2004年01月02日(金)
平成15年(2003年)の小説ベスト10
さて、昨年私が読んだ小説の中で面白かった本をちょっと紹介しましょう。
新刊(平成15年中に発行された本:文庫落ちは除く)に限ります。
10位:森見登美彦『太陽の塔』(新潮社) [amazon]
膨らみきった妄想が京都の街を駆け抜ける。年末に発行された第15回ファンタジーノベル大賞受賞作。
なんか、ほとんど一部の人にしか判らないようなマニアックでローカルな描写が続出ですが、それが大きな魅力。
9位:西尾維新『きみとぼくの壊れた世界』(講談社ノベルス) [bk1] [amazon]
「きみとぼく」本格のすべてを凝縮した一冊。さすがこの人は素晴らしい。私と完璧に同世代であり、ミステリィや他のあらゆるエンタテインメントを浴びて育ったからこそ描ける、感じあえる物語。
ラストが凄すぎる。
8位:おかゆまさき『撲殺天使ドクロちゃん』(電撃文庫) [bk1] [amazon]
ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜。
机の引き出しから飛び出してきた可愛い天使は、今日も僕を撲殺します。
説明不要。っていうか無理。続編もあります。ついてこれる人はどうぞ。
7位:京極夏彦『陰摩羅鬼の瑕』(講談社ノベルス) [bk1] [amazon]
妖怪シリーズ最新刊。伯爵に嫁いだものは皆、初夜になくなるーー。
相変わらずの厚さと、いつもながらの長広舌と、あきれるくらいの大胆なネタと、そして切ない人の末路。
胸に残るは一言「凄い!」
6位:谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』(角川スニーカー文庫) [bk1] [amazon]
第8回スニーカー大賞受賞作。「俺」が高校に入って出会った同級生、涼宮ハルヒは性格以外のすべてが完璧な女。そう、性格以外は。何故かハルヒに振り回された俺は、「SOS団」なる謎の組織に無理やり入らされた。集められた奇矯なメンバ。そして非日常の扉が開く。
その後もひたすらハイスピードで執筆を続ける、ライトノベル、ファンタジィ&SF、そしてミステリィの今後を担うのではと個人的に注目している作家です。
5位:森博嗣『虚空の逆マトリクス』(講談社ノベルス) [bk1] [amazon]
現在私が「先生」と呼ぶ作家は森先生だけです。
「四季」シリーズ連作も継続中ですが、意外に見落とされがちな短篇集。毎回ミステリィの枠を飛び越えた珠玉揃いです。
イチ押しは「ゲームの国(リリおばさんの事件簿1)」。
4位:浦賀和宏『透明人間』(講談社ノベルス) [bk1] [amazon]
もっとも「メフィスト賞作家らしい」とも評される浦賀氏。デビューが早かったせいか、最近のいわゆる「ゼロ年代の波」の論評から漏れがちですが、やはりこの方の才能は突出しています。
各作品を越えた連鎖が特殊な世界を形成する「安藤君シリーズ」最新作にして、シリーズ過去作とはまた違った味わいを感じる傑作。
3位:滝本竜彦『超人計画』(角川書店) [bk1] [amazon]
これは小説ではなく、エッセイである。しかし、凡百の小説より痛快だ。著者自らが、引きこもりからの脱却を目指すべく、脳内彼女・レイとともに超人ロードを歩む。
個人的に、もっともっと売れてほしい作家。
2位:西尾維新『ヒトクイマジカル』(講談社ノベルス) [bk1] [amazon]
戯言シリーズ最新作。「死なない研究」のモニタに誘われた戯言遣い・いーちゃん(いっきー)。姫ちゃんをつれて彼は研究所へ。そこで彼らを待ち受ける運命とは。
リバーシブル表紙に包まれた、その中身100%すべてが最高にして最上。
1位:森博嗣『ZOKU』(光文社) [bk1] [amazon]
世界に暗躍する謎の悪戯組織「ZOKU」、それに対する「TAI」。複雑に入りくんだ現代社会に鋭いメスを入れ、さまざまな謎や疑問を徹底的に究明する。著者ならではの視点が楽しい、アンチっぷり炸裂な極上エンタテインメント。
とりあえず永良野乃萌え〜とか言ってみるテスト。
以上です。基本的にハードカバーをあまり読まないこともあり、非常に偏った、嗜好&指向のよくわかる作品群となっております。
2004年01月04日(日)
年末年始に読んだ本まとめ
ここでは、年末年始に読んだ本で面白かったものの感想をまとめてみます。
すっかり安定感の出てきたシリーズ。今回は短篇集。
ラストの「孤島症候群」は新本格ミステリィの一群に加えても良いくらいの作品。ネタがなかなかにマニアック。ラストでもうすこしひっくり返してほしかったところですが、まあ良いか。
しかしハルヒのキャラ造形は毎回好きだなぁ。 いとうのいぢさんのイラストも素敵だし。第1話ではもうすこし(以下略)
第二回SD文庫新人賞最終候補作。
なかなか面白かったです。微妙にマニアックなネタが入ってたりして(それ以外のなにかとか)。坂崎嘉穂の「思われ」は後半設定を忘れたのか、直されたのか、全然出てこなかったけれど。
そんな皮相的なことだけでなく、魔法とコンピュータという設定をなかなかうまく料理していたと思います。
装丁があまりに見事で、思わず買ってしまった作品。なんか、はやみねさん最近やたら本出してますね。
そして中身も素晴らしい。 貧乏大学生の「荘もの」というジャンルを捏造してしまいたくなるほど、こういう設定は好き。マンガでも即座に10作品くらい挙げられますが……。
主人公の井上快人、タイトルの「先輩」をさしおいて表紙アップの春奈(主人公の幼なじみ)も素敵。
オカルトじみた事件に、論理的決着をつける連作短篇集。テンポの良い筆運びの中に、各キャラクタの立ち位置、心境が見事にすくい上げられています。逸品なのは、この作者にしては珍しく悪意の存在を明確に描きあげた「第二話 地縛霊」。
昨年末の各種ミステリランキングで評価が高かった『葉桜の季節に君を思うということ』はまだ未読なんですが。
……凄い。この人の作品は(私が読んだ限り)どれも非常に凝っている。しかもそれを一瞥して感じさせないくらい洗練されている。「ROMMY」という人気歌手にまつわる殺人事件を追ったストーリィはスピーディで心地良い。しかもラストで驚愕。めちゃくちゃ「本格」です。毎回、感想を書きにくい作品群だなぁと思います。
2004年01月14日(水)
トリビアの泉と唐沢俊一「トンデモ一行知識の逆襲」
12日に書いたとおり、唐沢さんの『トンデモ一行知識の逆襲 』という本を購入しました。ひととおり読んだので、その感想をまとめつつ、補足を。
読めば判ることですが、この本とその正編である『トンデモ一行知識の世界 』(ともにちくま文庫/単行本は大和書房)こそが、フジテレビ系「トリビアの泉」の元本です。もともと唐沢さんは知っていても何の役にも立たない短い知識を「一行知識」と総称して、その普及に努めていました。それがテレビ向けにプレゼンテーションされたのが「トリビアの泉」である、という認識でたぶんよいと思います。番組の最後には唐沢さんの名前がスーパバイザとしてテロップされています。
(30分時代、はじめて観たときに名前を見つけたときは驚きとともに、番組のマニアックな趣向に思わず納得)
ただ、文庫版あとがきにもあるとおり、トリビアと一行知識の一行知識とトリビアの違いは事実確認があるかどうか。ある意味、嘘でも良いという居直りは唐沢さんらしくて好きです。
今回の文庫版では、あとがきや山田五郎氏の解説などから、トリビアに対する唐沢さんのアンビバレントな想いも垣間見られますが、すでに「トリビア」と「一行知識」はある意味別物として、それぞれの道を歩んでいっている、と考えたほうが良いかもしれません(すくなくとも「脳天気本」と「トンデモ本」くらいは違うと思う)。私はどちらも好きですね。唐沢さんの、過剰なまでにマニアックな語り口も、最近VTRに異様に凝っているトリビアの泉も。すくなくとも、どちらにも「無駄なことをあくまで追求する」という思想が見られるので。巷間溢れかえる類似本・便乗本の大半とは、やはりそこで一線を画すると思います。
それにしても、文中の カルピスウォータの逸話は素晴らしい。この話に出てきたのが噂のお祖母様ですかね。
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2004年01月15日(木)
上遠野浩平「殺竜事件」(講談社ノベルス)感想
いわゆる「事件シリーズ」の一作目。ブギーポップシリーズや、徳間デュアル文庫のシリーズも好きですが、今回このシリーズを初めて読んでみました。
思った以上に面白かったです。魔法が存在する世界での戦地調停士・ED(エド)と、リスカッセ大尉、ヒースロゥ少佐(名前が憶えられませんが)とのやり取りが楽しい。出てくるサブキャラもそれぞれきっちり描かれているのもこの方らしいですね。絶大な力を誇る竜が何故、どうやって殺されたのかという謎を追い求めるミステリィ形式ではありますが、謎解きの道程がそれ以上に魅力的な描写でした。
系譜的な意義で言うと、やはり西尾維新「戯言シリーズ」に影響を与えたとおぼしき作品ですね。
2004年01月18日(日)
清涼院流水「彩紋家事件 前編」(講談社ノベルス)感想
清涼院流水『彩紋家事件 前編 極上マジックサーカス』(講談社ノベルス)ようやく読了。
サーカス公演のところを実際に、ノンストップでじっくり読む時間を確保したかったので、やたら時間がかかりました。
極上の「奇術」が次々に繰りだされる。今回はちゃんと最後にすべて解かれるのでしょうが、シーンを思い描くだけでも楽しい。
しかし。欲張って言えば、まだまだ。まだ私の期待を超えていません(まだ事件が本格的に始まってないから当然といえば当然ですが)。後編『下克上マスターピース』でどんな展開を見せるのか、楽しみ。
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2004年02月04日(水)
北村薫「月の砂漠をさばさばと」(新潮文庫) 感想
北村さんの既文庫化作品はほとんど読んでます。独特のやわらかな文章でつづられる世界が大好きです。
おーなり由子さんの絵とともに語られる、童話風の12章。作家のお母さんとさきちゃんの日常。思わぬところでジャブが飛んできたこともあり(ほっちゃん先生ー!!)、めっちゃ萌えました。
北村さんの作品に萌えるなんて、邪道だと思われるかもしれませんが、私はあえて、これこそ本道だと思うのです。ここにあるのは、いっそストイックなまでの、原始の萌えの世界。(あえて時雨沢恵一氏の言葉を剽窃しますが)世界は美しくなんかないし、子どもだって純真なだけではない。けれど、それゆえに、とても美しい。
それが、けして脆く不安定なままではなく、その先の強さまでも描ききれるところが、北村さんが唯一にして無二なる所以だと思います。そうして体現された世界に、そこに確固として立っているキャラに、萌えを感じるのは、けっして故ないことではないと、私としては思います。
……なんて、自己保身気味の牽強付会理論を繰ってみたところで、単にお前の性癖だと言われればそれまでですが。
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2004年02月11日(水)
西尾維新「零崎双識の人間試験」(講談社ノベルス)感想
ファウストは今日買いにいきます。まずは西尾氏「零崎双識の人間試験」感想を。
無桐伊織は平凡な女子高生、十七歳。だったはずが、ある日突然とんでもない事件に巻き込まれる。否、巻き込まれるといった程度ではない。彼女の存在はまさに事件の中心であり、中核であり、中枢であった。零崎一賊。「殺し名」七名。どうしようもないモノ。自殺志願。死色の真紅。
死、死、死。「死ぬとは、どういうことですか?」「きみはどうやら、『合格』のようだね」「あなたはーー間違っています」「……お兄ちゃん」
彼女にとってひとつの世界が終わり、そしてーー「零崎を、始めよう」
あー相変わらず形容の仕様もないくらい徹底的に絶対的に圧倒的に素晴らしい。ありえないくらいに荒唐無稽で、世界が違って、でもだからこそきわめて現実的。皮相な世相を一掃するくらい、悲愴で颯爽。
また、ウェブ連載時にも唸らされた(うなー)二重三重の罠。それが今回、ノベルスにまとまったことでさらに増幅されています。とくに、加筆部分によって、「戯言シリーズ」正編(とくに「ヒトクイマジカル」)との位置関係が明瞭になり、ぴったり「嵌った」という感じです。そしてこれが、「ネコソギラジカル」にもつながっていき、遠くない大団円に収束していくのでしょう。期待は高まるばかり。
それにしても、西尾氏の女の子キャラ造形は毎回良いですねー。誰かひとり選べないくらいみんな素敵。葵井巫女子(みたいなっ!)、萩原子荻(辞書に替わってお子荻ちゃん)、紫木一姫(ですですよ)、とかとか。でもみんな……うー……うなー。
あ、といっても時宮時計はさすがにダメですよ?(ネタばれかな)
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2004年02月14日(土)
「ファウスト」Vol.2(講談社)感想
ようやくファウスト読了。えーと、「彩紋家事件 後編」がさっぱり読めてないんですが、休み中には読みきりたいところ。とりあえず以下ファウスト感想。
うーんと……言いたいことはいろいろあるんですけど……乙一の作品まともに読んだことないので、判断しかねるところもあるんですが、微妙にメタフィクショナルな意味が不明。
滝本竜彦氏の文章はやっぱり楽しい。地の文も会話も。なんていうか、こう、僕の心のやらかい場所を針でちくちくされるような感じ、と言ったら判るでしょうか(わかんねぇよ)。今回、あからさまともいえるミステリィ的趣向、滝本さんらしく決まってたと思います。
私も西尾氏からのプレゼント欲しいなぁ……(佐藤友哉氏に対する挑発ともとれる感想)。
二話目、三話目のラストの反転が見事。
すっかり舞城王太郎な作品に仕上がってるな……。
っていうか『九十九十九』未読なので(そのうえ近いうちに読むつもりなので)読めません。ちなみにしょうも無い話ですがちょっと前のウェブ日記での話題については明らかに唐沢俊一さんの意見が正しいと思う。
なんか感想不能だけど面白い。ってかセクス・アリス萌え。
これぞ流水大説か。マジオとウゼ美のアニメって……。はまるなぁこの人の文章。
いやぁ、面白いなぁ。どんどん文体が変わっていくのかこの人。続きはどうなるのでしょう。
抜群。もう完璧すぎて言葉も出ない。伏線の張り方から次回への続き方からキャラ造形から最後の一行まで絶妙。
ところでなんか今回、乙一・滝本竜彦「いじめ」、佐藤友哉・西尾維新「誘拐」と、題材が似てるのが並んでいるのはきっと意図的なんでしょうけど、個人的にはどっちも後者のほうが面白い。これも戦略だとしたらかなり恐ろしい太田編集長。
アニメ化してください。
洋楽に興味ない私ですが、上遠野さん的語り口が好き。
いやー楽しい。ダメすぎー。なんか語彙が尽きてきたぞ私。
……なにこれ? 誰? いや、面白いですけど。
リカヴィネかよ! わたおにかよ! この方の洞察は毎度ながら的確。もっとページを増やしてほしいところ。
ファウスト賞応募作リスト&コメントは20日ごろウェブ発表とのこと。
Vol.1に増して凄い。今度単行本を捜してみよう。
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2004年02月22日(日)
清涼院流水「彩紋家事件 後編 下克上マスターピース」(講談社ノベルス)感想
やっと読めました。読もうと思えば時間の確保ぐらいできるので、忙しいなんてのは理由にならないわけですが、つまるところ現状では小説(大説)よりアニメ(やネット)のほうに比重がかかっているということですね。
感想……。いつもながらの大技炸裂ということで、ネタばれをする気はこれっぽっちもありませんし、それについてはあまり言うこともないのですが。作品なんだからー、史実とか現実との齟齬をいっても仕方ないしー。これが講談社じゃなく幻冬舎だったらどうだったろう、とは思いますけどね。
とりあえず、物語としての構成の妙にうならされる(うなー)。ラストのジェットコースタ並の加速度は見事。
あと、細やかな小ネタがちりばめられてあって楽しいですね。有里匠幻って!
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2004年02月26日(木)
トマス・フィンク、ヨン・マオ「ネクタイの数学」(新潮OH!文庫)感想
来月は卒業式とか学会とかがあって、入学式以来ひさびさにスーツを着るので、ネクタイの結び方を憶えないと……ということでGoogle 検索してみたら、「ネクタイの数学」という本がひっかかってきました。いわく、「男性の首まわりに一枚の布を結ぶ方法は、数学の理論上85通りあり、これ以上でもこれ以下でもない」とのこと。なんか面白そうなので買ってみました。
ランダムウォーク理論で漸化式を解いて考えるというのもなかなかにマニアックですが、85種類の結び方を図でひたすら詳説しているのが凄い。さらにその中から13の「美的ノット」を選び出し、その結果が口絵に出てますが、はっきりいってほとんど違いが判らん(笑)。ネクタイの装い方という実用的な話題を突き詰めて、微妙に脳天気本になっている楽しい本。
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2004年03月02日(火)
伊坂幸太郎「重力ピエロ」(新潮社)感想
読者にとって、ある一人の作家との最初の出逢いは、一生に一度、たった一冊の本に限られる。まさに一期一会、それは実際の人との出逢いと同じーーあるいは、それ以上にーー貴重なもの。それが幸運なものであれば、またその作家の本を読みたいと思い、あるいはさらなる感動を得られることになるだろう。だが、一度出逢った後の作家の作品は、たとえそれがどれだけ素晴らしいものであれ、「この作家が書いたのだから」という、ある種の色眼鏡を持って読まれることを避けられない。本当の意味で、まっさらな状態「タブラ・ラサ」で作品を捉えられるのは、それゆえ、ひとりの作家につき一度きりなのかもしれないーー。
そして、今日もまた。
私にとって、一人の作家との出逢いがあった。
幸運なことに、それは、一生のうちでも数度もないほどの「良き出逢い」であった。
伊坂幸太郎「重力ピエロ」。
この作家の名前、この作品の名前が、今日この日から、私にとって特別なものとなった。
ーーということでもう文句のつけようもない素晴らしい作品でした。
「私」にとって大切で特別な弟。彼ら「最高の兄弟」をめぐり巻き起こる事件。
初読でここまで惹き込まれたのは、森博嗣先生、西尾維新、滝本竜彦氏以来。これらのお三方のときもそうでしたが、私が小説を読むとき評価の最大の基準になる「文体」が非常に私の趣味にマッチしています。流麗で適度に現代風、しかも精緻で完成されている。なにげない一文一文が(地の文、会話文問わず)丁寧で独特。もう思わず引用したくなる名台詞ばかりなのですが、これはネタばれとかそういう以前に実際に作品の中で味わわないといけないような気がするので、ひとつだけで我慢。
「これは神様の在り方としては、なかなか正しい」(69ページ)
何気なくも絶妙に素晴らしい。
また、これは作品の中身に関係ないじゃないかと思われるかもしれませんが、私にとってはけっこう重要な要素が、装丁とタイトル。もちろん作家ひとりだけで決まるわけではないものですが、なんというか、出版社全体としての気合の入り方が表れているような気がして見逃せない。これらの点もこの作品は満点。タイトルでは森先生が一番抜群のセンスだと思っていましたが、伊坂幸太郎氏も(この作品に限らず)素晴らしいと思います。この作品を選んだのも、「重力ピエロ」というタイトルの妙に、以前から気になっていたのです。櫃内様刻じゃないですが、タイトルのセンスはやはり文章の巧さの必要条件(NOT十分条件)。
装丁も鈴木成一デザイン室や京極夏彦withFiscoにも引けをとらない新潮社装丁室。ところで○○賞(候補)作界隈の装丁は個人的に気に入らない気がしないでもない(言葉を濁すな)。
ということで、これからも伊坂幸太郎氏、大注目。
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2004年03月03日(水)
渡瀬草一郎「空ノ鐘の響く惑星で」2(電撃文庫)感想
個人的に今月はライトノベル強化月間。やっぱり電撃文庫が一番好きで、今月も買いたいシリーズが二作品ほどあるのですが、入手できるのは来週末ぐらいかな。とりあえず先月のこの作品の感想を。
渡瀬さんは、電撃の中ではいまのところ一番文体の好きな作家(上遠野さんは別格として)。いわゆる正統派現代ファンタジィ系の「パラサイトムーン」が好きで、まあイラストに負けてないなと(はぎやまさかげさんも別の意味で好きだったり)。この「空ノ鐘の響く惑星で」は完全に異世界もので、私としてはまずキャラの名前とかがカタカナだと憶えられないのですが、それでもなかなか素晴らしい。相変わらず、巨きな物語の断章といった感じで一作品だけで完結しないですが、そこはやはり話の流れとしての緩急はしっかりしています。
異世界からの「来訪者」の手による、王と皇太子の突然の死。その後のアルセイフ王国の王位継承をめぐる政局と、裏で暗躍する有象無象の物語。
ヴィジュアル的に映えそうな戦闘シーンをいっさい描かず、個々人の思い描く大局的な戦略を掘り下げていって話を紡いでいく手法は、実は電撃らしくなくて好きな気もします。いや、言えるほど電撃作品読んでないので(50冊ぐらい?)間違った認識かもしれませんが。
キャラ的にはラシアンの立ち位置が好き。策士ーーというのとも違う。「彼は孤高の官僚なのだ」という197ページの一文がすべてを物語っていると思います。中立を装うのは簡単でも、実際の内実を伴わなければ空虚な繰り言に過ぎない。作品世界を離れて一般論としても、理想的な存在。
2004年03月04日(木)
大塚英志「『おたく』の精神史 一九八〇年代論」(講談社現代新書)感想
私の思想的立場というものがもしあるとすれば、それははっきりいって大塚英志さんとはかなり離れていることは間違いないでしょう。戦後民主主義なんて欠片も信じていないですしね。まあ私がまさにこの本で主題となっている一九八〇年代生まれで、この時代の空気を肌で感じるほど自我が確立していなかったということもあるのでしょうが。とはいえ、基本的に本を読むときは、なるべく理解できるところをさがすというスタンスに立っているので、批判しようという気はありません。なればこそ、東浩紀さんのメルマガ「波状言論」も購読すれば、同時に唐沢俊一さんのファンであったりするわけで。
この本は、自己言及もされているとおり、まさに大塚さん自身が感じた「一九八〇年代」という時代、そして以後の日本の歩みに見るその残滓を、極私的立場から語ったもの。だからやはり、いわゆる「ゼロの波」に近い私のような世代にとっては、理解しがたいところもありつつ、それはそれで真実の一部なんだと思います。個々の事例に、歴史的意味を付与しようとする試みは、牽強付会でないかぎり決して無為なものではないと思います。新世紀エヴァンゲリオンのラストの解釈あたりは白眉。
2004年03月07日(日)
森博嗣「四季」(講談社)感想
「四季が駆け抜けた百年間について」というタイトルでも良かったかと言ってみる>即却下。
木曜の夜にbk1で注文して、土曜の朝9時に配達されました。早っ!(さすがに分厚いのでメール便でなく宅急便でした)。
やはり「春」からじっくり読みたいと思ったので、二日間かけて読了。その判断は正しかったと思います。
とにかく、素晴らしい。言語化がままならないほど、戯言の介在する余地もなく、至高にして至高。「秋」までで充分以上に想像(期待)を凌駕していたのに、このうえこう展開するとは……。まさに予想外。
手が届かないところにある存在を、それでも眺望できる、視認できるように語るというのは、まさに超絶技巧。森先生にしか書けえない名作だと思いました。
2004年03月08日(月)
在原竹広「桜色BUMP シンメトリーの獣」(電撃文庫)感想
「新感覚ミステリー」とカバー見返しには銘打たれております。ただし、今までの経験則から、こういう惹句は(とくにライトノベルでは)あまり信用しないほうが良いと思います。お互いのために……。
学園ものとしての導入部の雰囲気はなかなか好き。ラストあたりの処理の仕方も、個々人の思いをちゃんと回収していて良し。あえて言うなら、中盤部が、あくまで「(本格?)ミステリ」として見るならば、という但し書きですが、謎解き主体の本格形式に則っていない側面があって(具体的にはネタばれのため言えませんが)驚きが少ない、というのが弱点。ただ、ためにする議論のような気もするのであまり気にはしません。そうである以上、ミステリ形式からの逸脱も起こりえないわけで。
なにが言いたいのか? いや、単に「四季」を読んだあとだから自分の中で「ミステリィ的なもの」に対する評価基準がおそろしく高くなっているだけです。
ミステリィじゃないと思って読めば……とかいう言い方も、それによって補集合を想定しているわけだから、やはり的外れ。純粋に「面白いか面白くないか」で言えば、確実に面白い。それだけでいい気もします。
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2004年03月13日(土)
斎藤環「戦闘美少女の精神分析」(太田出版)感想
斎藤環にまで手を出してみた。
精神科医としての立場から、オタク、あるいは萌えを論じた本。うーん、まあ、いまいちピンとこないところもあるけど、大筋では的を外してない気がします。
このサイトは「萌えとマンガとミステリィ」をサブタイトルとしてますけど、これまできっちりと「萌えとは何か」を定義してきませんでした。はっきりいってあまり定義する必要もないとは思うのですが、斎藤さんがこの本の53ページあたりで書いていること((福)さんも引用されてましたけど)は、けだし慧眼かと。私なりにそれを消化すれば、「作品、あるいは敷衍して現実に登場するキャラクタ、生物、無生物、シチュエーションなどに一定以上の偏愛の情を注ぐことで、その対象物が本来帰属する物語世界における文脈をいったん切り離した上で、自分なりに構築された意味世界に配置しなおすことで、充足感を得る感情のこと」といったところでしょうか。つまり、与えられた「物語=世界」に安住せず、それを自分の中に取り込むことができる才覚が必要だと思うのです。
ほとんどのオタクが実際の幼女に興味がない、というくだりは、ほんとかなー? と思ってしまったりするのですが(笑)、まあ、現実の中にさらに仕組まれた虚構を見出しているという解釈も成り立つのでしょう。たとえば、私自身よく「今日の萌えシチュエーション」でネコとかハトといった小動物をネタにするのですが(あくまで「小動物」ですよ! 桜くんとは違いますよ!)、現実にネコとかを見て萌え萌えしてるのは、明らかに虚構作品で描かれたイメージを投影しているわけです。萌え開眼以前はむしろネコとか嫌いでしたからね。
ともかく、現実というものすら共同幻想に過ぎないというのは、実際頷ける話です。それを了解事項として、描かれた物語を(あるいは、自ら紡いだ物語を)現実と等価のものとして対置できる、といういわゆる多重見当識を持ちうる人間こそがオタクなのだというわけで。そういう観点からすれば、一面では人生に余裕を持てるのかもしれません。いや、別に特権階級化するわけじゃないんですけど、最近まわりの人々を見ていて、つくづく思うわけで。現状に不平不満を言う人って、けっきょく現実に期待しすぎているような気が。オタクもひきこもりも、けっして逃避ではない、というのが私の観点。
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