2005年01月13日(木)

「プラネテス」Phase 24 愛(NHK教育)感想

「愛が……愛さえあれば……」(タナベ)

 ええーー!! ちょっとー! なんちゅうとこで切るんですかー。先が気になって感想なんか書いてる場合じゃありませんよ。

 ……といいつつ、感想系としては書かざるを得ないわけなのですが。こういうときは下手に感情を交えず、理論的考察で攻めるのが吉かと。
 今回の構成上の最大の特徴は、徹底的に「ドラマティック」な展開を排除しているということ。普通のドラマツルギーをメタ読みすれば、ハチマキがハキムを撃とうとするところにタナベが入ってくるだろう、フォン・ブラウン号の墜落を阻止するためにTOY-BOXやチェンシンの貨物船が活躍するだろう、クレアを抱えたタナベが有人基地まで到着できるだろう、そういう展開が見え透いてくるような伏線を張っておきながら、それらはすべて実現しない。この作品の前半の展開も、まさにこのためにあったといっていいかもしれません。直接的な回想シーンのみならず、セリフにシーンに、大量にこれまでの話をフラッシュバックさせる仕掛けが施されています。非常に判りやすい形でのカタルシスを果たしてきた名作回の数々、その延長線上にあるはずの物語が、ここまで冷徹な「リアルさ」に呑みこまれてしまう。まさに残酷な神が支配する世界(違)。
 この作品で、世界と個人との向き合い方がどのように描かれるかということを前々から気にしていましたが、そんなわけで、両者はついに交わることがありませんでした。連合は宇宙防衛戦線の要求通り議長案を廃案にし、フォン・ブラウン号の墜落は回避されます。まさにロックスミスの言う通り「我々の知らないところではじまり、我々の知らないところで終わった」戦争。考えてみれば当然のこと、テニスラケットでパチンコ玉をはじき返そうとすることが困難なように、はじめからスケールの違う話な訳です。どれだけ従来の作品がそれを無視して物語を紡いできたかということを思い知らされました。もちろん、それはそれで価値がないわけではないのですが(ご都合主義から生まれる世界もまたひとつの世界)、けっしてそれが物語に不可欠ではないことを知らしめたのが、この「プラネテス」の功績であると思います。

 ストーリィの主眼となるハチマキ、そしてタナべの行動を見てみましょう。見た目の比重ではBパートのタナベのほうが大きいですが、それとまったく同じ構図がAパートのハチマキにおいて現れている以上、(たとえ出逢うことは出来なくとも)ふたりは同じ一線に立っていることになるでしょう。
 彼らの与り知らぬところで終わった宇宙防衛戦線との闘い。しかし、それと同時に、タナベとハチマキは、それぞれにその宇宙防衛戦線のテロリストと堕した人物と関わります。待ち望んでいたハキムとの再会を果たすハチマキ。自分はテロリストだと唐突にクレアからの告白を受けるタナベ。
 己の信条を否定され、それに反発する彼ら。宇宙に魅入られたハチマキは、「身の丈を知れ」と、かつて「もう一人の自分」から言われた言葉を吐かれ激昂。いっぽう、フォン・ブラウン号から脱出し月面に降りたタナベは、「愛があればみんな幸せになる」と言い続けながら、クレアを背負って有人基地を目指す。この、月面に足跡が点々と残っていくシーンは非常に印象的です。OPの一シーン、歴史上のアームストロング船長の一歩のような、未来への希望にあふれるイメージをずっと抱いてきただけに、余計に衝撃は大きいです。
 その果てにハチマキ、そしてタナベを待ち受けていたのは「自分の保身のため、相手の命を奪う」という行為。ハキムに銃を突きつけるハチマキ。酸素が足りなくなり、クレアの酸素ボンベに手を伸ばすタナベ。もちろん、現行法上に照らして、正当防衛/緊急避難が適用される状況ではあります。しかし、それが人にとってもっとも重い決断であるからこそ、あえてそうやって法律的な例外が作られているともいえるわけで。

 ……というところで切られるわけなのです。次回予告は(相変わらず信用できませんが)ハチマキの弟・九太郎がだいぶ成長してるようですし、かなり先の後日譚でしょうか。風力発電らしき風車が回っているのも気になりますね。核融合発電にしたって月資源を当てにしている、という描写があったんで、今回のテロによって宇宙開発が後退してしまった、というのはちょっと嫌だなぁ。ドラマティックな展開を排したとはいっても、やはり最後は大団円的に終わってほしいような気もします。
 ともかく、あと二週、どんなことがあっても見逃せません。

投稿者plateau: 2005年01月13日 02:22 [2005年1-3月アニメ感想] [プラネテス(殿堂入り)]