2008年07月02日(水)
「よつのは」(AT-X)感想
■ののちゃんだから良いのです
ゲーム原作OVA。事前に噂には聞いていましたが、やはり猫宮のの@榊原ゆいが素晴らしい。ののりぎ最高なのです(「トップをねらえ2!」か)。うっかりすると金田朋子に聞こえてしまったりする自分の不明を恥じるところ。実際にこんなしゃべり方をする関西人はいないとか言われようと、これはこれで良いのです。二次元だからこその虚構性を追求したそれは究極のファンタジィ。お話のほうは、たった二話の間に、時制が現在と3年前とをひっきりなしに行き来するという面倒な構成。しかし、あえて説明的なナレーションとか入れずに、少しずつ状況が判ってくるという描き方は、作品の雰囲気を出すのには最適だと思います。廃校になった母校を久しぶりに訪れた主人公たち。そこで過ごした日々のことを今に重ねながら、物語はラストシーンに収束していく。ベタと言えばベタな話ですが、いつまでも色あせない想い出が、そこにはきっとある。
23:55 Permalink
2008年07月04日(金)
有川浩「空の中」(角川文庫)感想
■There’s something in the air.
電撃ゲーム大賞でデビューした有川浩の第二作、ただしハードカバーで初出! みたいな。電撃の本が角川で文庫化されるというのも、隔世の感があるというか……。いろんな意味でエポックメイキングな作品と言えるかもしれません。これは……何と言えばいいのか。個人的にはSFだと思うのですけど。高度二万メートルという「空の中」に隠された謎。MacBook Air が発表されたときの謳い文句 “There’s something in the air.” にも近い興奮と驚きが、そこにある。もっと詳しいあらすじを知りたかったら新井素子の解説を読んでください。本編も素晴らしいですが、この解説がさらにいい。新井素子はライトでノベルな少年少女たちの永遠の心の支えです。
■過度かわいい武田三佐
物語的には、日本とか人類という大きな世界を巻き込んだ事件が描かれつつも、最終的には二組の男女の物語に落とし込めているのが良い。そこがダメ、という人もいるでしょうが。それこそ多数決でも決着がつかない対立軸でしょうね。特筆すべきが、自衛官パイロットである武田光稀三佐というキャラクタ。立ち位置的に、「スカイ・クロラ」シリーズの草薙水素を真っ先に思い浮かべますが、そこから先の描き方は当然異なるものであって。過度にかわいいのは角川文庫だから……(いーかげんにしなさいっ)。うーん、やっぱりSFじゃなくて、だだあまラブコメなのかもしれない。Sukoshi Fukigen なおんなのこ。2008年07月05日(土)
小野不由美原作/藤崎竜漫画「屍鬼」1・2(集英社ジャンプコミックスSQ)感想
■鬼才フジリュー
相変わらず小野不由美作品を未読のままなのですが……。まあ、藤崎竜にとって原作などは酷く些細な存在だという気もしなくもなく。あまりこういう表現はしないんですが、藤崎竜の鬼才が(屍鬼だけに)遺憾なく発揮されている作品。この人の高い漫画力、画面構成力が圧倒的な異世界感を、恐怖感を生み出す。なんだかコストパフォーマンスが悪そうな作品だなぁと、いらんことまで思ってしまいました。2008年07月09日(水)
西尾維新「きみとぼくが壊した世界」(講談社ノベルス)感想
「ほら、確か冒頭でさ、お兄様お兄様って連呼されてるじゃん。あそこですげえ感情移入できてさ、一気に読み終えたんだけどーーあー、他、どんなストーリーだっけ」(櫃内様刻)
「夢野先生が草葉の陰で嘆いておられるよ」(病院坂黒猫)
■くろね子さんシリーズ
第三弾。っていうか、「世界シリーズ」なんて通り名だったなんてつゆ知らず。なんか通称スクイズを思い出してしまうので、個人的には却下したいところでありますが(「戯言シリーズ」と対比すると余計に)。ってことで勝手に呼びます、くろね子さんシリーズ。第一作にして本格ミステリのロゼッタストーン的作品「きみとぼくの壊れた世界」では見られなかった、彼女のあんな姿やこんな姿が楽しめたり楽しめなかったり。しかし、なんだか西尾さんにしては珍しくメタな記述で言及されていますが、第一作の刊行から早5年の月日が経過しているというのには、鰐然と……もとい愕然とする思いです。あれから、この界隈もいろいろありました……。こだんしゃのべるすが、ライトノベルちっくなイラストの表紙で刊行されることも珍しくなくなりましたし……。それこそ、あと5年くらい経ったら、「ドグラ・マグラ」も、いとうのいぢイラストとかで再刊されてもおかしくありません。
■きみとぼくの匣的世界
それにしても。まさか、この期に及んで「匣の中の失楽」ネタをやってくるとは。いや、ロンドンという舞台設定からしたら「どんどん橋、落ちた」なのかもしれませんが。解決編で鉤括弧が連続していくというしょーもない小ネタに、くろね子さんのごとく哄笑してしまいました。ああ、これは前二作とは違う意味で、壊れて囲われた世界。自覚的にせよ無自覚にせよ、西尾維新に代表されるここ十年来の作家が壊してしまったかもしれない、それは本格ミステリの世界。講談社BOXではなく講談社ノベルスで、このシリーズが書き継がれる意義はきっとあるのだろうと思います。次回もツンデレです。
2008年07月10日(木)
東浩紀「ゲーム的リアリズムの誕生 - 動物化するポストモダン2」(講談社現代新書)感想
■オタク的文脈を批評化するということ
NHK「ザ・ネットスター」(通称ねとすた)では、柚木涼香に動物化されてたり、野中藍にヒトデをもらってたりする東浩紀ですが、こういうまともな本も書いていたりするわけで。タイトルにもあるように「ゲーム的リアリズム」という概念を導入することで、「ひぐらしのなく頃に」や「AIR」といった作品に、よりメタなレベルでの意味を見いだしていく。「AIR」については、TVアニメ版を最終的には理解できなかったと思っている人間なので、今さらながら、ああそういうことだったのか、とうっかり納得しかけてしまいました。筆者も認めているとおり、こういう読解をしたからといって、本当に原作者がそういう意図を持って制作したかどうかは判らない。けれど、作品がそこにあれば、作者の意図を超えてまで深読みしようとしてしまうのが読者というもの。それに、作品というのはその時代、文化基盤といった文脈から離れては存在しえないものだとも思っています。まして、いわゆるオタク的な「お約束」を積極的に取り入れた作品群であれば、なにがしかの共通項はそこに見いだせるはず。だからこそ、こういう観点でもって、アニメやゲームやライトノベルといった作品群を捉え直すという試みは意義のあることなのではないかと思います。
■西尾維新批評を心待ちにすること
っていうか実際、この論旨を敷衍して、「きみとぼくが壊した世界」をメタミステリ的にもっときちんと解釈することもできそうです。西尾維新自身が、シリーズ外クロスオーバーを自主規制してるのは、逆に言えばそれだけメタレベルの枠組みに自覚的であるともいえるわけで……。個人的には、西尾維新が好きすぎて冷静に語れない……ということもないではないですが、そろそろ、この界隈を客観的に評価できる人がもっと出てきてほしい気もします。2008年07月12日(土)
古野まほろ「探偵小説のためのヴァリエイション 『土剋水』」(講談社ノベルス)感想
「夢のなかでだんご。振り返ればだんご。囁きはだんご。歌声もだんご。まさにだんごノワール。これがラーマーヤナにいうダンゴラの火か」(水里あかね)
■探偵小説シリーズ
第二弾。自転車に乗ら(れ)ない小柄な陰陽師少女・小諸るいか(通称コモ)と、自らの胸を豊かと言い張る素敵妄想少女・水里あかね(通称あかねん)が織りなす変奏曲。出だしから、ぞなぞなもしもし坊ちゃんだんご、相変わらずのソラシド沙汰で大丈夫かと思いつつ、最終的に顕然する主題は人を愛するということ。「天帝のはしたなき果実」にも通じるそれは美しく残酷なフィナーレ。そしてこれこそ、当該探偵小説シリーズが「探偵小説のための」と銘打っている理由にして存在理由(レゾンデートル)ではないかと思うのです。探偵小説……あるいは推理小説を、単なる謎解きパズルだと思っている向きには、余計なそれは過剰さと映るのでしょうが。本作における当該謎解き部分が、講談社ノベルスのフォーマットである二段組みを放棄しているのも、おそらくただの悪ふざけではない、語義上正しく確信犯的な挑発。文字通りそれはヴァリエイション。謎解きによって、通常のミステリは非日常から日常へと回帰する。しかして、古野まほろの小説は、そこからさらに異形の世界へと変貌する。陰陽が支配する、天帝が支配する世界。なればこその決め台詞。陰陽のちからをーその目に灼きつけるがいい。
次回もまっほまほです。
2008年07月18日(金)
「xxxHOLiC◆継」 (BS-i)感想
■アヤカシよりも暗きもの
いろいろ大変なことになっていた「xxxHOLiC」第二期ですが、最後はしっとりと、善意の連鎖で幕を下ろしました。アヤカシよりも暗きもの、真に恐るべきはヒトの悪意。第一期以上の辛辣な描かれ方に、正直観るのが辛いところもありましたが……。こはねちゃんを本気で引き取りたいと思いましたよ。わからないことをわからないままにしておけばいいのに、自分がわからないことをどうして否定しようとするのか。まったくもって侑子さんのおっしゃるとおり。■ノミクイ
ヤキニクで終わった第一期と呼応するかのように、今シリーズの最終回(外伝)もまた、おでんを肴に宴会で夜は更けていく。もちろん偶然はこの世になく、あるのはヒツゼンだけというCLAMP世界観に基づけば、やはりここに意味を見いだすべきでしょう。なにかを食べている、酒を飲んでいるシーンが非常に多い(しかも、一様にとても楽しそう)本作品。単に侑子さんが酒豪だからとか、四月一日くんが料理上手だからというだけではない理由。それは食物連鎖、いのちの循環。すべて「つながっている」世界。そんなことを考えてしまいました。相変わらず地味なんですが(地味って言うなぁ)、地味は地味でも心に染み入る作品、みたいな(わかりにくいなぁ)。■ツナガリ
さて、そんな物語の連鎖は、次はどこにつながるのか。水島監督的には「おおきく振りかぶって」第二期につながるような気もしますが、それは措いといて。CLAMPキャラ原案な「魍魎の匣」はマッドハウスらしいですし……(それはある意味、CCさくらからつながっているとは言えますが)。やはり、どうしても頭から離れないのが、西尾維新「化物語」をこのスタッフでやるんじゃないかという妄想。この作品の雰囲気が、個人的に「こういうふうにアニメ化されたら理想」というのに非常に近いこともあります。ま、それは実現しなかったとして、そういうイメージは自分の頭の中に既に確固としてあるんで、まったく問題はないのですが。っていうか「xxxHOLiC◆継」の感想でまで西尾維新の話をするなんて我ながらどうかと思うのですが、それもまた斜め上のランドルト環、ランドルトとランドセルって似てるよねということで。とりあえず「CLAMP学園探偵団」でも観て待ちます。
2008年07月19日(土)
倉田英之「倉本 倉田の蔵出し」(アスキー・メディアワークス)感想
■倉田英之の頭の中
自分が尊敬する空想上の人物を挙げよと言われたら、まず真っ先に思い浮かぶのが読子・リードマンでありまして。読子先生の教えに従って、いつもカバンには二冊以上の本を入れていますよ。そんな偉大なる読子先生を生み出した倉田英之の、本とフィギュアとDVDに埋もれた生活をつづるコラム集。つっぱしる男・倉田英之。その特異な文体で、自らの頭の中をここまでさらけ出せるということに尊敬の念を抱きつつ、その主張に深く共感してしまいました。いちばん言いたかったことは裏表紙カバー下で言われてしまいましたし。いつまでも待ちます、「R.O.D」第12巻。■DVDは高くない
なかでも出色なのがDVDの章。「バンブーブレード」(アニメ版)で唐突にVHDや谷口悟朗監督が出てきた理由が判ったりもしましたが、それはそれとして。毎月、山のようなDVDを買いつつ、「DVDが高いと思ったことがほとんど無い」というのには、よく言った! というところ。こういう主張をしてるのは森博嗣くらいしか見たことがありません(正確にはDVDじゃなくて、本やマンガの価格が安すぎる、という主張)。モノには、それ相応の対価が必要……というか、「これがほしい!」と思ったら、そう値段なんて関係ない気がします。タマちゃんの言うとおり、テンション上がってきたら買うしかないのです。別に昨今はやりのOAD戦略にケチをつけるつもりはないですが、初回限定版付属で安く売っておいて、将来的に手に入りにくくなるのはどうなのかなぁ、と思わなくもなく。……それは現状のDVDでも似たようなものかもしれませんが。……とか何とか、けっきょく「R.O.D」にしろ「かみちゅ!」にしろ、DVD買ってない自分が言っても説得力に欠ける気がしつつ。社会人になって何が一番嬉しいかって、それは本を値段を見ずに買えるようになったことなのですが、次のグレードはDVDを値段を気にせず店頭で買えることだったりして。と、とりあえず「快盗天使ツインエンジェル」あたりから前向きに検討したい所存です。
2008年07月20日(日)
八神健「どきどき魔女神判!」2(秋田書店チャンピオンREDコミックス)感想
■八神健、全力全開
衝撃の第一巻から半年、早くも第二巻が登場。相変わらず常軌を逸したテンションでもうそうして暴走ちゅ。ボートもすばらしい。ちょっと昔語り。私の中で、1990年代の週刊少年ジャンプというのは非常に特別な存在であり、中でも思い入れの強い作家が、八神健と藤崎竜でして。そんな両名が、舞台は違えど、今もこうして変わらぬご活躍をされているというのは感慨深いものがあります。いや、表面的にはアレなことになってますが、本質は変わっていない……はず。きっときっと。個人的には94-95ページが実質的なエンディング。いかにも八神健ヒロインらしいマリアさん(めがねっこおさななじみ)に幸あれ。いやぁ、クライマックスが最終回じゃなくて途中にあるというのも、この人らしくて変わってないなぁ(あやまれ! 八神さんにあやまれ!)。
セカンドシーズンも八神健にドッキドキ。
2008年07月21日(月)
小島アジコ「となりの801ちゃん」3(宙出版Nextコミックス)感想
■この801ちゃんは実在するー
作者とその恋人・801ちゃんを中心に、狭くて深い世界を描く4コマ。なんか、どんどん暗黒面が出てきている気がするのですけど……。しかしまあ、既にこういうのが判る人しか読んでないかもしれないから良いのかも。ながいエスカレータでネルフネタをやるところとか素晴らしすぎます。今回は限定版特典として、豪華執筆陣による小冊子が付属。って、なんかジャンルに妙な偏りがあって、5人くらいしか知ってる作家がいませんが……(5人もいるのが問題か?)。絶望した! 久米田康治が浮きまくってるのに絶望した! 代表作に「かってに改蔵」が入ってなくて絶望した! 神崎さんが出てこないのに……もういいですか。
本編のネタの中に「スレイヤーズは黒歴史」というのがありましたが(ブログだとここ)、誰しもそんな、人には言えない過去があるもの。久米田的に言うと「不発弾」(「大人買い」「ダメ絶対音感」みたいに、今からでも流行らないかなぁ)。あるいは、今この瞬間だってそれは量産されているかもしれない。そんな危険物を、あえて4コマのネタにすることで、打ち上げ花火として大輪咲かせてしまう、小島アジコのセンスに惚れ惚れします。今後ますますの活躍に期待です。
……ところで、この作品もアニメ化決定だそうで。じゃあ4巻はOADですね(絶望した!)。
2008年07月23日(水)
私屋カヲル「こどものじかん」Vol.5(双葉社アクションコミックスHigh)感想
■レイジーブルー
まず原作本編の感想から。アニメに引き続き、原作でもレイジーブルーな展開に。しかし、アニメのレイジーは「秋さんが守れなかったりんを自分が守る」という純粋な理念で動いている(と思われる)のに対し、こちらのレイジーは「秋さんにしてあげられなかったことをりんに対して行う」という執念で動いているので、より根が深そう。アニメ版でレイジーがりんちゃんを遊園地に連れて行ったところが象徴的で、おそらく原作のレイジーは、そういう意味でりんちゃんをこども扱いはしないような気がします。「こどものまま大人になれなかった」のと「こどものまま大人になってしまった」の違い、みたいな……。この差異が、今後の物語全体にもどう影響してくるか、注目です。あと宝院先生と白ちゃん先生の謎バトルにも。■きりーつ
そして特別限定OAD(というのは講談社の商標?)。どうせ第二期も全巻DVD買うので別にいいかと思ったのですが、店頭で見かけたので買ってしまいました。……ごめんなさい本当は10軒くらい本屋さん回って捜しました。しかし、存外に良かったのが、「りんの学級日誌」と銘打った、アニメ第一期をりんちゃん視点で再構成する一時間三十分のノンストップ小学生デイズ。Vol.4の先行OVA(BS11でいう「やすみ時間」)まで入れて完璧です。基本的に青木先生目線だった物語が、視点を変えるだけで、ここまで印象が違って見えるのか。というか、一気に観ると、きわめて特殊なビデオのような気分になってきそうで怖い(何それ?)。DVDのオーディオコメンタリを聞き慣れたせいで、OPに「きりーつ」「れい」「ちゃくせーき」の声が入らないのが不思議なくらいです。第二期先走りPVのほうはそんな感じでしたけど。先走りより、ねこ走りのほうが(ゆきのゆきかぜではなく)。
そんな感じで第二期も、菅沼栄治監督・岡田麿里シリーズ構成以下、スタジオバルセロナ改めディオメディアの皆様の全力に期待です。
白瀬修「おと×まほ」5(GA文庫)感想
■乙女は魔法少女に
シリーズ第5弾。今回もかなちゃんかわいいですねっ。もはやお約束となった変身シーンを上回るインパクト、これはもはや日常の惨劇。かなちゃんかわいいです。そりゃ2回でも3回でも言いたくなります。しかしこの作品、とことんハッピーエンド志向なのでしょうかね。つつけば暗い話や重い話がいろいろ出てきそうな世界観なのに、エピローグはいつも、とてもとても幸せな日常回帰。そもそも、主人公であるかなちゃんからして、○○○なのに魔法少女という、そうとう不幸な生い立ちなのに、それを感じさせない圧倒的な正の力を感じさせます。そう、だからきっと、理由はいらない。人を好きになるのにも、この物語に惹かれるのにも。そんな力強い肯定が、明日を生きる勇気を与えてくれます。
2008年07月27日(日)
上栖綴人 「彼女は眼鏡HOLIC」(ホビージャパンHJ文庫)感想
「そもそも、眼鏡が似合わない人なんて、世界中どこを探したっていないんです。眼鏡は人のために。人は眼鏡と共に。そうやって一緒に歩んできたんですっ」(深鏡めめこ)
■R.O.Dを超えるめがねっこライトノベル
めがねっこは正義。もう、おんなのこはみんなめがねっこになればいいと常日頃思ってるのですが、そんなめがねっこ好きの心に響く、「R.O.D」を超えるめがねっこライトノベルがついに生まれました。まさにこれはランドルト環しんどろむ。惜しむらくは、ちょっと文章がマジメすぎるというか、ノリが悪いところ。別に倉田英之くらいのテンションを望むわけではないですが、こういう荒唐無稽な世界観だからこそ、メガネの度数を強くするように、現実歪曲率を高めた文章で紡いでいってほしいところ。といいつつ、メガネの話に限れば、その描写力は目を見張るものがあります(メガネだけに)。他人のメガネをかけたり外したりするのは、密かに自分の憧れシチュエーションだったりするのですよ。裸眼は文字通り裸の目、本当に気を許した相手にしか見せてはいけないもの。でもやっぱりメガネをかけたほうがいいと言うめめこさん、素敵すぎ。ベッドの中でもメガネを外さない貴女が好きです。
2008年07月29日(火)
「円盤皇女ワるきゅーレ」(チャンネルNECO)感想
■無印最強
アニメ第一期(いわゆる無印)。しばらく前に第三期・第四期をAT-Xで観て以来、放映を心待ちにしてましたが、なんとチャンネルNECOで放映。真田さん率いるネコミミ侍女隊の尽力の賜物でしょうか(違うと思うが)。例によって、ぐらんど・ふぃな〜れを先に観てしまっているというよろしくない状況ですが、さすが長く展開されていく作品の嚆矢だけあって素晴らしい出来映え。「おんなのこが空から降ってくる」たぐいの作品なのに、ここまで虚心坦懐に観られるのは時代性ゆえか。OPがメロキュアという時点で既に切なくなるのですが、ここぞという場面で Agape を流すのはもはや卑怯ですって。ちっちゃいわるちゃんに象徴されるギャグパートと、大きいワルキューレなシリアスパートという切り替えが絶妙。第一話からあんまり状況説明せずに雰囲気先行で話を進めていったり、ライネさんの宇宙船が御都合主義的に使われることでスピーディな筋運びがされていたり、さりげなく計算しつくされたシリーズ構成です。
■秋菜ちゃん最強
まあそんなことはどうでもよくて、第9話「秋菜小変身」が超絶傑作。もはや、この回が観られただけで、本作に触れたかいがあったと言えます。幼なじみキャラというものは、すべからく主人公に淡く切ない恋心を抱いているべきという、そんな個人的妄執を絵に描いたようなお話でした(まあアニメだから)。こどものころは素直になれたのに、今は少しだけ遠いお互いの距離。それはいろいろなことを知ってしまったから。ワるきゅーレと対極の位置にいるキャラとして、黒ちゃん並に報われないなぁという愛しいかけら秋菜ちゃんでした。最終話(第12話)と合わせて、あらためて認めましょう、貴女こそ宇宙最強の巫女さんだと(だから介錯原作でそれはどうか)。あとリカちゃんは宇宙最強のめがねっこ妹ちゃんということでひとつ。
23:24 Permalink
[円盤皇女ワるきゅーレ]
竹本健治「せつないいきもの 牧場智久の雑役」(光文社カッパ・ノベルス)感想
■も〜っと竹本健治
牧場智久シリーズ……と見せかけて、速水果月シリーズ。ということもなく、やっぱり武藤類子シリーズ。表紙は乾くるみっぽいけど、本文イラストは「紅」の山本ヤマト。「入神」より類子さんがかわいいです(こらこら)。今月のカッパ・ノベルス、これと山田章博イラストの森博嗣「ZOKUDAM」が書店でいっしょに並んでるという光景には、しみじみ時代の流れを感じます。とかいうのはいいとして。これは久しぶりに竹本マインドを味わえる一冊。いや、キララが嫌いなわけではないのですが。竹本健治といえば、その端正な文体で淡々と描かれる世界。そしてそれが、ふと境界を越えることで揺らぐ。その一瞬の切り取りが魅力だと思うわけで。本格ミステリとしては不思議なことをいろいろやってたりする本作品集ですが、単なるパズラーの域を超えた、世界の「揺らぎ」がいくつか観測できたことが収穫と言えましょう。表題作はバンブーブレードの暗合入り(ないない)。
2008年07月30日(水)
森博嗣「スカイ・イクリプス」(中央公論新社)感想
■スカイ・クロラシリーズ短編集
計画通り、シリーズ全五作+短編集、映画公開までに読了。森博嗣らしい詩的私的世界に、骨の髄まで浸かることができました。テーマ的にも、著者の代表作の最右翼と言えるのではないでしょうか。といいつつ飛行機は片翼では飛べない、その対極に「工学部・水柿助教授」シリーズが位置してたりしそうですが。■空しかない
元々は刊行を予期していなかったらしい本作ですが、いつも通り淡々と、淡のように、泡のように、この空の下で生きる人々を描いています。物語に残された「謎」を解く鍵がここに……とまでは言わなくても、いろいろなことがクリアになった印象。しかし、その感想を仔細に書くと、ネタばれの嵐になってしまうので、映画公開前のタイミング的にも控えたいと思います。このキャラクタが素晴らしい! というのも、映画を観てから書きますね。ただ、ひとつだけ言うとするなら、この「空気感」が、この作品の本質ではないかということ。実質的シリーズ第一作「ナ・バ・テア」のタイトルが示すとおり、ここには空しかない。ただ、空がそこにある。捉えたと思った瞬間に、たちまちその姿を変える。そのくり返し。その積み重ねだけで、この物語は作られている。何度も形を変えて、同じシーンが、同じキャラクタが描かれていく。同じようで、でも同じではない。それが、キルドレの生きる永遠。終わらない世界。そうやって、ただそこにある世界に、感情を重ねるべきではないのかもしれませんが、それでも、純粋に「美しい」と思わざるを得ません。
