リバイバル企画第二弾は「D.C.II」の放映を記念して、「D.C.」無印から、サイドエピソードをチョイス。いまだに無印というと、謎の声優プロモが話題に挙げられることが多いですが(まだ実写にこだわりのない時に観れて本当に良かった)、何故か対比されるべきサイドエピソードのことを言う人は少ない気がします。まあ、話題にしようにもあまりに意味不明すぎるということもあるでしょうけど。
といいつつ、それ故に、むしろ本編よりも見返したくなる度は高いと個人的には思っていまして。実際、ちょっと前から芳乃さくら嬢の「ふぁんたすてぃ〜っく」をもう一度聴きたいと思っていたのですよ(何か違う要素が加味されているという意見は却下)。今回も当該話数だけにしようと思ったのですが、せっかくなのでシリーズ通して観てしまいました(#6を除く)。もりやまゆうじの特異な感性が横溢する作品世界。いや、その後の「ぱにぽにだっしゅ!」での傍若無人ぶりを思えば、まだおとなしかったほうといえますが。
おぼろげながら見えてくるのは、徹底したくり返しの構図。「初音島」という舞台が最大限に生かされた画面構成により、坂や階段を上る/下りるといった上下の動きが強調される。「不思議さん」こと謎の人型くろねこさんとヒロインたちの邂逅。何かが現れ、消え、また別の何かが現れるというそれは生々流転。
そして、朝倉純一という本編の主人公の姿は一度たりとて出てこないのにもかかわらず、カメラワーク、漁師、不思議さんといった、いわゆる男性視点が拭いがたく存在を主張する。#2では声のみの「兄さん」がプレイヤ視点として導入されてますが、これも朝倉純一という「個」である必然性は極限まで抑えられている。視聴者サービスという商業上の要請はもちろんあったでしょうが、それ以上に、「視点」というものを意識的に物語に織り込もうとする意志が感じられます。
そして、#11では不思議さんの「過去」への遡行が達成される。なんと、この時点で既に、初音島の時間的普遍性が描かれていたのですね(ちなみに、台詞から1970年という年代まで特定される演出になっている)。さくらさん似の娘のCVは桃井はるこさんではありますが。白河さん@桑谷夏子という友人まで登場しているのも注目。燦ちゃんと巻ちゃんですか……初音島は瀬戸内にあるんでしたっけ。
それはともかく、続く#12では、今までのエピソードが映画館の中で上映され、それを不思議さんが観ているというメタ構造が導入。ここまでされては、もはやこっちも「いったい何なのだ……」と呆然としつつ感涙にむせぶほかありません。こうなってくると、#1で「あたま山」を引用してきたのも意図的と考えるべきでしょう。それは入れ子的虚構。何度でもくり返される「D.C.」という物語、そのサイドエピソードは inside であり、また outside でもある。
ねこは時空を超える生き物であり、その出逢いは日常から半歩ずれた世界へと誘う。「ARIA」の先達ともいうべき、素晴らしきねこアニメなのでありました。