2004年03月23日(火)

「bps−バトルプログラマーシラセ−」(再)EPISODE 5 惑いのBPS!(KBS京都)感想

 お兄ちゃん「でも」女の人の「友達」いるんだ(天野美紗緒)

 野暮なこととは思いつつ、この作品(あるいは同じ動画大陸枠「瓶詰妖精」とか)と「ふたりはプリキュア」とかとの比較を試みるならば。
 後者が、すくなくとも表向きは子供向けアニメを標榜し、その目線を第一に意識して作られているのに対し、前者は明らかに、ひととおりのアニメ視聴歴を経た、年齢層の高い視聴者(ありていにいってしまえば「オタク」)をターゲットにしています。それ故、美紗緒ちゃんのチアガール姿となぎさのラクロスとの間には完全に違う意味が与えられていて、その文脈を理解できない視聴者はおそらくほとんどいないでしょう。この意味で瓶詰妖精は「偽装アニメ」だったわけですが(bpsはそもそも偽装すらしていない)、それでも私が、あるいは少なくない数のアニメファンがこれらのアニメを支持するのは何故か。以前私は「萌えられりゃなんでもいい」と、いくぶん韜晦ぎみな発言をしましたが、それだけではもちろんありません。このような、極めてコード多用型の、制作者側の狙いが明白な作品でも、それ故に、そういうリングの閉じた世界の中で共通認識が成立していることに、通の眼というか、心意気を感じてしまうのです。
 安っぽい連帯意識、あるいは「こんなマニアックなネタ判るオレってどうよ?」的な倒錯した特権階級意識。けっして発散しない内向きのベクトル。それらを嫌悪する気持ちもいくぶんありつつ、けっきょくのところ、はまっている。
 たとえば極めて一部の人間にしか判らないマニアックな志向を秘めつつ、それが一目で判らないほど一般向けに総花的な装飾をほどこしたならば。それはもはや偽装ではありません。実際、そういう例は案外多いかもしれません。
 といいつつ、おそらくそういう方向性はけっして持ちえない、あるいは持ってはいけない作品群もあるわけで、それがひょっとしてこのbpsなのではないか、と思ったりしたわけなのです。それもそれでありなのでは、と思った今日このごろ。
 最終話の具体的な感想。メガネの同級生の顔が面白すぎる。

投稿者plateau: 2004年03月23日 02:38 [動画大陸枠]