2008年07月12日(土)

古野まほろ「探偵小説のためのヴァリエイション 『土剋水』」(講談社ノベルス)感想

「夢のなかでだんご。振り返ればだんご。囁きはだんご。歌声もだんご。まさにだんごノワール。これがラーマーヤナにいうダンゴラの火か」(水里あかね)

■探偵小説シリーズ

 第二弾。自転車に乗ら(れ)ない小柄な陰陽師少女・小諸るいか(通称コモ)と、自らの胸を豊かと言い張る素敵妄想少女・水里あかね(通称あかねん)が織りなす変奏曲。出だしから、ぞなぞなもしもし坊ちゃんだんご、相変わらずのソラシド沙汰で大丈夫かと思いつつ、最終的に顕然する主題は人を愛するということ。「天帝のはしたなき果実」にも通じるそれは美しく残酷なフィナーレ。
 そしてこれこそ、当該探偵小説シリーズが「探偵小説のための」と銘打っている理由にして存在理由(レゾンデートル)ではないかと思うのです。探偵小説……あるいは推理小説を、単なる謎解きパズルだと思っている向きには、余計なそれは過剰さと映るのでしょうが。本作における当該謎解き部分が、講談社ノベルスのフォーマットである二段組みを放棄しているのも、おそらくただの悪ふざけではない、語義上正しく確信犯的な挑発。文字通りそれはヴァリエイション。謎解きによって、通常のミステリは非日常から日常へと回帰する。しかして、古野まほろの小説は、そこからさらに異形の世界へと変貌する。陰陽が支配する、天帝が支配する世界。なればこその決め台詞。陰陽のちからをーその目に灼きつけるがいい。
 次回もまっほまほです。
2008年07月12日 23:14 [] [古野まほろ]