評価: 10点[前回比: ±0](累計: 20/20 平均 10.0)
あの絵日記も斎藤桃子謹製なんだろうか。
ねこにゃんダンスだけが楽しみで過ぎた今週。もうね、仕事しててもそればっかり頭に浮かんで(ダメ社会人め)。しかし素晴らしいのはEDだけではなかった。今回確信を持って言えます、これは骨の髄まで紛う事なき芯の通った妹アニメであると。はるまくんといっしょに私も目を細めて観ちゃいます。12萌ンキーズの muto さんに私も大賛成、リアル妹のいない私にとっては正にちょこちゃんこそが理想の妹、っていうかもう君は私の妹です今決めました。
いっけん妄想アクセル全開、ご都合主義の権化のような設定の裏に見え隠れする、切ない物語。もちろんご都合主義だろうとなんだろうとそれはそれで良いと思うんですが、これはどうも違うようですね。今回の要諦は「大家さん」の存在。大家さんなんていうから多重人格の女子高生か、いつもエヘエヘ言ってる美幼女かと思ったらさにあらず。まあ次回から孫娘さんが出てくるようですけどね、おっきいのに興味は……もとい。はじめからハーレム状態にさせなかったのには当然理由がある。もちろん「めぞん一刻」コンパチを解消させたかったこともあるんでしょうけど。
川越はるまという人物の視点から見た場合、1話で示されたとおり、彼は最初から大切な存在を喪っている状態。そして、それは「妹」であるわけで、たとえかりそめではあってもその希求の対象はちょこ以外にあり得ない。もちろん綾乃さんという外側の憧憬対象はあるけれど、アパートという「内」の世界で彼が最初から満たされた状態でいることは考えられない。今回、隣の部屋の人を忘れてたらしいという描写もそれを示しています。まあ、一日中アニソンを流すような人じゃなかっただけマシというものです(作品が違う)。
対して、ちょこの視点から考えてみると、こっちはそもそも「無」の状態。あんちょこからのわずかな知識以外、彼女は何も持っていないに等しい。必然的に、世の中のことを教わるのは「おにいちゃん」であるはるまからになるわけですが、こちらもまだ真の大人にはほど遠い、酒を飲める年齢になっただけで飲まれている不完全な存在。だからこそ、最初に標として「大家さん」が必要だったのでしょう。はるまの封筒に入れられたお年玉とは違う、ちゃんとしたポチ袋。ねこにゃんなのにポチとはこれいかに(たぶん無関係)。そして絵日記。この話のつなげ方には感嘆しましたよ。ちょこのLOVEダイアリーですかー。なんか既に、終盤は涙なしでには観られない展開になる予感でいっぱいなのですが。むぅ、おにいちゃんは負けないぞー。