2008年08月01日(金)

田中ロミオ「AURA 〜魔竜院光牙最後の闘い〜」(小学館ガガガ文庫)感想

 「人類は衰退しました」の田中ロミオ作品。黒い黒いと評判のようせいさんたちですが、本作品はそれどころではありませんでした。あっちが黒なら、こっちは漆黒です。闇黒です。
 平穏にして平凡なる高校生活に忍び寄る妄想の魔手。主人公の名前が佐藤くんということで滝本竜彦「NHKにようこそ!」を思い出すのは、きっと偶然ではない(この世に偶然などない)。現世に満ちる陰謀の根源「日本ひきこもり協会」のかわりに、この作品で槍玉に挙げられるのは、ライトノベル的「魔女」「勇者」「伝説」。当該電撃作品群にケンカを売るようなソラシド沙汰。物語の「お約束」をひっくり返し、「現実にいたら妄想癖の痛い奴」というメタレベルまで登場人物たちの意識を引き上げてしまう。あぁもう、なんてことをするんだ!(いい意味で) 東浩紀の言うメタリアル・フィクションはついにここまできました。ライトノベルの皮をかぶって、こんなとんでもないものを出版してしまう小学館に希望した!
 恐ろしいのは、オビのアオリでも著者あとがきでも、これを「学園ラブコメ」と喧伝していること。間違ってはいませんが、正確でもない。正三角形を二等辺三角形というような強弁。うん、まあ、これが学園ラブコメなら、「かってに改蔵」も学園ラブコメですね(絶望した!)。

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2008年08月02日(土)

藤崎竜作品集 2「サクラテツ対話篇」(集英社文庫コミック版)感想

 2002年に週刊少年ジャンプに連載された作品の文庫化。作品集1に収録された「PSYCHO+」にしろ、連載時は10週ちょっとで打ち切られてしまったわけですが、そのおかげで今こうして一冊の文庫として収まることに。
 個人的な思い入れとしてはフジリュー作品でも随一。これの連載が終わったことでジャンプを読まなくなってしまいましたし。この作品のヒロインであり主人公の幼なじみの富良兎(フラト)って娘がすごく好きで、自分のハンドルの元ネタに……ってこれ前に言いましたね。105ページでいちどだけめがねっこになってます。
 主人公・桜テツの住む土地を狙って、毎回未来人だの宇宙人だの侵略者がやってくるスラップスティックコメディ、という様相が一変する終盤。「漫画と現実の間」を超えて、読者が作品世界に介入したり、あげく「漫画神」なる存在が現れ、メタレベルでの最終回を迎える。打ち切りが決まったから自棄になった……わけではおそらく無い。それはキャラ命名ルールからも判るように哲学をテーマにした作品で、「桜テツとは何者なのか?」という命題を富良兎がずっと追いかけているというエピソードからもうかがえます。漫画における「主人公」という存在の絶対性。それが、現実と漫画(をはじめとする虚構)の最大の違いかもしれません。主人公がいるからこそ、漫画は漫画たり得る。
 そして、この公理が、「作者の不在」という結論を導き出す。この作品での漫画の定義によると、漫画は主人公の誕生によって生み出されるものであり、そこに「作者」の介在する余地はありません(「編集者」に対応する存在は「漫画の妖精」としてちゃんと描かれているのが示唆的)。その割に、作中に登場する漫画には「新藤崎竜」なる作者名が登場していたりしますが、これは「封神演義」でも中盤にあったメタなお話「国立アンニュイ学園」でも使われていたので、判る人には判る、さらにメタなレベルで仕掛けられたネタ。
 ともかく、このように作者の存在を消し去ることの狙いは何か? それはおそらく、漫画世界と現実の読者が直結すること。面白い漫画に熱中しているとき、「誰が作ったか」なんてことを意識する必要はない。通俗的な意味でなく、「現実と虚構の区別がつかない」状態。それは「DRAMATIC IRONY」にも通じるし、のちの連載「WaqWaq」にもつながっていく、大いなるテーマ。
 ……という感じで、「作者の不在」なんて仕掛けを施すことで、逆に藤崎竜という特異な作家性を強烈に意識することになる、これもまたアイロニックな話です。あ、だから「テツ」なのか(ホントか?)。

2008年08月03日(日)

森博嗣原作・押井守監督「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」感想

 観てきました。期待以上の映画でした。あまり人に明示的に作品を薦めることはしないのですが、これはもう、ぜひとも映画館で観るべきだ、と言いたい。
 京極夏彦が指摘しているとおり、あくまでも森博嗣原作に忠実な世界なのに、どこまでも押井守ワールド。原作の一人称で語られる自意識のかわりに本作が手にしたのは、圧倒的な飛行機による戦闘の質感。地上のシーンが、わりと原作を読んで想像したイメージ通りなのに対し、空のシーンはまったく想像を超える映像が繰り広げられていました。負けたというなら、自分の小説読みの能力が負けた、みたいな。散香のプロペラが地上に降りてきて、ピタッと止まるシーンが非常に印象的。
 ラストの変更についてはむしろ、この手があったかという好印象。完全なネタばれを避けるために、ぼかして書きますが……。原作が全5巻で、例によって煙に巻くような(レシプロなのに)構成だったのを、ストレートにまとめてきました。それでも何も変わらない、終わらない物語。あの函南の決断で、もし何かが変わってしまったら、それはセカイ系になる。セカイ系が悪いわけではないけど、この作品で描くべきものではない。変わらないからこそ、この120分強の物語に意味があるのだと、そう思います。
 以下はキャラクタについて。今回、メインキャストの声を俳優が務めてますが、当然ながら、これはキルドレという存在の異化効果のために使われてます。ある意味「特別」な彼ら彼女らの周囲を、笹倉@榊原良子をはじめとした、押井監督御用達声優陣が固める。これが地上の物語に大きな安定感を与えています。ちなみに、このササクラ女性化というのが、最大にして最高の原作改変。男性のままだったら千葉繁になるところでしょうが、千葉繁なキャラでもないよなぁという感じなので、これはやはりヒツゼンなのでしょう。それからクスミ@兵藤まこが素晴らしい。この声が聴けただけで本作に投資する価値はあるといっていいでしょう。
 めがねっこな草薙水素@菊地凜子について語るのはありきたりなので、ここで取り上げたいのは草薙瑞季@山口愛。子役声優はいつでも良いものです……はおいといて。原作に比して彼女の出番が大幅に増えていることから判るように、この作品を象徴する存在。森博嗣のデビュー作「すべてがFになる」などに登場する天才科学者・真賀田四季と「季」の字がかぶってるのも偶然とは思えない。永遠の子供・キルドレの物語において、唯一本当の子供として登場する瑞季。果たして彼女は、この世界の呪縛から自由な存在であるのか、それとも。
 最後に、原作由来のキャラクタでありつつ、いかにも押井作品っぽい存在「老人」について。パンフレットにもそのまんま old man とか書かれていて笑ったのですが。いろいろ裏設定がありそうな感じで、いつ押井的長広舌を披露してくれるのかと思って観ていたら、なんと最後まで台詞がなくて驚き。これが、庵野秀明(の友人)が言うところの、押井さんが大人になったということなのか……。少年少女のお話を書いて大人になったというのもどうなのよと思いつつ、このバランス感覚こそが、映画「スカイ・クロラ」を成り立たせているのかもしれません。

2008年08月09日(土)

竹宮ゆゆこ「とらドラ8!」(アスキー・メディアワークス電撃文庫)感想

 絶望した! あまりに予定調和な逢坂大河キャスティングに絶望した!
 まあまあそれはそれとして。唐突に、あみちゃんかわいいですねっ、とかも言いません(言うてる言うてる)。アニメの話題には触らぬ、ということで。本編は……これは……すごいなぁ。前巻から引き続き暗黒面全開、さながら曳かれ者の小唄。惹かれ、轢かれるお年頃。ゆりちゃん先生(30)の苦悩が目に浮かぶ。大河さんの罵倒に素直に萌えられていたあの頃が懐かしい。
 みのりんの「ずっとこのままでいられたらいいのに」というのは、かなえられないこその願い。みんなみんな、いろんなことを知ってしまって、知らなかった頃には戻れない。読者としても、この先に進むのが怖くもありつつ、それでも幸せな結末を願わずにはいられません。たかったんの明日はどっちだ。

石崎幸二「復讐者の棺」(講談社ノベルス)感想

 鮮やかに復活、ミリア&ユリシリーズ。なつかしいなぁ、6年ぶりですよ。っていうか、この本の発売を知った先月から、シリーズ既刊を読み直して待ってたのですけどね。装丁の辰巳四郎さんが亡くなられてしまわれたので、ライトでノベルなイラスト表紙になっていたらどうしようと思ってたのは秘密です。
 しかし、変わらない奇妙な味はそのまま。女子高生コンビ・ミリアとユリは相変わらずどっちがしゃべってるのか区別がつかないし、独身サラリーマン石崎幸二とのダジャレ漫才も健在。この 90% 本筋に関係ない会話が楽しいというのは、何気に「化物語」の先駆けとなるシリーズかもしれないと思うのですよ。西尾維新より先に、森博嗣の影響を強く受けたメフィスト賞作家ということで、もっと評価されてしかるべきなのではないでしょうか(誰に言ってるの?)。それでいて、残りの 10% がちゃんと伏線になっているという本格ミステリィ魂。しっかし、東京創元の「首鳴き鬼の島」もそうだけど、ホントに孤島ものが好きですね石崎さん!(作者のほうね) 女子高生と孤島をこよなく愛する男……というのは誤解を招きそうなので、Dr.コトーとよびますか。いやいや、理学部卒業ということだから博士号は取ってなさそうだから……ってこれも「化物語」を読んでない人には誤解を招きそうなので自粛。
 ということで、願わくは、今後も本シリーズを続けていってほしいところです。っていうか文庫化文庫化。

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2008年08月14日(木)

紅玉いづき「ミミズクと夜の王」(アスキー・メディアワークス電撃文庫)感想

 第13回電撃小説大賞受賞作……よりも、有川浩の推薦文が気になったオビでして。あのー、「泣いた」とか言われると読みたく/観たくなくなる人間も世の中にはいるものだと思いますが(自分です)。っていうか、逆に、有川浩は自作が「泣ける」という売り文句をされても良いタイプの作家なのですね。……まあ、何にせよ、本が多くの人に読まれることは僥倖だと思いますし、私みたいな人間はどっちにしろ読むわけですから、とくに異論はありません。
 しかし内容は、むしろ童話です。童話迷宮です(それは違う)。寓話と言い換えてもいい。電撃だと「キノの旅」が似たようなことをやってたように思いますが、さらに先鋭化されてて、もはやライトノベル的なものを外れているような気もします。それはつまり、キャラクタ小説の範疇から外れている、という意味で。本文中にイラストがないのも、それを意識してのことだと思います。なにしろ、メインキャラがミミズクとフクロウなので、キャラクタ小説になりえない(この名称はあくまで隠喩的なものですが)。彼ら・彼女らの姿をイラストで具現化するよりも、読み手各人の想像力に任せるべき作品だと、そう判断されたのかもしれません。
 とはいえ、ライトノベルの定義は基本的にレーベルに依るもの。これが電撃大賞を受賞した作品であるからこそ、こういう作品が今の電撃(といっても出版は一年以上前ですが)に求められているということかもしれません。ファンタジーというのとはまた違う異世界感。残酷さと優しさを併せ持った世界。そんな雰囲気を感じさせる作品、そんな物語を描ける作家は、とても貴重だから。

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2008年08月16日(土)

西尾維新「クビツリハイスクール 戯言遣いの弟子」(講談社文庫)感想

「師匠、ここは姫ちゃんに騙されたと思って諦めてください!」(紫木一姫)
「それじゃただ騙されてるだけだよ……」(戯言遣い)

 天下無敵戯言シリーズ文庫化第三弾。講談社文庫夏の恒例ミステリーズには入ってますが、このあたりからだんだん、ミステリ的な形が、あるいはいろんなものが壊れてきた感じです。壊れて、そして再構築されたものが、真に西尾維新らしい新世界。まさにリサイクル。
 そういえば、文庫化に際して本編が修正されてないっぽいという話、推測するまでもなく「IN☆POCKET」2008・4月号のインタビューで明言されてました(ファウストVol.7でも言ってましたが)。西尾さんの文章は可能な限り蒐集したいと言っときながら、先月ようやく気づくとは、正しく戯言です。こういうときバックナンバがすぐ手に入る、ネットのほうのアマゾンは便利ですね。ということで、今巻も誤植なのか故意なのかさっぱり判らない西尾文体はそのままです。あ、「闇突」には最初からルビが振られてますが。
 そんなわけで、文庫化のメインの楽しみといえば、姫ちゃんこと紫木一姫と、策士・萩原子荻ちゃんの新規描き下ろしイラストなのですよ。女装化いーちゃんではないので注意が必要ですですよ。しかも、あの四人がひそやかにイラスト化されてますよ。次巻あたり、形梨らぶみさんがこっそりイラスト化されていてもおかしくないですよ。
 ということで、刊行時は「密室本」企画に乗じてシリーズ最薄の本作ですが、シリーズを通してもきわめて重要な以上の三人が初登場する記念すべき回。それが、ミステリを捨てるかわりに本作が得た萌え要素……という観測はあまりに短絡した思考回路、ショート寸前いやもうしてる、ショートカットのおんなのこは好きですか? むしろツインテールやロングテールの娘のほうが。長いものには巻かれたい、あの綺麗な髪で僕をクビシメロマンチスト、とか言いだしたら危険です気をつけましょう。
 えっと、なんだったっけ……。萩原子荻ちゃんがかわいいという話をしようと思ったのに。作者の過剰な愛情を受け、今後も本シリーズや「人間」シリーズで活躍する彼女。彼女と同じくらい神の寵愛を受けたキャラといえば、おそらく「化物語」の八九寺真宵ちゃんくらいまで出てきていないのではないでしょうか。何度読み返しても、177ページあたりの描写はほほえましい。今回、何故か唐突に沢城みゆき嬢がイメージされたりしましたけど……。
 あんまりこういうことばかり書いていると、戯言シリーズがただのキャラ萌え小説だと思われてしまいそうなので(その理解は十全に正しいですが)、作品構造について少しだけ。このお話は、「クビシメロマンチスト」の発展であり、破壊であると捉えます。「真犯人」の正体に気づかない理由は似通いつつも、その着地点は大きく異なる。何故、あの人は許されず、本作のあの人は許されたのか。本格ミステリ的コードを遵守するかぎり、犯人は許されることはない。それが、物語が別のステージに移行することで、事件の「犯人」という存在の意味合いが変わってしまう。だからこれは、シリーズ前期クビ三部作(なんて言い方を他の人もしてるか知りませんが)の締めでありつつ、転調のきっかけとなる作品だったのではないかと思います。

2008年08月17日(日)

「ファウスト」Vol.7(講談社MOOK)感想

 やー……なんだか久しぶりな気がしますよ。例によって本を分厚くすればいいってものでは……とか言っても無駄なので言いません。夏休みの読書に最適ですね!
 今回もっとも注目すべきは筒井康隆×いとうのいぢの「ビアンカ・オーバースタディ」でしょう。筒井康隆がライトノベルに挑戦、というふれこみでしたが、「時をかける少女」も最初はジュブナイルとして出版されたような……。しかし、読んでみればいつものツツーイでした。筒井康隆といえば、ときかけよりも「心狸学・社怪学」であり「ウィークエンド・シャッフル」であり……もういいですか。あの名作群を西又葵イラストで復刊するのはどうですか角川文庫。本作も、ジャンルなどというものにとらわれないツツーイ小説の面目躍如、早くノベルスでもBOXででもいいので完結して出してください。
 中国特集。言わんとすることは判らないでもないですが、対談を多く載せるよりも、実際に小説そのものを掲載するほうが伝わるところが多いかと。少なくとも、今回掲載された郭敬明という人の作品は面白かった。あとのほうに載ってる錦メガネ「コンバージョン・ブルー」にも通じるテーマで、日本のこういう小説も中国のそれも、案外メンタリティが似たものとして、相互に読めるのかな、と思います。
 西尾維新「新本格魔法少女りすか」。このシリーズは毎回、新作が出る頃には前の話を忘れているというのが最大の問題なの。第一話が発表された頃には、某リリカルなのもおもちゃ箱の中にしか存在しなかった時代……はふぅ。今回はやたらストレートに「魔法少女」の魔法少女たる所以に斬り込んでいて驚き。西尾さん、「傷物語」あたりから、ちょっと作風が変わったのでしょうか。

2008年08月18日(月)

「図書館戦争」(東海テレビ)感想

 これは……困ったなぁ。何と言っていいのか。
 ラブコメだという評判を聞いたから、まだ観れるかなぁと思ったのですが。本格ミステリと見せかけてラブコメしてたり、受験もののように見えてラブコメだったり、そういうの嫌いじゃないので。しかし、久米田康治かと思ったら社会派だった、というのは、なんとも口惜しい結末。絶望した! ×××××に絶望した!(検閲反対)
 どうも、この手のテーマは弱くて、ひとこと「合わなかった」というのが正直な気持ちです。個人的な考えとして、こういう状況はありえないだろう……とも思わなくもないですが、そこはそれ、物語において世界観というものは、その作品固有のテーマを語るための文字通り舞台装置なので、どういう形であろうと否定はしません。理解はできなくても、それはそれで良いのです。ただ、ひとつ気になるのは、原作が小説という形だから、本というメディアが象徴的な(逆説的な意味で特権的な)ものでありえただろう、ということ。それをアニメという形で再構成したものを観ているから引っかかりをおぼえるだけで、原作を読めばもっとすんなり入っていけるのかも、という気もします。まあ、またいずれ。
 とりあえず、唯一わだかまりなく言えること。柴崎@沢城みゆきだけは、全力で応援したい気持ちになりました。

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2008年08月19日(火)

米澤穂信「春期限定いちごタルト事件」(創元推理文庫)感想

「『当然ナントカだ』と言うとき、それは大抵当然ではない」(小鳩常悟朗)

 小市民シリーズ第一弾。タイトルからして、あま〜い青春ミステリかと思ったら、意外なビタースウィート。作中に明示される謎解きの妙もさることながら、物語自体に隠された仕掛けが見事。
 っていうか、もう、小佐内さんがおさなくてかわいいですね! とだけ言って終わってもいいくらいなのですが。第一印象から好きになれたのですが、最後に「真相」が明かされる段になって、ますます魅力的に思えてきました。何でしょう、この破滅に至る病。
 まあそれはおいといて、ミステリ的な側面から話しましょうか。この作品で重要なのは、日常の謎とかそんなレベルではなくて、「事件の解決」を忌避する探偵役という性格づけ。北村薫をして、作中人物に「名探偵とは存在であり意志である」と言わしめた「冬のオペラ」に通じる苦悩がここにある。メルカトル鮎の登場(そして退場)以降、探偵というものが純粋に超然とした存在ではいられないというのが、この界隈にかけられた呪いのようなもの。そして、他の作品群からも判るように、米澤穂信という作家は、こういう「ミステリの業」に対して非常に自覚的。そして、それでいてけっしてそこから逃げない。この作品でも、「小市民」であろうとしつつ、けっきょく謎解きをしてしまう小鳩くんという人物を、高校生的な自意識とか何やかやを交えつつ、鮮やかに描き出しています。
 そして、そんな小鳩くんをワトソン的に支えるでもなく、対立するでもなく、「互恵関係」と称して側にいる小佐内さんという存在もまた、ミステリにおける新しいパートナ像であると高く評価できるでしょう。つまるところ、小佐内さんかわいいですね! というのに尽きるわけで。

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2008年08月23日(土)

筒井康隆「ヘル」(文春文庫)感想

 ここは夢か現か、現世か地獄か。「うつし世はゆめ、夜の夢こそまこと」とは江戸川乱歩の名言ですが、現世を夢と混淆させ、狂気の世界を作り上げてしまうのが天才・筒井康隆。これも2003年の作品ですが、70歳近くになってここまでの実験を続けられるというのは感嘆するほかありません。
 「ダンシング・ヴァニティ」にもつながる反復言語。七五調の文章が読書速度を加速させ、狂乱のるつぼへと読者を吸い込んでいく。長編でありながら、時空自在な個々のエピソードの切れ味は往年のショートショートに匹敵する鋭さ。トロッコの少年とか、エレベータの666とかいったシーンが脳裏に焼き付いて離れません。

2008年08月24日(日)

「DEATH NOTE」R2 Lを継ぐ者(中京テレビ)感想

 ですの再び。リライト2で「R2」って、コードギアスに挑戦するようなタイトルはわざとですか。それにしても「DEATH NOTE」も息の長い商品です。もう今度は西尾維新ノベライズ「ロサンゼルスBB連続殺人事件」でもアニメ化してください(いやぁ、無理無理)。
 とはいえ今回は、新たな結末が描かれた昨年の「リライト」と比べて、単にシリーズ後半の再構成という感じだったのが残念。ミサミサの鎮魂歌が聴けなかったのも惜しい。あ、でも、本放映時は気にくわないという理由で見逃していたけど、メロの登場意義がようやくちゃんと判りました。あなたもパズルの一ピースだったのですね。
 「コードギアス」と「DEATH NOTE」の違いをひとことで言えば、作中でもモチーフで出てきているとおり、前者はチェスであり後者はジグソーパズルなのですね。チェスであれば、最終的な形が見えなくても、戦局を動かしていく過程を楽しむことができる。しかし、パズルの場合は、ある程度までピースが埋まらないと、全体像が見えない。あるいは、あえて重要なピースを埋めないでおくことで、真相を見誤らせることができる。それは、作品がミステリを志向しているかどうかの違いとも言えますが。
 まあ、見返してみて判ったのは、ライトくんがルルくんに比べるとそうとう同情の余地がないということ。妹が動機というわけでもないし……。あっ、そういえば工藤晴香な妹ちゃんの出番がない!

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「おねがい☆ツインズ」(AT-X)感想

 日本の夏、「おね2」の夏。「おねがい☆ティーチャー」に引き続いての視聴ですが、第一作よりも、ずいぶん楽しめました。自分、こんなに中原麻衣や清水愛が好きだったっけ、と思うほどそれはツインズでした。肉親かもしれない、他人かもしれないという状況に置かれた三人。まあ特殊な状況ではあるのですけど、前作の、先生と生徒とか、異星人と地球人とか、おくさまは17歳とかいう極めて特殊な状況よりは、実に王道な青春ラブコメ。若いっていいですね。苺さんのいうとおり。
 いや、まったくもって本シリーズの真のヒロインたる森野苺さん@田村ゆかりの立ち位置が素晴らしい。前作「おねティ」と世界観を共有しているとはいっても、実はテーマはまったく異なるのではないかと思える本作。前作に出演したキャラクタも、それぞれ今作における別の役割が振られたり、そもそもまったく出番がなかったりしています。そんな中で、苺さんに与えられた役割とは、なんと極上生徒会長。もう、苺さんの楽しそうな笑顔を観ているだけで幸せな気分になるというか、すごいことされてみたいというか。苺さんの すごい ○○。あと四道くんは……まあ、ある意味幸せかもしれない今を楽しんでください。
 そう、まいくくんが主張するのは、過去より未来より今が大事、ということ。第一話から「こどもの頃の写真」「想い出の風景」というモチーフを出してきながら、予想するほど過去に執着したり、本当の兄妹は誰かを明らかにしようといった行動には出ない主人公たち。「肉親かもしれない」「他人かもしれない」という台詞を言い訳にするかのように、曖昧3センチをくり返す毎日。それは、第一期で言えば「停滞」に紙一重かもしれない状況。写真の中のビニールプールが意味するのは、流れが止まった場所。おねティ第一話の木崎湖よりももっと矮小化された小さなセカイ。
 でも、この物語では、そんなモラトリアム状況がある程度肯定されている。それはやっぱり、最初に言ったとおり、彼らが高校生どうしだという立場のせいでしょう。それでいて、まいくくんはプログラマという生業まで手にしている。卒業したところで、そのままこの地で、三人で暮らしていけるかもしれない。だからこそ、この日常を、まるで無限ループのように続くと信じて、楽しんでしまえる。明日もツインズ、いつまでもツインズ。DVD特典らしい第13話でも、やっぱりそんな「今までどおり」が追認される結果に終わっています。それを停滞と捉えるか、日常の肯定と捉えるかは、本人次第、ということなのかもしれません。

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2008年08月25日(月)

伏見つかさ「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」(アスキー・メディアワークス電撃文庫)感想

「おまえも現世に戻ってこい。それは絵だ」(高坂京介)
「絵って言うな!」(高坂桐乃)

 乃木坂さんちの春香さんがオビで推薦していたから読んだというわけではないですが、これはまた……ライトノベルの新たな地平を開くかもしれない作品。こういうメタな試み作品、最近多い気がしますが、それもまたこのジャンルが成熟してきたということでしょう。本編、一部のページだけヘッダのタイトルが「僕の妹が〜」に変わっていたのも、何かのメタトリックなのかと疑いましたけど。結局なんだったのだろう……。
 しかし、残念なことに、自分にはこの作品を十全に楽しむ資格がないらしい……。これは本来、現実に妹が存在する勝ち組の皆さんのための小説。兄妹という関係性に理想と幻想しかもてない身としては、この状況はまるごとファンタジィとしか思えないわけなのですよ! 妹がいる身で妹萌えゲームに手を出す背徳感なんて、味わえるものなら味わってみたいですよっ! ……失礼、取り乱しました。
 ちなみに、いわゆるオタク的趣味に対する周りの偏見とかいうのも、同様にあまり現実味が持てなかったりします。現実にそんな目に遭ったこともないし。ただ、そういう趣味に対する負い目、引け目のような感情は理解できます。このお話では、最終的にはエディプス・コンプレックス的なものとして処理されてしまってますが、それがまた、歪んだ形の兄妹愛を描いているとも評価できます。
 まあそんな感じで、とにかくきりりんが素晴らしいというお話。というか難易度高すぎですよ! 「化物語」の戦場ヶ原さんクラスとはいいませんが、まちがいなくツンデレではなくツンドラと呼ばれる類のそれ。対するお兄ちゃん……京介くんも、また阿良々木くんに匹敵するレベルのツッコミ気質。なんというアヴァンギャルド。これはシリーズ化が楽しみです。めがねっこ幼なじみにも愛を。

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2008年08月28日(木)

森見登美彦「美女と竹林」(光文社)感想

「それもまたよし!」(登美彦氏)

 バンブーモリミー。読み始めたときは、これは小説なのかエッセイなのか、はてなダイアリーを書籍化したのかとすら思ったのですが、読み終えてみれば登美彦氏作品の中でも飛び抜けた妄想小説。
 どこまで嘘か本当か判らない世界の中で、登場人物は竹を刈る。ファンタジィではないだけに、かぐや姫はおろか、ちくタンちくリンにも出逢えない。やたらと女性芸能人の名前が出てくるのも、フィクションをノンフィクションと錯覚させる現実歪曲トリックなんでしょう。とか思ってたら唐突なスティーブ・ジョブズパロディに吹きました。WWDCならぬWWBC(Worldwide Bamboo Conference)ですか。「One more thing」まであって完璧です。
 それにしても。森見登美彦といえば毎回のように京都を舞台としているのですが、今回は珍しく桂まで出張。っていうか、これだけ毎度毎度京都を舞台にしつつ、その実「京都市左京区上京区限定の文章」だったという驚愕の真実。行って「よるみじあるおと」の中京区でしょうか。どれだけ引きこもりなのだ……。自分自身も大学時代の行動範囲とかぶりまくっててまったく気づきませんでした。ま、まあ、それだけ、いろいろなものの密度が濃い街だということでしょう。まだまだ妄想の種は尽きないようで、今後とも楽しみにしています。

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2008年08月29日(金)

「エルフェンリート」(AT-X)感想

 まずは嘆息。よくぞ、こんな作品を世に生み出してくれたものです。罪深きそれは人間の業。作品も登場人物も、極限状態にあって初めて描かれる愛のかたち。最後のほうは「スカイ・クロラ」(劇場版)を思い出してしまいました(ネタばれかなぁ)。えっと、オルゴールのことですよ、と言っておこう。
 まあ毎回毎回、首はよく飛ぶわ、腕はすぐ外れるわで、穏やかなシーンでも1秒後にはどうなるか判らない、観てる側の緊張度がただごとではありません。うかつに能登の人になごんでる暇もありませんでした。でも松岡由貴さんの幼な子役はやっぱり最高やで。とか何とか、そういう典型的な萌えアニメ要素に、ことごとく仕掛けが施されている。えげつない話です。
 「ひぐらしのなく頃に」や「School Days」とはまた違う形ながら、萌えを突き詰めて昇華した作品であると言えましょう。これができるのなら、西尾維新戯言シリーズのアニメ化も不可能ではないと思わなくもない……。まあ、あまり観たいとも思えないですが。「化物語」を新房×シャフトでやってくれるだけで充分です(ホントかなぁ)。

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2008年08月30日(土)

吾妻ひでお「うつうつひでお日記 DX」(角川文庫)感想

 「失踪日記」刊行直前までの著者の平凡な日常を、淡々とつづった日記。角川だけど過度な期待は(それはもういいって)。
 ……とか言う惹句は、たいてい韜晦とかてらいだったりするのですが、この本の場合、まさにその通りという希有な例。朝起きて食事して、図書館行って本屋行って、アイスを食べて読書して、TVを観て寝て……。そんな日常のくり返し。まとめて読むと鬱になるかもしれないという使用上の注意は洒落じゃない。
 それでも、「一日5ページまで」なんて用法・用量は全力で無視して、ページをめくる手が止まらないこのふしぎ。そうしていくうちに、考えてみれば、我々も多かれ少なかれ、似たような日常を送っているのかも、と思わされてしまう。読んだ本や観たアニメの感想をブログに書きつづるのと、どれほどの違いがあるのか……。とか内省内省、また内省。精神不安定剤として最適の一冊ですね。もちろん、そんなふうに思わされてしまう点こそ、これがただの日記やブログと一線を画すところ。常に自分を客観的に描き、ひとつのギャグマンガ作品として仕上げようとしている吾妻ひでお恐るべし。
 あとがきで江口寿史も指摘してますが、そんな著者のサービス精神というか、むしろ業のようなものかもしれないのが、随所に挿入されるおんなのこのカット。ああ、吾妻ひでおだなぁ、と妙に安心してしまいます(健全ですよ!)。漫画やアニメの中のちっちゃいおんなのこが好きな人はみんな買えばいい! とか無責任なことを言いたくなったり。しかし脈絡無く、びんちょうタンとかねこみみもーどが出てきたりするのは参りました。読了本の書名とか見ても、しっかり現代の動向を押さえてるのだなぁと感慨深いです。貶しつつも西尾維新や佐藤友哉を読んでるというのに驚きました。
 ところで。書店で並んで平積みされてたのですが、新井素子との共著「ひでおと素子の愛の交換日記」まで復刊されるとは思いませんでした。……これ、旧文庫全4巻、古本屋で揃えて持ってます。久々に読み返してみて、第4巻の「あとがき日記」こそ、この「うつうつひでお日記」に通じるものがあるような気がしました。

2008年08月31日(日)

「日本沈没」(日本映画専門チャンネル)感想

 樋口真嗣監督作品。原作未読。良かったです。実写映画じゃなかったら劇場公開時に見に行ったのに。やはり映画は映画館で観るべきものですね。惜しいことをしました。
 大地震・火山噴火が頻発し、やがて沈没という破滅へと向かう日本列島。最後の政府発表のシーンとか見ると、日本という国の終戦(敗戦ではない)を正しいかたちでやり直そうという意図もあったのかな、と思いつつ、そういう大きな話は副次的なテーマに過ぎないとも思います。
 ベタだと言われようと、これは一組の男女の物語。そしてもうひとり重要な役割を果たすのが、みさきちゃんという少女。この物語の中で、彼女は直接的には本筋に影響する行動を起こせない。それでも、ひとりの男性研究者とひとりのレスキュー隊女性を出逢わせるきっかけを作り、そして未来への希望を託される。
 ……とまあ、素晴らしいお話だったのですが。冒頭から字幕の出し方がエヴァいと気になってしまったり、庵野監督がこっそり出演してたり。あげくの果てに「奇跡は起きます、起こしてみせます」という台詞、いいシーンなのに思わず笑ってしまいました。我々に架せられた十字架は重いようです。

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