2004年07月24日(土)

西尾維新「新本格魔法少女りすか」(講談社ノベルス)感想

「堕落した人生でコーヒーなんか楽しんでもしょうがない、そのとき飲むべきは青酸カリだ」(供犠創貴)

普通? の小学五年生、供犠創貴(くぎ・きずたか)はある日、「魔法の国」・長崎から来た魔法少女「赤き時の魔女」・水倉りすかと出逢う。伝説の魔法使いである父親を捜すりすかと創貴のコンビが、向かい来る魔法使いを倒し続ける、これはその第一章。

 りすかって名前、リストカットの含意があるんですね。ようやく気づきました。

ファウスト」に掲載された「やさしい魔法はつかえない。」「影あるところに光あれ。」に書き下ろし「不幸中の災い。」を加えた西尾維新の新シリーズ第一巻刊行。別の意味で面白すぎるカバー裏表紙の説明文はともかくとして、やはり良い意味で西尾氏らしさ全開の作品に仕上がっていました。以下、書き下ろしの第三話に関わる考察を含みますので、未読で先入観を持ちたくない方はご注意を。

 この第三話が加わったことで、シリーズ全体の仕組みというものがはっきり見えてきたという感じです。ご丁寧にも自己言及されている通り、第一話では鉄道の時刻表トリック、第二話では誘拐事件、そして第三話では確率の犯罪と、既存のミステリィの枠組みを踏襲しつつ、まったく新しい試みがなされています。
 西尾維新といえば「ジョジョ」、というのは戯言シリーズ初期から言われてきたことではありますが、今シリーズではまさにスタンドならぬ「魔法」使い、あるいは「魔法使い」が続々登場し、バトルがくり広げられます。「」なんて、挑発的なアイテムまで登場しますし。
 そうして、毎回の展開は、強大な敵(犯人)に立ち向かい、危機に陥りながらもりすかが死に直面することで「大人バージョン」に変化し、圧倒的な力で勝利を収めるという、鉄壁のパターン。このへんは、週刊連載マンガというよりはむしろ、「魔法少女もの」に代表される、毎週のアニメのお約束を踏襲しているように感じられます。
 こういう連作短編としての縛りを設けているという作品構成上、戯言シリーズの圧倒感には及びませんが、非常に良質なエンタテインメント作品として成功しているように思われます。やはり第三話に顕著な、西尾維新的なセンテンスの面白さも健在ですし。

 それにしても、西尾維新は本当に「おにいちゃん」とか妹キャラとか好きですね。もしかして本人はひとりっ子なのか?
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2004年07月24日 20:36 [] [ファウスト] [西尾維新]