「もらえるとしたら……お酒がの〜める賞ぐらいかなぁ」(美墨岳)
思いがけず素晴らしい回でした。
雪城家と美墨家、偶然にも同じ日に同じ旅館「れゐくさゐど」に家族旅行に。旅館にほど近い湖に浮かぶ島には、鎧武者の伝説が……。
なんか、本格ミステリィに出てきそうな舞台だと思ったら、実は良質なファンタジィだったという感じ。あの趣向(ネタばれ防止)にはちょっとびっくりしましたけど、よく考えたら、ふたりがプリキュアになったりザケンナーが出てきたりするのだって充分現実を超越してて、でもそれはこの世界を「虹の園」として再定義された作品世界内の事象として「ありえる」話なので、いけなくはない。
何言ってるか判らんな……。ぶっちゃけて言うと、この物語の中では「プリキュア」や「ザケンナー」が敵対するものとして存在するのは当たり前だという諒解事項が成立しているということです。戦闘後に壊れた物が直るのもその意味では必然。
しかし、物理学的には、そういう例外をひとつでも認めると因果律とか運動論といった論理体系が破綻する(あるいは組み直される)わけで、実はその場合、UFOとか超能力とか幽霊といった他の超常現象まで付随的に認められる、わけなのです。だからこそ、たとえば4話(美術館)なんかで起こったことも認められるわけで、それが今回も起こったということですね(今感想書くまで4話のオチのことはすっかり忘れてたけど……)。
あともうひとつ。二回め登場のなぎさパパこと(誰が言ってるんだ)美墨岳@子安武人さんですが、良いですね理系お父さん。憧れです。最初に出てきたとき、通俗的なお父さん像からあまりにもかけ離れていて話題沸騰だったわけですが、その意味が今回に表れていたと思います。
新素材の研究を行っているということは、それなりに忙しくて、あまり家にもいなかったりするでしょうし、普通の会社員以上に、子どもには仕事の内容が判りにくいもので、家で見ているぶんにはそれこそオヤジギャグばかりのちょっと頼りないお父さん、的な捉え方をなぎさは(亮太も?)していたでしょう。ただし、こういう性格設定のおかげで、幻想的父親像を仮託されることが回避されている。つまり、典型的な「エディプス・コンプレックス=父親越え」の対象とはならないわけです。
このあたりは、多分にプリキュアが「女の子を主人公としたヒーローアニメ」という特異な属性を持つことに由来するのでしょう。実は過去のヒーローアニメにはこういう構造がつきものだったのですが(たとえば高田明典「アニメの醒めない魔法」PHP研究所[amazon]参照)。このあたりの性差というものを制作者側がはっきり意識している傍証としては、今回の戦闘後、旅館のシーンで、バックに父親が話しているのをなぎさが聞き、その奥にゲームセンターで亮太が遊んでいるのが小さく描かれているところがあげられるでしょう(キャプがないと判りにくいな……8:53あたり)。
けっきょく、そういう同性ならではの対立構造がないからこそ、父親がなぎさのことを心配していることが純粋になぎさに伝わるわけです。そして、誰かのために必死になれることの強さと美しさを知り(ほのかおばあちゃまの「もうひとつの伝説」も効果を上げてます)、自分がプリキュアとして闘うことの意味を再考させられることになるなぎさ。ここで前回までの流れと自然につながってきて、改めてシリーズ全体の構成が抜群にうまいなぁと思いました。
あと、どうしてほのかおばあちゃまが「もうひとつの伝説」を知っていたのかということを(今これを書いていて)考えました。きっと、家族旅行に選ぶくらいだから若い頃とかに訪れていた想い出の場所だったりして、ひょっとしてそれはなぎさの両親も同じだったのかもしれない、という今回の話に隠された裏の話があるのかも、という気がしてきました。
なんか、書きながら考えがいろいろ沸いてきてまとまらないので、とりあえずここで打ち止め。