「オレ、ガキだよ。なにもできない、単なるガキだよ。でも」(レントン)
すごいすごい。どんどん面白くなってきてます。
今回、脚本が大河内一楼ということで、同様に脚本を担当した6話「チャイルドフッド」と対応させられる話ですね。ちなみに「child abuse」は児童虐待という意味なんで、レントンくんに対するホランドの仕打ちも言外に込められているのかなぁという感じです。「substance abuse」だとそのまま薬物乱用ですけどね。まっさきにアネモネさんのことを思い出してしまったのは言うまでもない。
意固地になり、ハップに「自分が大人だと言い張るのは、ガキな証拠だ」と言われるホランド。自分がガキであることを自覚するレントン。そのふたりの間に立つエウレカの子供たちの、ホランドの言葉を純粋に信じてエウレカが大丈夫だと確信する姿が泣かせます。最初は好きになれないキャラ造形だったけど、だんだん好きになってきました。とくにこの女の子かわいいなぁ(他意はない)。
睨み合うレントンとホランドですが、ふたりとも本当に瞳に映ってるのは同じエウレカという存在だという構図が実に巧いですね。しかも、その意味が微妙にずれている模様。「私だけを見つめてー」なタルホさんが言う、「相手は世界」という意味やいかに。別に、エウレカがなんかの競技の世界チャンピオンとかいう意味ではありませんよね(つまらんボケをするな)。
ボダラクからの危険な依頼。昔取ったキツネ科とばかりにひとりで出動するホランド。いくらゲッコーといえど、Firefoxも旧バージョンはいろいろセキュリティホールが確認されてるからこまめにアップデートをという警句でした(同じネタも五度以上続ければ持ちネタと化す)。
救出を依頼された冤罪者。他の受刑者たちが「信じるものこそ救われない」と揶揄しているように、この世界では宗教的なものがきわめて低く見られているようです。そういえば、コンパクドライブをかざして祈る行為が「絶望病」と名づけられてもいましたね。祈ること、何かを信じることは自分をからっぽにして実体のないものにすがることなのか? いっぽうで対比される、レントンやホランド、そして回想の中のエウレカのセリフにある「信じること」。このへんの掘り下げも今後に期待しておきます。
絶体絶命のホランドの前に、颯爽と現れるニルバーシュtype ZERO。このシーンも6話を彷彿とさせます。しかし、これまた、あのときとは違った意味でレントンの「子供っぽさ」を強調する結果に。無邪気なまでの残酷さの発露。そしてついに、自分がしたことの意味を悟るレントン。ううむ、やっぱシリーズ構成が実に巧み。
あれ、次回予告がないよ? 涼宮ハルヒにとられた? そういえばこいつも世界(アニメ化するらしいからネタばれはやめよう)。
投稿者plateau: 2005年09月04日 16:52 [交響詩篇エウレカセブン]