2004年02月17日(火)

「瓶詰妖精」(再)2月・3月(KBS京都)感想

 あーようやく終わりかー。ちなみに来週はどうなるんでしょう。見逃した最終回だけでは尺が足りないはずですけど……。bpsをやるのか?
注:再放送なので大丈夫だと思いますが、以下ネタばれを含みます。

 2月。実はこの話、けっこう不思議。いつもならもっといろいろな妄想ではじけるはずが、何故かバレンタインチョコをせんせいさんに渡すのに恥ずかしがる妖精たち。これこそ、瓶詰妖精たちの変化(成長)を表すものでしょう。「せんせいさん」という呼び方が示すとおり、もともと妖精にとって憧憬の的であり、物理的にも手の届かない「人間」であったはずの存在が、ここで妖精たちが恥ずかしがる、つまり「恋」をするという対象として捉えなおされ、互いの関係性が再定義される。それはつまり、妖精が「人間」という存在に限りなく漸近している証拠でしょう。いままでその言葉をすべて金科玉条のごとく純粋に従ってきたはずのたまちゃんにも、「説明が抽象的すぎてよく判らない」という言を浴びせたことも、その傍証となります。

 ということで3月は実際ににんげんさんになれるわけですが、ここでも、たまちゃんの言葉を妖精たちが勘違いするというお決まりのパターンが踏襲されている、ように一見すると見えます。しかし、今回は今まで以上に深刻なものとして捉えられます。にんげんさんになる=卒業するには「別れ」がなくてはならない。これは言うまでもなく、古今東西連綿と受け継がれてきた物語のラストの「お約束」です。それについて妖精たちが真剣に悩み、そのしてそれを受け入れる。しかし、結果としては「ひとりのにんげんさんになってしまう」というオチがつくことで、どうやらこれは単なるパロディとかいうレヴェルではなく、かなり制作者側が自覚的に仕掛けた罠(アンチ)だということがわかります。考えてみれば、「瓶詰妖精」という作品自体が、極めて精巧に子供向けアニメを模しつつ、その放送局・時間帯・宣伝媒体からうかがえるように完璧な(特定の)大人向け作品である、ということも示唆に富むものだと思います。

 はい、以上すべて戯言です(お約束)。

投稿者plateau: 2004年02月17日 02:24 [動画大陸枠]