2005年03月24日(木)

清涼院流水「とくまつ」(徳間デュアル文庫)感想

清涼院流水_とくまつ<60近くある遺体に、雪が積もっていく……世の無常を感じる光景だった>

 Web拍手で「ミステリの感想を読みたい」とのコメントをいただいたので早急に……といっても、流水大説をミステリとして認めるかどうかの問題が残っているのですが(おい)。ちゃんとしたミステリもすぐ読みますので(ちゃんとした言うな)。

 いやもう、この作品をオビで「館ミステリー」なんて銘打つこと自体、ほとんど悪い冗談のような気もするんですが。まあ、その上にでかでかと「1,000人瞬殺!」(しかも、エクスクラメーションマークの丸はスマイルマーク)と書いてあるから、よもやまともな館もの本格を期待する読者はおらんでしょう。
 で本編ですが……。うむ〜、あとがきのほうが数段面白いのはどうしたものか(笑)。形式とかキャラクタが、前作「とくまでやる」を完璧に受け継いだものになっているせいで、縛りが多すぎて、作品世界に没入できなくなっているきらいはありますね。
 一応、どうやって簡単に1000人もの人間を次々に殺せるのか、という謎と呼べるものはあるんですけど、ミステリ的カタルシスの得られる構造にはあまりなっていません。というか、これもおそらく意図的なものでしょう。
注:以下、ある意味トリック自体を明かす以上にものすごーくネタばれです。

 主人公・出有特馬(であるとくま)は謎を「解くまでやる」、というのが前作で示されたアイデンティティ。しかし、今作ではタイトルにも示されているとおり、「解けるのを待つ」のに徹してしまっている。謎というのは必ずしも名探偵によって解かれるものではない、というのは「カーニバル」あたりでも現出していた流水大説の思想なのですが、やはりここでもそれが現れているわけですね。
 曰く、普通のミステリはトリックが明かされると、「なーんだ」とガッカリする。良いミステリは「なるほど!」と納得する。良くも悪くも歴史に残るミステリは「そんなバカな!」と怒り出す(人もいる)。
 であるならば、流水大説のミステリは、トリックが明かされても、「なんのこっちゃ?」と読者が見捨てられた気分になる。これぞ「見捨理」の神髄(ちなみに、これは私が勝手に考えたんじゃなくって、流水大説に実際に出てくる表記)。
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投稿者plateau: 2005年03月24日 21:59 []