「なぎささんてすごいんですねぇ」(九条ひかり)
いいなぁ〜、今回は素晴らしい。久々に言いましょう。「これこれ〜、こういうのが観たかったんだよぅ〜」
今さらながら、「ふたりはプリキュアMaxHeart」という作品には、ふたつの視点があって。ひとつは無印から引き続いた「美墨なぎさ」と「雪城ほのか」という、正反対のふたりが、ともにプリキュアとして闘う、というもの。もうひとつは、「九条ひかり」という少女の成長物語。これはもちろん、シリーズ続編という性格上生み出されたもので、視聴者は大方ひかりの視点に寄り添うように意図されて物語が作られています(かくいう私もそのひとり)。今回は、この両方の側面にとって、非常に実りの多い話だったと思います。
まずは、なぎほの視点(とはいいつつ、実際には最初のうちは、ひかり視点からしか描かれ得ないのですが)。ひかりに声をかける同級生・多幡奈緒@菊池こころと加賀山美羽@水沢史絵。この娘たち、3話に出てきたふたりですかね。そうだと仮定して、ふたたびなぎほのへの憧れを口にするふたり。あまつさえ、ふたりのモノマネを披露(なぎさ本人を目の前にしてすら)。「なんてねなんてねなんてね〜」ダンスですか(笑)。しかも加賀山美羽のほうは、ほのかばりのバスケうんちくまでストックして、なぎさに「あんたたち、何者?」と言わしめています。きっと奈緒のほうがバスケが得意だから、いざというときのために用意してたんでしょうね。っていうか奈緒の口から支倉の名前が出てきたのには笑った。
閑話休題。主人公たちに憧れる偽物という構図は、無印14話でも出てきたもので、時期的にもほぼ今回と対応を見せているのは偶然ではなく必然でしょうが、ここで重要な相違点に気がつきます。それは、無印での夏子&京子が、変身後のプリキュアを見てマネをしたのに対し、MaxHeartの奈緒&美羽は普段からのなぎさとほのかに憧れを抱いている、という点です。これは日常のままでも、なぎさとほのかは既にスーパーヒロイン(3話では「スーパースター」とも評されてました)であることを、他者の視点から追認していることになります。それは彼女たちのキャラ造形にも表れていて、個々人の個性の違いの描写が薄かった夏子&京子に比べ、なぎさ・ほのかにそれぞれ対応するかのように、スポーツが得意な奈緒と苦手な美羽というふたりの違いもよりはっきり描かれています。
もちろん、このようなプリキュアという判りやすいスター性に依存しない、生身の人間に対する憧憬は同級生という関係性では不可能で、先輩という、微妙な距離感を持った視点からのみ達成できるもの。美羽が「雪城ほのかと話してる」と心の中でつぶやくように、「先輩」とか「さん」をつけないのもその表れ。我々がしばしば芸能人や声優を呼び捨てで呼ぶような距離感がそこにはあります(そもそも、この感想の中でも基本的にキャラは呼び捨てですね。でも、ひかりはしばしば「ひかりちゃん」と表記していて、そこにも筆者の視点の違いが見受けられるようにも思います)。それが会話を続けるに従い、よりふたりの素晴らしさを見せつけられつつも、その距離感が縮まっていく。即興バスケチームに対する、ほのかの的確なアドバイス。「仲間を信じて、自分を信じて」で一気に空気が変わる。「手をつなぐ」というモチーフもさりげなく出されていて、極上の演出(EDを見てみたら西尾大介SDの名前もクレジットされてますね)。私としては、よっぽど11話よりも成功してると思います。あれが今回の布石だったという可能性もありますが。
そして、忘れてはいけないひかり視点(なぎほの視点に文字数を費やしすぎた)。そんな憧れの先輩が、実は知り合い(サブタイトルを踏襲すると親友)だったというのは、それだけでひとつのステータスになります。なぎさとほのか、あるいはアカネさんという「縦の関係性」とは別個の、同級生の友達という「横の関係性」に踏み込むのは、ひかりの「あくまで普通の人間」としての成長を鑑みると、むしろ遅すぎたくらいです。とはいえ、無印でもなぎさ・ほのかが部活の仲間以外の1年桜組のクラスメイトと交流を深めるシーンが出てくるは意外に遅くて、それこそ夏子&京子が「にせプリキュア」という属性を外して再登場した二期から本格化するんで、それほど致命的でもないでしょう。
そして、なぎほのとのつながりを強調するだけではなく、ひかり自身の成長もしっかり描いている。バスケ(3on3)でも最後の最後にひかりちゃん活躍。個人的にはあわあわしてたり、「それ貸してください〜」とかいってるほうが萌えるのですが(やかましいわい)、見事ロングシュートを決めてくれました。で、奈緒、美羽と手を握りあって喜ぶ。私も学校の授業くらいでしかバスケ経験はないですが、たしかに未経験者や運動音痴でもシュートはまぐれにしろけっこう入ったりするもんなんで、題材選びが良かったということでしょうね。ま、スポーツをするのがピュアな心かどうかはともかく(偏見です)、こういうのが仲間との絆を深めあうというのは間違いなく。お、ちなみに今回はピュアンのCVが出てますね。小松里歌さん。
で、ここに至るまで今回、まったく闇の描写がありませんでした。まさか、このまま何事もなく終わるんじゃ……? なんて期待をしてしまいましたが(期待なのかよ)、当然ながらセオリーは外さず。それでも、ままあったように「余計なもの(-1)」という印象は受けず、ぴったりとテーマに寄り添う流れになっていたのは見事。
「奇跡など存在しない、あるのは必然闇の支配だけ」という声に合わせ暗雲が立ちこめ、意識を失う奈緒&美羽。夏子&京子とは違い、このふたりが最後まで「変身後」を見ることはない、というのも今回のテーマに合致しますね。サーキュラスにハーティエルのことを訊かれ「なぎさ焦りすぎ!」なのはご愛敬。メポミポが名前を呼ぶだけで変身するなぎほの、既に息はバッチリです。って変身シーン早! 30秒くらいしかかかってませんよ。
さあ、そしてここからですよ。先週の感想を受けて、かのdokoikoさんにWeb拍手でコメントをいただき、そこから私が妄想したのは、「プリキュアが変身して、ひかりがまだそのまま、という時点は、DMZみたいなものかもしれません」というもの。あ、ちなみにdokoikoさんには判らないはずがないと思って補足しませんでしたが、DMZというのは「DeMilitarized Zone」、非武装地帯の略で、コンピュータ用語では内部ネットワークのうち、ファイアウォールを介して一部だけインターネット上に公開される部分のことを言います(と、私も専門ではないんでこの説明が不適切だったらごめんなさい)。内部ネットワークとはこの場合、「虹の園」の日常そのもの。インターネットの世界は、「大きな物語」を連想させる闇の論理(インターネットの「闇」とかいうマスコミ的常套句とは切り離して、あくまで喩えとしてご理解ください)。DMZとは、虹の園の姿のまま、虹の園の論理でもって、闇に対峙する空間です。キュアブラックとキュアホワイトの場合は、最初の頃はともかく最近は明らかに「なぎさ・ほのか」としての自我を保った物言いを出来るようになりましたが、本質がクイーンであるシャイニールミナスにはそれは無理かもしれません(事実、今回でもシャイニールミナスになったあとの彼女の口ぶり「彼女らは無力ではありません」は女子中学生のそれとは乖離していて、クイーンを思わせる)。だからこそ、この時点での、普通の中学生としてのひかりの「虹の園がなくなるなんて嫌です」という意思表明が重要な意味を持ってきます。そして、先週の疑問にもここで答えが出されました。ここに来て明確に、ひかりは自分の意志で変身をしています。
変身するやいなや襲いくるサーキュラス。と、バリア発動!? レイジングハートが守ってくれた?(なのはネタはやめい) と思ったら、プリキュアが身を挺して防いでいた、というのはまたも面白い演出。そしてエキストリーム・ルミナリオで撃退! って、今回めちゃめちゃ戦闘シーンの展開が早かったですね。日常パートの尺をなるべく長くしたかったからでしょうが(そういえばCM前後のつながりもいつもと違ってたし、直前になって構成に手が加わってたのかも)、その分非常に密度が濃くて楽しめました。
そして翌朝。うわーい、EDのシーンですね! OPともども、こうやって本編に出てくるのは嬉しくなります(心地良い既視感)。なぎさのパンのお使いもしっかり効いてて素晴らしい。と、奈緒&美羽が駆け寄ってきてなぎさに挨拶。美羽が一瞬でもほのかのほうを向いてくれたら平仄が合って良かったと思いますが、まあいいでしょう。そして遅れてひかり。「奈緒ー、美羽ー、待ってー」って、きゃー、この上名前呼びシチュエーションまで発動しますか! 最高です。
ということで、あらためて大満足の回でした。まあ、こうなるとどうしてもシリーズの最後で、「ひかりであること」と「クイーンであること」の折り合いをどうつけるのかが気になってしまいますが、「今その話はしたくない!」の精神で、今のところは楽しみましょう。
投稿者plateau: 2005年05月15日 21:08 [2005年4-6月アニメ感想] [ふたりはプリキュアMaxHeart]