「傷つくことを恐れ、前に進むことを止めるわけにはいきません。私はーー立橋院高校生徒会長なのですから」(律子・キューベル・ケッテンクラート)
やっぱり出ました第二弾。1巻の感想はこちら。
ううむ、ここまで来ると単なる冗談を通り越して、普通に楽しくなってまいりました。やはり、横手美智子という名だたる脚本家の手になるものだけあって、構成が非常に巧みで効果的です。
作劇の基本として、あるキャラを魅力的に描こうとする際には、そのキャラ自身の視点で物語を始めてはいけないのですね。これはある意味当然のことなんですが、「自分はこれこれこういう人間で、こういう長所があって……」なんて、説明的な文章を入れても、読者にそれが実感できるわけがない。そうではなくて、まずはその人物の周辺に位置するキャラの視点から、その人にまつわる想い出、感情を描いていくことで、その輪郭を作り出していく、というのがセオリーです。
で、この作品でもしっかりそれに則った作りになっています。その対象となるのは当然のごとく「かいちょー」こと律子・キューベル・ケッテンクラートその人。なればこそ、最初(四籤目と五籤目の冒頭)は如月香澄(副会長)やリサ・ハンビー(会計)の視点で物語を紡いでいく。それから、おもむろに会長視点を導入しつつ、なおその心の機微の描写は物語進行のための必要最小限に留めることによって、その「神性」を保持することに成功している。かくして会長萌え、一丁上がり。
で、それを考えても、どうにも最後の「七籤目」が異質というか。秋山時乃視点でべらべらとその不可解な感情を語られてしまうので、彼女に感情移入することも、逆に萌えることもできません。話自体も、会長メインの文化祭エピソードは四〜六籤目でほぼ完結してますから、この話をあえて2巻にいっしょに入れたというのはなにがしかの意図があるはずです(六籤目まででは厚さが足りない、ということもないはず)。これはひょっとして、「げんしけん」の作中で「時乃はくじアンのヒロインらしくない」と言われていることを意識したギャグなんでしょうか? 言わばアンチヒロインとして描き出して、読者に「千尋には時乃よりも律子とくっついてほしい」と思わせる趣向とか。それこそ、スクランで天満×烏丸を認めない方々の心境に近いような(笑)。
しかし、こうなってくると、あとはどうやって話を収束させるかにも興味が湧いてきますな……。何巻くらい続ける気だろ。
投稿者plateau: 2005年03月25日 20:27 [本]