世に古本の種は尽きまじく、古本の本もまたすべからく絶えるべからざるもの。この方の本を読むのは初めてですが、やっぱり「古本好き」に共通した楽しさを感じます。この方も学生時代を京都で過ごされたようで、自分も馴染んだ地名や書店名が出てくると嬉しくなります。懐かしいなぁ、竹岡書店に吉岡書店。福田屋書店は私の学生時代には改装後なんですよね。
ただ、この本がとりわけ秀でているのは、その着眼点。古書にまつわる蘊蓄だけではなく、本と人との関わり、その本が古本屋の棚に並ぶに至った経緯まで想像の羽を広げてしまう著者の観点が面白いです。
そして、「夜汽車には『小説新潮』がよく似合う」と題された一編は、これだけで本書の価値を決めると言ってもいいもの。旅といえば夜行列車が当然だった時代。そんな長旅の退屈を紛らせるものとして、「小説新潮」や「文藝春秋」などの中間小説誌がよく読まれたのだというのが、著者の主張。生まれてこの方、東海道新幹線が当たり前のようにある世代の私の場合、列車内で小説雑誌を読もうという発想自体が出てきません。そもそも車内で本を読む人が少数派かも。良い悪いの問題ではなく、それはたしかに存在する時代の流れ。「昔は良かった」なんてことは言いたくないですが、「そんな時代もあったんだなぁ」と、ほんのちょっとうらやましくも思いつつ。そんな過ぎ去りし時を刻んだ古本屋を通して、その時代を追体験する、それもまた古本病患者の楽しみ。