ちょっと前にカトゆーさんとこで知った本。bk1で注文したら品切れだったと前に書きましたが、その後入荷されたようで個別にメールが来て届けてもらいました。流通システムの怪。bk1の対応の良さに感動(一般書店ではついぞ味わったことがない)。
で、本編の内容。毒ガス、覚醒剤、銃器といった、とかく一般的には危険、不謹慎、アングラと見なされがちな分野を、真面目に「理科」として解説する暗黒教科書。高校〜大学レベルの生物/化学/物理の内容ながら、文章は丁寧で面白く、そこはかとなくマニアックなネタも満載で楽しい。
この本を読んだからといって、実践はひとつとしてしていない(できない)のですが、本当は、理科(あるいは科学)の醍醐味というのは実験にあるもの。それによって、新たな技術が生み出されていくわけです。その探究心自体には、良いも悪いもありません。
「科学技術の妄信に警鐘を鳴らす」とかいう文言がたびたびマスコミなどでくり返されていますが(なんと大学教授にまでそういう物言いをする人がいる!)、そんな馬鹿な話はありません。そもそも「科学技術」という言葉はおかしくて、科学と技術ははっきり別物です。
世のさまざまな現象を系統立てて(科)その理(ことわり)を見出そうとするのが「理科=科学」。それを土台として種々の新たなツールを創り出すのが「技術」です。技術は往々にして人々の役に立つために生み出されますが、科学はそうとは限りません。役に立たないからこそ面白い、という面も確実にあるわけですし。
といって、両者が不可分の関係にあるのもまた事実で、なんとかして新たな技術を得たいがために科学を発達させる、という例も多く見られます。そもそも現代化学の発祥はまさに実利的な「錬金術」であるわけですし。そして、歴史をひもといてみれば、戦争、軍事産業が、技術の大いなる原動力となったことは周知の事実。ヒトという種族の先天的ベクトルがその方向に向いているのだから当然です。それを、すぐさま「悪」とか「愚かしい」といってしまう思考停止こそが、もっとも忌避すべき狼罪なのではないでしょうか。
もちろん、秩序社会に身を置くものとして、タブーは確実にあります。今、この社会において、これこれのことをしてはいけない、というルールは遵守すべきものだと思います。悪法もまた法、とまで言いたくはありませんが。
でも、だからといって、「これをしてはいけないから、これにつながる技術を持ってはいけない、その基礎となる科学の研究はしてはいけない」などという法はありません。はっきりいって暴挙です(そういうことを言う人は大抵科学のなんたるかも知らない「文系」の輩なわけですが、悲しいかな今の社会(日本)ではそんな人が大多数。すくなくともマスコミ・法曹界・政界に身を置く人のうちで、「理系」といえる比率はそれこそ消費税以下でしょう。しょうもない話ですが)。
何故か、と問われれば、ルール、あるいは倫理は時代によって移ろうものだから。とくに生命倫理などはその最たるものでしょう。何の権限があって、たかだか百年程度しか生きられない今の世代の人間が(それも、そういうことを言うのは人生の大半を終えている世代)、現代の倫理をもって未来を縛ろうとするのか。
科学者なら、それが許される、というわけではありません。ただ、科学というものは、本質的に反社会性を帯び、逸脱している。それゆえ、普遍性を獲得できる可能性があります。科学者は可能性でしか物事を語らない(笑)。
いろいろな意味で書きすぎました。それほど大層なものでないような気もします。ただ最近の風潮から言っておきたい気もしただけ。とりあえず公式サイトでも配布している用語辞典だけでも見る価値あり。
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