2007年10月20日(土)

「ひぐらしのなく頃に解」第15(41)話 祭囃し編 其の弐 蠢き(東海テレビAT-X)感想

評価: 10点[前回比: +1](累計: 343/410 平均 8.4)

 ひぐらしの声が告げる、それは最終決戦。

 三四ちゃん三四ちゃん。私の中で三四ちゃんの株価が急騰。ベタだけれども、実に素晴らしい。nishis さんには異議を唱えられるかもしれませんが、実に本格だという印象を受けます。妄執の形が綾辻的というか。
 およそ探偵小説的な、と形容を受けるものの大半において、その本質はじっさい「犯人」側にある。事件を起こす側の強固な意志、犯罪計画なくしては、いかなる事件も事件たり得ず、よって探偵の出る幕は文字通り上がらない。しかし逆に、たった一度読まれるだけの物語であるが故に、探偵によって謎が解かれなければ幕は下ろされない。それが探偵小説があくまで「小説」であることの束縛。
 しかして当該雛見沢事件においては、梨花ちゃまを中心にした「くり返し」の構造を用いることで、その呪縛から解き放っている。ここでは既に探偵ー犯人の構図は存在しない。解かれるべきは謎ではなく、世界の構造。「解」の示すところは解決ではなく解放(専ら精神的な)、あるいは解体(専ら肉体的な)ではないかと愚考します。

 ともあれ、三四と羽入、どちらの「約束、だよ……」が勝ち鬨を上げることができるのか。最期まで見届けられることを願って。

2007年10月20日 23:03 [ひぐらしのなく頃に]