読者にとって、ある一人の作家との最初の出逢いは、一生に一度、たった一冊の本に限られる。まさに一期一会、それは実際の人との出逢いと同じーーあるいは、それ以上にーー貴重なもの。それが幸運なものであれば、またその作家の本を読みたいと思い、あるいはさらなる感動を得られることになるだろう。だが、一度出逢った後の作家の作品は、たとえそれがどれだけ素晴らしいものであれ、「この作家が書いたのだから」という、ある種の色眼鏡を持って読まれることを避けられない。本当の意味で、まっさらな状態「タブラ・ラサ」で作品を捉えられるのは、それゆえ、ひとりの作家につき一度きりなのかもしれないーー。
そして、今日もまた。
私にとって、一人の作家との出逢いがあった。
幸運なことに、それは、一生のうちでも数度もないほどの「良き出逢い」であった。
伊坂幸太郎「重力ピエロ」。
この作家の名前、この作品の名前が、今日この日から、私にとって特別なものとなった。
ーーということでもう文句のつけようもない素晴らしい作品でした。
「私」にとって大切で特別な弟。彼ら「最高の兄弟」をめぐり巻き起こる事件。
初読でここまで惹き込まれたのは、森博嗣先生、西尾維新、滝本竜彦氏以来。これらのお三方のときもそうでしたが、私が小説を読むとき評価の最大の基準になる「文体」が非常に私の趣味にマッチしています。流麗で適度に現代風、しかも精緻で完成されている。なにげない一文一文が(地の文、会話文問わず)丁寧で独特。もう思わず引用したくなる名台詞ばかりなのですが、これはネタばれとかそういう以前に実際に作品の中で味わわないといけないような気がするので、ひとつだけで我慢。
「これは神様の在り方としては、なかなか正しい」(69ページ)
何気なくも絶妙に素晴らしい。
また、これは作品の中身に関係ないじゃないかと思われるかもしれませんが、私にとってはけっこう重要な要素が、装丁とタイトル。もちろん作家ひとりだけで決まるわけではないものですが、なんというか、出版社全体としての気合の入り方が表れているような気がして見逃せない。これらの点もこの作品は満点。タイトルでは森先生が一番抜群のセンスだと思っていましたが、伊坂幸太郎氏も(この作品に限らず)素晴らしいと思います。この作品を選んだのも、「重力ピエロ」というタイトルの妙に、以前から気になっていたのです。櫃内様刻じゃないですが、タイトルのセンスはやはり文章の巧さの必要条件(NOT十分条件)。
装丁も鈴木成一デザイン室や京極夏彦withFiscoにも引けをとらない新潮社装丁室。ところで○○賞(候補)作界隈の装丁は個人的に気に入らない気がしないでもない(言葉を濁すな)。
ということで、これからも伊坂幸太郎氏、大注目。
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