2008年01月04日(金)

「こどものじかん」第12話 こどものじかん(BIGLOBEストリーム)感想

評価: 10点[前回比: ±0](累計: 114/120 平均 9.5)

 こどものじかんよ永遠なれ。

 すべての人々に、救いが訪れる。時は満ち、祝福の鐘が鳴りひびく。どうぶつSEと、のの字もいっしょに降り注ぐ。今こそ、なにもかもが赦される時。
 この展開には、もはや「School Days」を思わずにはいられません。混沌の2007年アニメの中でも、ひときわ異彩を放っていた通称スクイズ(大森望的に言うと「裏ベスト1」)。あの物語が、あんな結末を迎えてしまったのも、彼らが高校生(相当)という年代であったからこそ。走り出したら止まらない、踏み出した一歩が、惨劇への雪崩を引き起こしてしまう坂道。それを思うにつけ、本当に、この物語がこどものじかんであってよかったというか。こどものじかんだからこそ、前を向いて進める。前を見ながらも、左右に注意して歩ける。いったんていし、一線を超える手前で、踏みとどまることができる。りんちゃんくろちゃんの「おっとな〜☆」な言動も、あくまで健全な領域にとどまっていられるわけです。だからこそ、エンディングは「オトメチック初心者でーす」が選ばれたのでしょう。otometic は automatic のようにはいかない。わかばまーくの、こどものじかんは始まったばかり。
 もう一つ忘れてはいけないのが、こどものじかんと相克する、おとなのじかん。てっきり、青木先生がレイジー一喝で締めるのかと思ってましたが。けっきょくレイジーも、おとなになれないこどもだったということで。「お前に何が判る」ってのは、浅い脚本で使われると一気に醒める十大台詞のひとつなのですが、ここはこのレイジーであるからこそ言わせるべき台詞。それに対する青木先生の受け止め方も見事でした。判らない。判らないことが解るということ。それでも、解ろうとしたい、それが教師として踏み出すべきいっぽ。平凡な、ふつーの人間である青木大介。こどもたちに振り回され、先輩の教師からは叱責され。そう簡単に立派な大人になることはできないけど、こどもとはまた違った形で、前に進んでいく。共に歩んでいく。
 ……実はここで、気になることがあるのですけどね。りんちゃんの青木先生に対する想いは、果たして本当に恋愛感情だったのかどうか。もしそうだとすると、こどもとかおとなとか関係なく、その想いに対して、青木先生は明確な答えを出せていない。りんちゃん自身、青木先生を「はじめて信頼できる大人」と形容していて、それはまるで、こどもが大人に見せる純粋な憧憬だったようにまとめられています(レイジーはもとより、母親もここでは除外されていて、肉親に対する情とは別物だという自覚はあるようですが)。まあ、そこまでツッコむには、一クールは短すぎるでしょうし、あえて第二期、あるいは原作版の結末への余地を残したとも考えられます。何より、それをやると、今度こそどこでも放映できそうにない気もしますが。
 で、のの字の話。それこそ「おっとな〜」な事情も鑑みて、あまり白眼視すべきものでもないというか。話の筋が判らなくなるのはさすがにどうかと思いましたが、最終的には本筋の阻害要因にはならずに済みましたし。対価は払わなければならない。くろちゃんのありがたいお言葉を聞きたければ、DVDを買うべしなのですよ。まあ、本筋とは関係なく、くろちゃん最高です。くろちゃん万歳。ってか、みみちゃんのおべんきょうがそのままにされたことが、最終話で最大の驚き。将来が楽しみなお子さんです。
 総点は96点。まだ言い足りないことは、DVD版を観て随時。

評点グラフ - こどものじかん

2008年01月04日 18:56 [◎ こどものじかん]