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サヤさんは14歳教の教祖だったのか。
一夏に訪れた、試しの時。自分が視る世界、世界に視られている自分。それは鏡を隔てた写し絵の世界。
「14」という数字を2で割れば、7という数字が出てくる。10進数の世界では、7は孤独な数字。1から10までの数字の中で、1以外にほかの数の倍数にも約数にもならない。でも、舞夏というもう一人の存在を置くことで、孤独ではなくなる。16進数の世界では、7も14も孤独ではない。
また見方を変えてみましょう。「舞」という漢字は15画。15を2進数で表すと(1111)2となって、4ビットのすべてのビットが立つことになる。 (0001)2 = 1 を単純にビット反転させれば (1110)2 = 14 となり、これは「1の補数」とよばれる。しかしそれに1が足された15は「2の補数」となり、コンピュータでは、もとの数の負の数を表すのに用いられる。はたして舞夏は一夏にとって1の補数だったのか、2の補数だったのか。前者であればふたりが合わさっても打ち消し合う存在ではないけれど、後者であればふたつは打ち消されてしまう。C言語では1の補数を求める演算子は「˜」だけれど、これはタイトルにも用いられている「∽」と鏡像を成している……。
そんな感じで戯言を繰りつつ、地上波放送分は今回で終了。あとはDVD収録の第13話を残すのみ。この13という数字も、16進数では孤独な数字になってしまって不吉ではあるのですが……。
投稿者plateau: 2006年07月03日 21:24 [うた∽かた]