2005年05月22日(日)

「交響詩篇エウレカセブン」第06話 チャイルドフッド(MBS毎日放送)感想

「親は、子供を叱らなくちゃいけない。それが躾なんだって」(エウレカ)

 今回はやられたー。前半15分の溜めが後半ですべて結実する、まさに大河内一楼脚本の真骨頂だったと思います(幸いなことに、私にとっての大河内一楼の印象は「プラネテス」どまりなので)。

 今回のテーマはサブタイトル通り「子供」。冒頭から、エウレカの三人の子供たちにいたずらをされるレントン。生意気で、かわいくなくて、「幻想性」を取り去った子供の本質ってこんなものですよね(もちろん、アニメならではの「幻想性」はBパートでしっかり復権されるのですが)。それにしても、朝っぱらから「ぱお〜ん」な演出には思わず笑った。
 エウレカの子供だから、という理由で叱れないレントン。しかし、エウレカも子供たちの所行を薄々は気づいているようで、「私は、ちゃんと母親をやれてるかな」と不安を口に出す。そうだよね〜、子育てって大変だよね〜。シッターペットのワンニャーもいないしねー(や、だって「だぁ!だぁ!だぁ!」ネタを振ってくれといわんばかりの構えだったし)。
 レントンはどう育てられたかを尋ねるエウレカ。ここでレントンの「姉さん」が活きてくるのですね! ってサーストン祖父@青野武は無視ですか(そのころは別々に暮らしてたのかな?)。
 で、軍基地付近を移動中に、コンパク・インターフェアレンサを停止させてしまう子供たち。「止まっちゃだめじゃない、動いてたんだから」というツッコミがちょっとかわいかった。
 上ふたりはホランドに正直に言おうとするが、泣きじゃくって駄々をこねる、一番下の子。ああー無責任だなぁと一瞬思わされますが、そのあとのレントンのカットバックで、シーンに込められた意味が綺麗に反転します。それは自分の保身でありつつ、愛しい人が自分から離れるのを防ごうとする、子供ならではの幼稚な愛情表現。
 さあ、そしてここからです。時刻表示にしてちょうど7時15分。この事態を受けての、レントンの決断。普通ならばここで、レントンが「大人」に見えるように演出するのでしょうが、そうではなく、あくまで「子供」としての行動に終始させているのが最大の評価点です。
 子供たちとともに、ニルバーシュに乗り込むレントン。どうでもいいけど、GEKKO STATEもこういうロボットアニメの例に漏れず、勝手に出動できるようになっちゃってるのですね。そして軍基地にワックスで落書きをする。前半でさりげなく出てきた小道具を使ってくれるのはやっぱり気持ちがいい。軍の司令官が「なんだこれは」といいつつも冷静に行動を分析してるのが面白かった。これも「子供と大人の対立」ではあるんですけど、一瞬とはいえ子供の論理が勝ってしまうところに面白さがありますね。
 そうはいっても、子供の限界を見せるところもこのアニメらしいところで。窮地に追い込まれたニルバーシュの前に、颯爽と現れたエウレカ。ああ、そういえば今回もけっきょく実年齢は明かされませんでしたし、レントンと同年代に見えて彼女は確実に一種の「大人」として描かれてますね。操縦席から追い出されるレントン哀れ。「しっかり押さえててね」「はい、死んでも離しません。離したくありません〜」ってとこだけは子供以上な反応ですけど。そりゃまあ生えてなくても(以下略)。
 で、レントンに課せられた懲罰。「叱ってくれる大人がいなかったレントンに、大人として罰を与えなければいけない」と言うホランドも立派。って、やっぱサーストン祖父は無視か〜。
 子供たちのことをかばったレントンに「大人だから? 男だから?」と問うエウレカ。その答は「レントン・サーストンだから」。まあカッコつけなんでしょうけど、以前のように「何かいい言い方があると判っていても、答えられなかった」という状況からは前進して、子供であっても成長をしている、というのが判ります。で、子供たちも自ら進んで罰を受ける。ってエウレカもか! ここ、観てるこっちとレントンの意識がぴったり重なって心地良かったです。エウレカの理由は「母親だから」。

 つーかもう、この作品まで生見しなきゃいかんのかなぁ(笑)。

投稿者plateau: 2005年05月22日 11:40 [2005年4-6月アニメ感想] [交響詩篇エウレカセブン]