすせそ!」
「あんたは黙ってなさーい!」

 そして、その日から、昼休みの屋上で、朝倉純一が水越眞子に鍋弁当を渡される光景が見られるようになった。
 そのうち、屋上に集まる人数は増えたけれど。
 それでも、眞子の役割は変わらない。
 朝倉純一のサポート部隊、No.1。
 アイシアという少女が現れる、少し前の物語。

(終) 
投稿者 plateau : 00:00[D.C.S.S.]