2004年01月06日(火)

「bps-バトルプログラマーシラセ-」Episode5 その2・その3(KBS京都)感想

 bpsも最終回。「特殊な方法によりPCモニタ上で視聴」が気に入りました。
やっぱりエピソードを三分割していたのが魅力をそいでいた気がします。全体としてはマニアックな嗜好が見え隠れしていたのが楽しかったですね。ぜひ第二部を、30分でつくってほしいところです。
 好きなキャラですか? そりゃよんちゃん(頼子)と美紗緒ちゃんでしょう。

2004年01月13日(火)

「瓶詰妖精」(再)4月・5月(KBS京都)感想

 おや〜。bps終了後も動画大陸枠が残っているので、何をやるのだろうと思ったら、瓶詰妖精の再放送でした。二話分をまとめて。bpsも6週後にやるのかな……。(お、ということは見逃した最終回も見れますね。どっちかっていうとダ・カーポのほうが見たいんですが)
 一回見たから余計にそう感じるのですが、bpsとは逆に瓶詰は30分でやるもんじゃないですよ……。見ているうちにあきれてきて、ついていけなくなります(笑)。でも、イメージアルバム「four seasons」に入ってたBGMがどこで使われているかチェックするのは楽しいかも。ところでbpsのOPとEDはけっきょく発売されないのかな……? けっこう気に入ってたのに。

2004年01月20日(火)

「瓶詰妖精」(再)6月・7月(KBS京都)感想

 再放送を仔細らしく扱うのも何なのでさくっといきます。
 6月はせんせいさんがラブレターをもらい、「現実の女の子に興味ないから」といって断った話ですね>薄荷屋 WEB PAGE 三振(篤見唯子さん)日記参照
 7月は演出が明らかにおかしかった話。
 再度観てあらためて、どんなときでも頭を守るちりり@名塚佳織嬢萌え。

2004年01月28日(水)

「瓶詰妖精」(再)8月・9月(KBS京都)感想

 今日の萌えシチュのネタは瓶詰8月の再放送を観て思いついたわけなのですが。たまちゃんのスク水がそんなふうだったのです。まあこのアニメはすべてが狙っているとしか思えないのですが。
ちなみに一瞬たまちゆき氏を連想したのは秘密です。

 9月はみんなの顔がまるかった。それだけ。

2004年02月03日(火)

「瓶詰妖精」(再)10月・11月(KBS京都)感想

 8月のスク水といい、10月の体操着といい、名前の筆跡がちゃんと各キャラの個性を反映させて書き分けられていたり、11月のジョーロや傘の色が、それぞれの眼の色に合わせてあったりと、妙なところで感心してたりするわけですが。
 瓶詰の全話中、異色の11月。いつものような「萌えー」な要素がほとんどなく、ある意味普通のいい話になっているわけですが、その理由は何かと、すこし考えるわけです。単に11月にやるネタがなかっただけとは思えません。作品全体の構成を俯瞰して鑑みるに、11月というのは全13話中8話と、ちょうど中間、要諦たる位置を占めています。もともとの瓶詰妖精のテーマはなんだったかというと、「にんげんさんになる」ことなわけで、1話以来すっかり忘れ去られていたこのテーマを、ここで花の栄枯に仮託し、暗示させていると思われます。いつまでも時が止まったままの生命は存在しないということ、そしてその先の出逢い、別れまでもがこの話では表されています。もっと深読みすると、フロイディアン的であまり趣味じゃないのですが、「花が種をつける」ことの象徴はなにか。「瓶詰」の冠詞が意味するところは。処女性を保ち続ける妖精と、「にんげんさんになりたい」=「大人になりたい」夢の前提となる飛躍は……といったことまで読みとれるわけですが、まあ、このくらいで戯言終了。

追記(2/8):月を一ヶ月勘違いしていたので修正しました。

2004年02月10日(火)

「瓶詰妖精」(再)12月・1月(KBS京都)感想

 12月はシリーズ中屈指の出来栄えを誇る「よろめきドラマ 情熱のコンシェルジェ」が白眉。やっぱり全篇通してみると私はちりり萌えかも。虐げられてるところがなんとも。そういう意味では1月前半のくるるも捨てがたい(というか、こんなことを言ってる私自身が人生を捨てている)。
 1月は最後の棚ざらえといった感じでコスプレ三昧でしたね。着物も素敵。

2004年02月17日(火)

「瓶詰妖精」(再)2月・3月(KBS京都)感想

 あーようやく終わりかー。ちなみに来週はどうなるんでしょう。見逃した最終回だけでは尺が足りないはずですけど……。bpsをやるのか?
注:再放送なので大丈夫だと思いますが、以下ネタばれを含みます。

 2月。実はこの話、けっこう不思議。いつもならもっといろいろな妄想ではじけるはずが、何故かバレンタインチョコをせんせいさんに渡すのに恥ずかしがる妖精たち。これこそ、瓶詰妖精たちの変化(成長)を表すものでしょう。「せんせいさん」という呼び方が示すとおり、もともと妖精にとって憧憬の的であり、物理的にも手の届かない「人間」であったはずの存在が、ここで妖精たちが恥ずかしがる、つまり「恋」をするという対象として捉えなおされ、互いの関係性が再定義される。それはつまり、妖精が「人間」という存在に限りなく漸近している証拠でしょう。いままでその言葉をすべて金科玉条のごとく純粋に従ってきたはずのたまちゃんにも、「説明が抽象的すぎてよく判らない」という言を浴びせたことも、その傍証となります。

 ということで3月は実際ににんげんさんになれるわけですが、ここでも、たまちゃんの言葉を妖精たちが勘違いするというお決まりのパターンが踏襲されている、ように一見すると見えます。しかし、今回は今まで以上に深刻なものとして捉えられます。にんげんさんになる=卒業するには「別れ」がなくてはならない。これは言うまでもなく、古今東西連綿と受け継がれてきた物語のラストの「お約束」です。それについて妖精たちが真剣に悩み、そのしてそれを受け入れる。しかし、結果としては「ひとりのにんげんさんになってしまう」というオチがつくことで、どうやらこれは単なるパロディとかいうレヴェルではなく、かなり制作者側が自覚的に仕掛けた罠(アンチ)だということがわかります。考えてみれば、「瓶詰妖精」という作品自体が、極めて精巧に子供向けアニメを模しつつ、その放送局・時間帯・宣伝媒体からうかがえるように完璧な(特定の)大人向け作品である、ということも示唆に富むものだと思います。

 はい、以上すべて戯言です(お約束)。

2004年02月24日(火)

「bps−バトルプログラマーシラセ−」(再)EPISODE 1 登場のbps!(KBS京都)感想

 30分バージョンで再放送のbps。やっぱりこれが本来の姿。以前はまさしく超法規的措置
 って……瓶詰妖精の……最終回はどこ行ったんだーー!!

2004年03月03日(水)

「bps−バトルプログラマーシラセ−」(再)EPISODE 2 高波のBPS!(KBS京都)感想

 30分Ver.での不満は、やはりOPのナレーションがなくなったことと次回予告のまうまう分が当社比1/3になったことであるというのは衆目の一致するところではないでしょうか。ないですかそうですか。
 ここで白スクより赤スクのほうがマニアックだとか個人的には旧スク派とか議論する気はないのですが、意外に男子の水(以下削除)
 それにしても、BPSがネットニュースを見ていて「大変だなぁ」とつぶやくのと、依頼を持ちかけられて「それは大変」とつぶやくのが同じテンションだというのはなかなか見逃せないところです。おそらくディープなネットユーザの大半にとっても同じでしょうが、あらゆる情報が本質的に等価かつネタ化しており、それらがおしなべて自分とは無関係の位相で語られるというのが現代のひとつの特質。それが、勘違いとはいえ目前の事態にあくまで深刻に悩みつつ「見なかったことにしよ〜」という秋月(たち)の態度と対照的に並べられているのはおそらく意図的なものでしょう。どうも再放送でじっくり見ると、いろいろ深いメタレヴェルで分析できて楽しい。
 ま、それはそれとして次回はよんちゃん

2004年03月10日(水)

「bps−バトルプログラマーシラセ−」(再)EPISODE 3 危うしのBPS!(KBS京都)感想

 柚木頼子こと、よんちゃん大活躍の回。初回から大好きでした。今回もやっぱり良いですね。
 なんていうか、完全に暗合だと思いますが、握手のシーンが印象に残ります。美紗緒ちゃんと手をつないでるシーンでも、ちゃんとよんちゃんのほうに主導権のある描き方がされていて芸が細かい。やっぱり攻(以下略)
 よんちゃんにとっては、はじめからbps目当てでの来日&転校だったはずで、美紗緒に近づいたのも当然戦略上のもの。でも、あとのシーンで判るとおり、美紗緒ちゃんも本当の友達と認識していたはず。と同時にbpsをめぐる関係上はライヴァルであるわけで、定番ではありますが非常に燃えるシチュエーションなわけです。もうちょっと日常の学校生活を描きこんでほしかった気もしますが、まあ実質5話しかない中での一エピソードなので仕方ないか……。
 第二期(信じてます)も当然活躍を期待。某HAPPYLESSONの委員長程度には(何故)。

2004年03月16日(火)

「bps−バトルプログラマーシラセ−」(再)EPISODE 4 寿引退BPS!(KBS京都)感想

 なかなか、ままならないね……(bps)
 白瀬晃がbpsになるに至った来歴とか、紗英先生を交えた人間関係の糸とか、作品世界の奥行きをもたせるために必要な要素を無理やり詰め込んだ感じの回。学生時代のメガネっ娘紗英先生にちょい萌え。あー、ってことは今はコンタクトなんですね。メガネ女教師にはあまり興味が無いのでどうでも良い(黙れ)。
 ラスト、エレベータから救出されて白瀬に駆け寄る美紗緒ちゃんを見て、紗英先生があっさり引くところ、よく考えると変。つまり、白瀬が美紗緒ちゃんをそういう眼で見ていることに気づいたわけで、それを認めるのは教師としてどうかと(笑)。まあ、こういう生徒への理解が深い教師にありがちな、生徒への支配欲の裏返し的情感が彼女には備わっていないことはたしかなので良いか。

2004年03月23日(火)

「bps−バトルプログラマーシラセ−」(再)EPISODE 5 惑いのBPS!(KBS京都)感想

 お兄ちゃん「でも」女の人の「友達」いるんだ(天野美紗緒)

 野暮なこととは思いつつ、この作品(あるいは同じ動画大陸枠「瓶詰妖精」とか)と「ふたりはプリキュア」とかとの比較を試みるならば。
 後者が、すくなくとも表向きは子供向けアニメを標榜し、その目線を第一に意識して作られているのに対し、前者は明らかに、ひととおりのアニメ視聴歴を経た、年齢層の高い視聴者(ありていにいってしまえば「オタク」)をターゲットにしています。それ故、美紗緒ちゃんのチアガール姿となぎさのラクロスとの間には完全に違う意味が与えられていて、その文脈を理解できない視聴者はおそらくほとんどいないでしょう。この意味で瓶詰妖精は「偽装アニメ」だったわけですが(bpsはそもそも偽装すらしていない)、それでも私が、あるいは少なくない数のアニメファンがこれらのアニメを支持するのは何故か。以前私は「萌えられりゃなんでもいい」と、いくぶん韜晦ぎみな発言をしましたが、それだけではもちろんありません。このような、極めてコード多用型の、制作者側の狙いが明白な作品でも、それ故に、そういうリングの閉じた世界の中で共通認識が成立していることに、通の眼というか、心意気を感じてしまうのです。
 安っぽい連帯意識、あるいは「こんなマニアックなネタ判るオレってどうよ?」的な倒錯した特権階級意識。けっして発散しない内向きのベクトル。それらを嫌悪する気持ちもいくぶんありつつ、けっきょくのところ、はまっている。
 たとえば極めて一部の人間にしか判らないマニアックな志向を秘めつつ、それが一目で判らないほど一般向けに総花的な装飾をほどこしたならば。それはもはや偽装ではありません。実際、そういう例は案外多いかもしれません。
 といいつつ、おそらくそういう方向性はけっして持ちえない、あるいは持ってはいけない作品群もあるわけで、それがひょっとしてこのbpsなのではないか、と思ったりしたわけなのです。それもそれでありなのでは、と思った今日このごろ。
 最終話の具体的な感想。メガネの同級生の顔が面白すぎる。