2004年06月12日(土)

「カードキャプターさくら」(再)第10話 さくらと花の運動会(NHK教育)感想

「わいは今悲しみのズンドコなんやぁ〜」(ケルベロス)

  • 運動会の日。さくらは大活躍
  • 昼休み、さくらの父・木之本藤隆と知世の母・大道寺園美が対面。訳ありの様子
  • 園美はいとこだった撫子を奪った藤隆が許せない。午後の部の保護者100m競走で対決
  • 大量の花びらが校庭に降りそそぐ。楽しいことが好きなフラワーの仕業だった
  • おかまいなしに競走を続けるふたり。結果は藤隆の勝利に終わる。さくらはフラワーでふたりに撫子の花を添える
  •  ふむふむ、そんな設定もありましたね。なんかこの作品、途中くらいまで観ると断片的に初見の記憶が蘇ってきます。
     今回もまた、この作品らしい「閉じた世界観」が十全に描き出されていましたね。
     カコバナっちゃカコバナなんですけど、その設定は基本的に物語の時間軸上の「今」を逆照射したものにすぎないわけで。最後に知世は、知世の母親はさくらの母親が大好きだった、そしてその娘も同じだ、と言ってますが、この作品世界からすると、実は逆。まず「今」の知世とさくらの関係がはじめにあって、そこから昔が規定される。でなければ、こんな近しい間柄のふたりが今までそれをまったく知らなかったということがあるわけがない(桃矢は知っていたふしがあるのですが)。さくらと知世の意識レベルは、この点において視聴者とまったく同じです。昔の出来事が語られたとしても、それはあくまで現在のストーリィを補強するにすぎない、閉じられた世界。一応の敵役であるはずのクロウカードまでが今回はそれに文字通り「花を添える」だけという徹底ぶり。これはまた、カードキャプターとしてのさくらの闘う意味を巧妙に避けることにもなっているのですが……。
     それはそれとして、今回のクロウカードが、「フラワー」というのも意味深ですね。それ単体では戦闘力を持たないけれど、その存在自体が儚くも力強い。
     「花は散るからこそ美しい」なんて、そんな凡庸な戯言は言いたくないけれど。

    投稿者plateau: 2004年06月12日 20:51 [カードキャプターさくら]